安心して
その戦況は明らかにシスたちが優勢だった。
「はぁ……はぁ……戻れ!」
息絶え絶えに敵の魔法使いが叫ぶと、剣士と槍兵は一度下がる。
「……」
アシュは考える。果たしてこの程度の実力で、この人数で、この大陸最強闇魔法使いと渡り合えると本気で考えているのかと。
「シス、そしてその他3人。一度こちらへ来なさい」
明らかなひいきを隠しもせずに、ロリ魔法使いも生徒たちを引き戻す。
「ククク……貴様らは、もう終わりだ」
剣士、槍兵、魔法使いは、それぞれ掌に小さな球体を乗せ、速やかにそれを飲む。
「魔薬か……それが君たちの隠し玉と言うわけか」
「出し惜しみせずに、全力で殺しとくべきだったな」
剣士はニヤリと不敵な笑いを浮かべる。
「……君たち、ちょっとこちらへ来なさい」
闇魔法使いは、シスとその他3人を、自分の近くに寄せる。
「先生……なんで……あっ」
シスが言い終わる前に、注射器を無防備なくびれに打ち込む。非常に慣れた手つきでその他3人の首にも同様に。あまりにも予想の外にあり、なにが起きたかもわからず、生徒たちはバタリと倒れる。
「き、貴様……なにを……」
思わず剣士は尋ねていた。敵から見ても、異様な光景。自分の味方を眠らせ、わざわざ己を不利に追い込むなど到底まともな発想ではない。
「いや、彼らに完璧で理想の教師像を壊してほしくないからね」
ナルシスト魔法使いは、540度的違いな心配をしていた。
「……その余裕がいつまで続くかな?」
「心配していただかなくても結構だよ。もう、終わっているからね」
「……は?」
「さて、じゃあ始めようか」
「バカが……がっ!?」
「そう、動けないだろう?」
笑いながら無防備に近づいていくアシュ。
敵の3人は、力を入れようとしても身体が震えるのみだった。
「な、なにをした!?」
「闇魔法使いに影を見せてはいけないよ。特に僕のような大陸最高の魔法使いにはね。まあ、君たちに助言はもう必要ないかな。もう、僕に命を差し出しているんだから」
生徒たちとの戦いに夢中になっている間、すでに魔法はかけ終わっていた。思ったよりも生徒たちが善戦し、敵の気がそちらに集中していたので、至極簡単な作業だった。
敵は必死にもがき、金縛りを解こうと試みるが、彼らには指一本すら動かすことはできない。闇魔法使いの言う通り、もう、勝負はついていた。
「……ブフッ!? ……フハハハハハ……フハハハハハハハハ! こ、滑稽だな? 滑稽だよ! 満を持して秘密兵器を見せようと粋がったのに……ブフッ! 『全力で殺しとくべきだったな』……いや、『全力で殺しとくべきだったナ―!』だったかな。『全力で殺しとくべきだったナ―!』『全力で殺しとくべきだったナ―!』フフフフフハハハハハ……フフフ……フハハハハハ……フハハハハハ!」
敵のをペシペシ叩きながら、屈辱に塗れた敵を愚弄するキチガイ魔法使い。どうやら、なにかのツボにはまったようだ。
「うがああああああっ! 動け動け動け――――!」
敵は身体を必死にもがくが、もう遅い。
彼らはアシュ=ダールを軽視し過ぎた。初めから魔薬を飲み、全力で殺しにかかるべきだったのだ。
「……フハハッ……はぁー……さて、いつまでも笑っているわけにはいかないな」
<<愚者の咎を暴く 闇具を我に>>ーー死霊の鎌
闇魔法使いが唱えると、影から数々の不気味な道具が出現した。
「な、なんだそれは……」
薄々どんな用途のモノか気づいていながら、剣士は聞かずにはおれなかった。
「なに。その魔薬がどのような効果をもたらすか知りたいのさ……君たちの身体でね」
そう言って、不穏な鋭利さを持つ刃物を、禍々しき道具箱から取り出す。それは、アシュが人体解剖を行う時の手術道具だった。
闇魔法使いは容赦なく剣士の腹を突き刺す。
「ぎゃあああああああああ」
そのまま腕を腹の中に這わせ、小さな球体のモノを取り出した。
「大分溶けてしまっているが……ギリギリサンプルとしては検出可能かな」
血に塗れた魔薬を袋にしまい、次に刃物で剣士の身体を何度も何度も突き刺す。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「ふむ……136デベルか。痛みもある程度緩和されるね。気になるのは、動体視力だな」
そうブツブツ言いながら、眼球を長い指でくり抜く。
「うぐおあ゛ぁあぎゃごあ゛い゛い゛ぉ゛」
「……もう痛みのデータは取ったから喘ぎ声は必要ないな。不快だよ」
ため息をつき、剣士の口を魔法で塞ぐ。
「た、助けてくれ! お願いだ、なんでもする! なんでも白状する」
拷問の光景を眺め、恐怖に駆られた槍兵が涙ながらに叫ぶ。
「いや、いいよ」
「……は?」
「君たちのような捨て駒に大した情報をもっているとは思わないな……ふむ、やはり動体視力も格段に上がっている……素晴らしいな」
闇魔法使いは少年のような瞳の輝きを見せる。
「そんな! 助けてください! できることなら、なんでもする! なんでもするから……お願いだ!」
「命乞いか……耳障りだな。人の命を問答無用で狙ってきたくせに。もう、君も話さなくていいよ」
槍兵の口も塞ぐ。
「……どうか……どうか……ご慈悲を……神よ……」
敵の魔法使いは、生まれて初めて、心からの祈りを捧げる。
「ふっ……神か。僕は身も心も神に捧げながら、それでも報われることなかった者を見てきたよ。そんな神が、君なんかを救うとは到底思えないな」
「そんな……どうか……命だけは……」
「その点は、安心してくれ」
満面の笑みを浮かべる闇魔法使い。
「ほ、本当……ですか!?」
「君の命が尽きる頃には、死ねることを感謝するだろうからね」
「い、いやだ―――――――――――……」
「さて、君の魔力も測定しよう……もし、同じ魔薬を数個持っているようなら何個飲んでも副作用がないか――」
・・・
最初に目覚めたのは、シスだった。
「せ、先生! 敵はどこですか?」
「ああ……僕に恐れをなして逃げ出したよ」
アシュは優しい表情でシスの頭を撫でた。




