夜中
「いいですか、ぜ――――――ったいにここから超えちゃダメですからね。それと、こっち向いたら……ぶちますからね」
エステリーゼは、二人の隙間に空き瓶を3つ置く。そのつぶらな瞳には、少し涙が溜まっている。ああ……やっぱり一緒のテントでなんて――と絶賛後悔中のネグリジェ美女。
「そんなことより、今日、僕らの命を狙っている奴らが現れたよ」
アシュは、彼女に背を向けながら答える。その声は、低くまじめなトーンだった。
「そ、それは……大丈夫だったんですか?」
「ああ、ことなきを得たがね。なんとか生徒たちに被害を出す前に僕一人で食い止めれて本当によかった」
さりげなく自分の功績アピール。生徒想いアピール。
「アシュ先生……」
闇魔法使いは、くるりと反転して彼女の方を向いた。
「アレは僕を狙ってるんじゃないな。聖櫃であるシスを狙っているのでもない。狙いは僕と言うより、生徒たちだったように思う」
刺客はミラのグループにも襲撃してきた。恐らく、その推測で間違いはない。一応、捕えた者たちから、依頼者の足取りを吐かせるように指示しておいたが、恐らくは無駄足であろう。
「……」
「エステリーゼ、なにか知っていることはないかい?」
闇魔法使いは、彼女の瞳をまっすぐに見つめた。
「……私、なにも知りません」
そう答えた彼女だったが、その表情はどこか浮かない様子だ。
「生徒たちが、この先狙われることになるかもな」
「っ……」
「頼むよ。これ以上、彼らを危険に晒すのは君の本位でもあるまい?」
そう言って彼女の肩に手を置いて、さらに熱い視線を送る。
「……」
もちろん、演技である。
真面目な会話でこのエロ魔法使いは、彼女の肩に手を置くところまで成功した。その華奢で柔らかい感触に、心の震えを必死に抑える。
観劇では、女性に好意を抱かせ、重要な情報を聞き出す主人公がよく登場する。しかし、アシュの見解は違う。彼らは重要な情報を聞きだすことによって、女性を好きにさせているのだと。その因果関係が逆であるとエロ魔法使いは結論を出す。
事件の真相など、どうだっていい。ただ、真面目であるフリをして、君を口説きたいんだ、である。
ミリ単位。偽りの紳士は、彼女が気づかぬほどの速度で徐々に距離を縮めていく。
「いや、無理に話さなくってもいい。君にも事情があるからね。しかし、先ほど僕が言ったことを忘れないでさえいてくれたら」
心とは裏腹にそんなセリフを吐く。
ネグリジェ。有能執事の有能たる所以がここにある。胸の谷間がふんだんに見えるデザインのチョイス。まさしく完璧であると、エロ魔法使いはミラを褒めたたえる。
「本当にごめんなさい。今はまだ……」
「ふぅ……そうか」
寂しそうに視線をそらす……フリをしてからの太もも。そのすらりとした太ももを観察。ああ、触りたい。ああ触りたいというのは、変態エロ魔法使いの心の叫びである。
「もう少しだけ……待って欲しい」
「待つよ……君が心を開いてくれる時まで」
そう笑って彼女の頬に手を置く。置きながら偽りの紳士は思う。
なんだか、今日は、行けそうな気がする、と。
「ちょっと仰向けになってみてくれないか?」
ここぞとばかりに勝負をかける。
「えっ……うわぁ……綺麗」
テントがたちまち透明になり、夜空の星が数多に輝いている。
研究者アシュ=ダール一年の歳月と巨額な費用を投じた大作である。このシチュエーションを想定して、『夜空が見えるテント』を開発していた。ミラから『大陸史上有数の無駄な発明』と罵倒されながらも、完成させた自分をいつも以上に褒めたたえたいロマンティック魔法使いである。
「アレはオリエル……で、あれがデジデ。それから、あれが……」
「……やっぱりアシュ先生は博識ですわね」
その言葉に狂喜。心の底から嬉しくなる。
「そ、そんなことはないよ。まあ、これぐらい常識だよ。それで、あの星はデイタールと言って、面白い逸話があるんだ。これは、かの有名な星神魔法の使い手セレーン=ドヴァルテの話なんだけどね……」
つらつらと、自身の知識を話し始める、うんちく大好き魔法使い。
・・・
三時間が経過。
「……と、言うわけだよ。おかしいだろう? かの有名なサリーン=ドーゴラもそんな若い時があったという皮肉さ……エステリーゼ、そろそろ夜も更けてきたね……エステリーゼ?」
「……すぅーすぅー」
「……」
寝てた。