激闘
魔法使い同士の戦いは、遠隔戦である。属性、詠唱、印。さまざまな要素で優劣は決まる。リザルドは自身の得意な属性を持つ火系極大魔法で。アシュは、優位属性を持つ水系極大魔法で。
それは、まったくの互角であった。基本的に優位属性では、勝てなければならない。それで勝てないということは、ジャンケンをしてパーを出してもグーに勝てないことと同義だ。
瞬時にそのことを悟り、アシュの額には一筋の汗が、リザルドの表情には笑みが漏れる。
「こんなものだったかな……史上最悪の闇魔法使いは」
勝ち誇ったように。そして間髪入れずに詠唱に入る。
「……炎の属性の一辺倒が、でかい口を叩く」
アシュは反射的に負け惜しみを吐くが、それが完全に誤りであることは自身が一番わかっていた。リザルドは、ただ唯一炎のみを鍛え上げていきた。誰にも負けぬほどの炎を。絶対零度すら瞬時に溶かすほどの熱を。
<<炎の徴よ その偉大なる姿を 愚かなる者に 示せ>>ーー炎の印
多彩にも。リザルドの周りから幾多もの炎をが発生し、闇魔法使いへと襲いかかる。
「うおおおおおおおおおおっ……」
逃げ惑って躱すが、数発は直撃した。アシュの左前脇腹と右腕が焼けただれる。
「くっ……」
すぐに水属性の魔法で炎を消すが、火傷による傷の痛みは消えない。
「ふっ……貴様が弱くなったのか……俺が強くなりすぎてしまったのか」
「……ふっ」
勝ち誇った様子で、せせら笑うリザルドに対し、アシュもまた対抗してせせら笑う。
その笑いには、まったく意味はない。
「俺の炎魔法のレベルはヘーゼン先生ともはや同等だ。お前などにはこの炎は消すことはできない」
「……」
<<風よ 列氷を 愚者に 浴びせ>>ーー嵐の激動
「ははは……無駄無駄無駄」
<<大炎よ 全ての猛威を 焼き尽くせ>>ーー猛炎の死骨
アシュの放った二属性魔法を、リザルドは炎の魔法壁で弾き飛ばした。
「……くっ」
「多属性魔法とは……そんな小細工ばかりするから貴様は駄目なんだ!」
<<灼熱よ 大地すら燃やす 炎となれ>>ーー蓋熱の焼忌
<<大地よ 氷雪よ 鋼鉄よ脅威を 退く盾とならん>>ーー三妖精の列陣
アシュの張った魔法壁は、炎に飲み込まれ、熱風の一部が身体を覆う。
「……ぐおおおおおおっ」
焼けるほどの痛みを抑えるために。闇魔法使いは大きく咆哮をあげる。
「二属性を三属性にしようが無駄だ! 純粋なる力はどれだけ小細工しようと常にそれを上回る」
「……くっ」
「そろそろ終わりにしようか。哀れな闇魔法使い!」
<<炎よ 千の弾をもって 敵を滅せ>>ーー炎熱の舞踏
再び極大魔法が放たれた。それも、先ほどよりも強力な炎を。
<<雹雪よ嵐となりて大地と――
「フハハ……三属性魔法など無駄だと言ってるだろうが!」
――鋼鉄の力となれ>>ーー蒼天の誓い
リザルドから放たれた炎は、アシュの放った魔法に阻まれ、相殺された。
「……よ、四属性魔法」
闇魔法使いはニヤリと笑う。
「本格的な実践は8年ぶりでね。少々肩慣らしをさせてもらった」
「……」
リザルドの顔が一気に引きつる。
「君は、少々炎が得意な程度で、僕に生意気な口を聞いていたが。僕に言わせれば凡人の言い訳だな」
「なっ……なんだと……」
「そうだろう? 一属性を極めてはしゃいで。ヘーゼン先生と同等の炎だと誇って見せて。そんなことだから、貴様ら四聖はライオールにも相手にされないのだ」
「き、貴様ぁ!」
「おや、事実を言われて悔しいのかね?」
「……殺す」
「純粋な魔法が強い? 僕から言わせれば、君は伝統に縛られて進化することを恐れた臆病者さ」
リザルドはヘーゼンの魔法力を崇拝しているが、アシュは彼の挑戦心と独創性に敬意を評する。聖闇魔法は、この世界の魔法の可能性を広げた革新的かつ最強の魔法である。それを、ヘーゼンの魔法力に目を奪われて、ただ追いつこうともがく愚か者を、アシュは嘲笑う。
「調子にのるなーーーーー!」
<<絶炎よ 限界を超え 灼熱すら 焼き尽くせ>>ーー炎帝の一撃
まだ、負けたわけではない。自身最強の極大魔法を放ち、勝負をかける。
<<絶対零度の鋼鉄よ木々を生み出す大地よーー
「貴様の四属性魔法など燃やし尽くしてやる」
リザルドの言葉通りに。彼の炎は、アシュを呑み込み、ひたすら燃え続ける。
「フハハハハ……どうだ、俺の炎はっ! フハハハハ、フハハハハハハハハハ……」
「何がおかしいのかな?」
炎の中から。闇魔法使いの低い声が響く。
「そ、そんな馬鹿な……」
怯えた様子で。リザルドは、数歩後退りする。
「ククク……君のおかげで魔法力を節約できたよ。五属性魔法はかなり持っていかれるからね」
アシュを包んでいた炎はみるみるうちに収束し、彼の掌に収まる。
「あが……あがががが……」
「君があまりにバカすぎて助かったよ。何度も何度も僕に炎の魔法を見せて。まるで利用してくれと言ってるかのようだったね……」
アシュは全ての魔法を収束させ、凄まじいエネルギーを発する光球を作り出す。
「ひっ……」
「はぁ。本当に君はヘーゼン先生の弟子かい? あまりに、育ってなくて泣けてくるね……醜い顔は見るに耐えない……死ね」
知なき愚者に煉獄の炎を>>ーー五星の悪虐
それは、
一瞬にして、リザルドの存在を打ち消した。
「さぁ、次だね」
闇魔法使いは、不敵に笑った。




