お見舞い
激闘から一夜明けて、禁忌の館。部屋のベッドには、起き上がれぬ闇魔法使いが一人。
「……うーっ……う――――――――っ……痛い」
そのうめき声は虚しく鳴り響いた。不死の身とは言えど痛いものは痛い。激しい運動による筋肉痛と、ゴーレムの羽交い絞めによる関節痛みで、全身はボロボロである。
「あの小娘は……もう少しうまく操ればいいものを」
リリーが演技していると気づいたのは、ゴーレムの攻撃に鋭さが感じられなかったこと。率先して攻撃していたように見えていたが、実はアシュが避けられる程度に調整されていた。
攻撃を喰らったのは、ドジった闇魔法使いが悪いのだが、そこは棚上げにして。
「アシュ様、失礼します。お加減はいかがですか?」
ミラが部屋に入ってきて、お辞儀をする。
「最悪だよ、最悪」
「……そうですか」
「はぁ……なにか他に言えないものかね」
「人形ですので」
「……君に期待した僕が馬鹿だったよ。ならば、人形にもできることを聞こうか。あの2人の動向は?」
「特に動きはありません。そう見せているだけかもしれませんが」
「ふむ……予想以上に強力な者たちだったな。特にレインズといったかな」
あの場では、元教え子のデルタ以上に不気味な存在であった。朴訥な戦士かと思っていたが、ミラと戦いながらも常にアシュの動きを観察していた。
「はい、素敵な紳士でした」
!?
「……君は敵になにを言っているのかな?」
アシュの頭に怒りマークが一つ。
「私と戦っている最中も、あの方は手加減してくれていたように思います。思うにあの方は若干デルタ様とはベクトルが違うかと」
「君の想いなどどうだっていいが、ベクトルが違うという意見には同意だな」
「……心なしか不機嫌そうに見えますが」
「別に」
「そうですか」
「……」
執事の意見を参考にするならば、レインズはあの場を制すことができたはずだ。ミラを倒せば、残るは戦闘要員は生徒たちのみ。戦闘慣れしていないしていない彼らが百戦錬磨のデルタ、レインズと渡り合うのは不可能だろう。
「ふーっ、どうやら本当に命拾いしたのはこちらのようだね。しかし、その理由がわからないな」
「彼が素敵な紳士だからでは?」
「……」
なにを言っているんだこの人形は、とは闇魔法使いの感想である。
「きっと女性や子どもを傷つけれない方なのですわ」
「……まあ、ルックスは僕といい勝負だね。他は比べるべくもないが」
「ええ、まったく」
その執事の答えに、アシュ、満足。
「……」
彼女の想いとしては、まったく逆なのだが。
「しかし……生徒甲斐がない者たちばかりだな。尊敬すべき教師がこうして床に伏せっているというのに、見舞いの一つもできないとは」
「……」
尊敬すべき教師ではないのではと、ミラ、思う。
「まあ、今は授業中だからな……普通来るとしたら授業後か」
「アシュ様の脳内にはお花畑が咲き乱れているようですね」
「ふっ……それほどでも」
「……」
たまに、皮肉を褒め言葉と勘違いするキチガイ教師。
「しかし……お花畑と言えば、なんのお見舞いの花を持ってくると思う?」
「さあ、人形である私には見当もつきません」
なにを言っているんだこの不人気教師は、とは有能執事の感想である。
「ちょっと、様子を見てきてくれないか?」
「……アシュ様がそうおっしゃるのでしたらわかりました」
深々とお辞儀をして、ミラは主人の部屋を後にした。
・・・
3時間後、有能執事が主人の元へ帰ってきた。
「ど、どうだったかね生徒たちは」
ウキウキ。お見舞いと言うイベントにドキドキのワクワクである闇魔法使い。
「まずは、エステリーゼ様も体調が悪いとのことでお休みでした」
「そ、それはまた心配だね。それで? 生徒たちはお見舞いにどんな花を用意していたのかね」
「ガーバナの花を」
「ふむ……ガーバナか……確か、花言葉は『尊敬』だったね……ま、まあ悪くないんじゃないか」
「……」
嬉しそう。異常に嬉しそうな最低教師。
「そ、それでいつ頃来るのかな? 紳士の僕にも準備と言うものが――」
「いえ、来ません」
「……えっ」
「生徒たちは全員エステリーゼ様のお見舞いに行きましたので」
「……」
その後、壁に向かって寝るアシュの後姿の寂しげな様子と言ったら、なかった。




