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どちらかと言うと悪い魔法使いです  作者: 花音小坂
第3章 デルタ=ラプラス編
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100周


 ホグナー魔法学校の始業ベルが鳴り、そこから更に30分が経過した時点。特別クラスの教室は、とある生徒の苛立ちによって、ピリピリとしていた。


「遅い……遅い……遅い!」


 怒れる美少女リリーは、感情のままに机をたたく。


 ドーン


「……」


 誰も、なにも言わない。みんな、黙々と自習をしている。数か月間共に過ごしてきて、アシュ=ダールの性格を知り始めた生徒たちである。


 その時、教室の扉が静かに開く。


「さあ、みんな。授業を始めようか」


 あまりにも自然なその言葉に、真面目美少女は耳を疑った。もしかしたら自分が勘違いをしているんじゃないかと。すぐに、置時計を確認すると……時間は9時2分。いわゆる、バリバリの大遅刻。


 やはり、あの性悪魔法使いが悪いと、再認識する。


「先生! まずは、遅刻したことへの謝罪が先じゃないんですか!?」


「……リリー君。以前にも言ったが、まずは遅れてきたことに対する身体の気遣いが先じゃないのかね?」


「ぐっ……」


 返す刀でバッサリ斬られ、言葉を詰まらせる。


「アシュ先生……お、お、お身体は大丈夫ですか?」


 全然まったくこれっぽっちも気遣ってはいないが、気遣いの言葉を見せるリリー。


「ああ、至って健康だよ」


 性悪魔法使いは、屈辱にまみれた彼女の顔を見ながら、至福の表情を浮かべる。


「じゃあ! なんで遅刻したんですか!?」


「……わかるだろ?」


 ニヤリ


 多くは語らない性悪魔法使い。


 そんなアシュを見て、ミラ、思う。


 ……なんて哀れな人なんだ、と。


「デートだったんですよね! どうだったんですか?」「どこで、デートしたんですか?」「どこの店で食べたんですか?」「どこまで……いったんですか? キャ――」「どうでもいいから授業しなさいよ」「彼女はどんな人だったんですか!?」


 好奇心旺盛な生徒たちから矢継ぎ早に質問が(リリーから不満が)溢れ出る。


「ふっ……最高のデートであった、とだけ言っておこうか」


 ナルシスな瞳で窓の外を眺める。


「……なんで、そんな顔ができるんで――「ミラ、黙りなさい」


 待ちぼうけ魔法使いは、執事の皮肉を、食い気味にさえぎる。


「さて、諸君。授業を始めようか。とは言っても、今日は教科書を使わない」


 そう生徒に宣言すると、彼らの瞳が爛爛と輝きだした。アシュの授業は奇抜で刺激的なので人気が高い。


「な、なにをするんですか?」


 シスがおずおずと手を挙げる。彼女は、特殊な場合をのぞき、魔法を使用することができない。できれば、座学などがありがたいと思う勤勉美少女である。


「このホグナー魔法学校の校庭を走りたまえ」


「えっ……それだけですか?」


「ああ。100周」


「!?」


 生徒たちに!?マークが木霊する。


「100周なんて無理に決まっているじゃないですか!?」「無茶苦茶言うんじゃねぇよ反対反対反対!」「遅刻してきたくせになにを今更!」「そんなの意味あるんですか!?」


「……黙りなさい」


「……」


 生徒たちの不平不満を一声で終息させる闇魔法使い。


「君たちは、いつからそんなに偉くなったのだね? 知恵を授ける者が、授けられる者に指図など。嫌ならば結構。すぐに、この特別クラスから出ていきなさい」


「……」


 そんな突き放したアシュの物言いに、誰も反論する者はいない。


「ふむ……沈黙は回答と取るよ。すぐに、支度をしたまえ」


「先生!」


 それでも、食い下がろうとするリリー。手を挙げて闇魔法使いを真っ向から睨みつける。


「なんだね? まだ、なにかあるのかい?」


「100周走ります。でも、それがどういう意味を持つか教えてください」


「ふぅ……意味がなければ、やらないとでも?」


 アシュは不機嫌そうに、反抗的美少女を一瞥する。


「だっ、だって。こんなの嫌がらせじゃないですか!?」


 彼女は生徒全員の想いを代弁した。


「……みんなもそう思っているのかい?」


「……」


 沈黙。生徒はみんなひたすらに沈黙。


「はぁ……嘆かわしいね。君たちみたい者が、国のトップとなって政を行うとは。言っておくが、僕がへ―ゼン=ハイム先生に師事していた時は1日100周なんかは日課であったけどね」


 アシュの言葉を聞いて、みんな顔色が変わった。ヘーゼン=ハイムは史上最高の魔法使いを挙げる時、必ずその名が出るほどの魔法使いである。そんな大魔法使いの弟子であった事実に、少なからず驚く一同。


 しかし、そんなサディスト大魔法使いのシゴキから逃げ回り、号泣し、泣いて免除を懇願した過去を、貧弱魔法使いは語らない。


「まず1つ。やる前から、『無理』とか『無茶苦茶』などと吐く愚か者。まず、やってから言いなさい」


 アシュは、その発言をした生徒を一瞥し震え上がらせる。


「そして、2つ目。『遅刻してきたくせに』と人の行動に揚げ足をとる卑怯者。人を貶めれば、免除してもらえるとでも? その考えは改めた方がいい」


「……」


 先ほど勢いよく立ち上がった生徒はコソコソと座り始めた。


「最後に、『そんなの意味あるんですか?』と吐いたリリー=シュバルツ君。君は、120周走りたまえ」


「なっ……」


「君は最悪だよ。人は意味をなさない物事に何年も……いや、何十年も取り組むことがある。常にその意義を求める君のような温室育ちには想像もつかないだろうがね。だから、君は僕が徹底的に教えてあげるよ。心身ともにね」


 サディスティック魔法使いは歪んだ表情で笑った。


「……ったわよ! やればいいんですよね! やってやります」


 景気よく立ち上がって、教室を後にするリリー。それにつられるように、他の生徒たちが渋々移動を始める。そんな生徒たちの心底嫌な表情を、嬉々として眺める性悪魔法使い。


「アシュ様……」


 誰もいなくなった教室でミラが声を掛ける。


「ん? なんだい」


「デートすっぽかされたからって生徒に当たるのは、最低じゃないですか?」


「なんのことを言っているのか理解できないな。しかし、彼らには……そうだなぁ。13時間は頑張ってもらうとするかな」


 愉快そうな笑みを浮かべて、実に13時間待ちぼうけをくらったアシュを見て、ミラ、思う。


 八つ当たりサディスト非モテ魔法使い、と。


 

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