6・死の画策、の妄想
短いです。
膠着状態の続く騎士たちとの冷戦も、ついにわずかばかりの進展があった。主に、わたし側に。
今日届いた叔父さまからの手紙に、手続きは滞りなく終了したから一度こちらへと顔を見せにおいで、と記されてあった。追伸で、こんぺいとうが底をついたから、持って来てほしいとも書かれている。
叔父さまのいる王都――と言っても近郊だけれど――に行くのはもう、何年ぶりになるだろう?
正直なところ、あまり覚えていなかった。
叔父さまは、用があればいつもこちらへと来てくれる。これまではわたしが毎日森に行くことを理解して、その習慣を尊重してくれていたから、こうして呼ばれるのははじめてのことだった。
そんな優しい叔父さまと会えるのは久しぶりだから、心から嬉しい。
ただ、問題なのは――、
「王都に行くと、あの騎士たちももれなくついて来るということね」
久しぶりに庭でアフタヌーンティーをしながら、読んでいた叔父さまのからの手紙を丁寧に封筒へと戻し、嘆息をもらした。
最近では、ついに一部の使用人たちが塩を撒くようになったという。
しつこくやって来ては、結婚しろだの、王都に行くぞだの、うるさくてかなわない。
このままいくと、あと二、三日で塩が尽きてしまいます〜! という嘆きが厨房から上がっているという報告を受けて、次からは胡椒をかけるよう指示しておいた。
ケンカがくしゃみをしている想像をすると、少しだけ溜飲が下がる。
「いいじゃありませんか。騎士たちを護衛として連れて行けば。絶対安全ですし、なんと言ってもタダですよ、タダ!」
給仕ついでに話し相手を務めてくれているノアは、目をキラキラさせて手のひらを合わせた。
その反応。ちゃんと適正なお給金をもらっているかが心配になるのだけれど。
あとでこっそりハドソンに聞いておこう。
「タダより高いものはないっていうのが、母さまの持論でしたし、のちのち手痛いつけを払わさせられるかもしれないと思うと……ね」
「大丈夫です! 向こうが勝手にする分には関係ありませんよ! トーカさまは王都まで快適な旅ができて、あちらはトーカさまを無事に連れてきたということで矜持が保たれます。もちつもたれつではありませんか」
「だけどね? あんなに目立つ人たちを連れて王都に行けば、この結婚をわたし自身が肯定したように思われてしまうでしょう? わたしは死んだことにしないといけないのに」
ふぅとため息をつくと、カップに紅茶を注いでくれたノアが、静かにティーポットをテーブルへと置いた。
「……非常に言いにくいのですが、トーカさま。そもそも死体がなければ、誰も本当に死んだなんて思いませんよ? 大勢の目の前で、派手に死んだのならまだしも」
大勢の目の前で、死ぬ……?
なるほど。それはなかなかの名案かもしれない。
まず王都へ赴き、叔父さまの協力を仰いで死を偽装する。なるべく口の固い医師を買収して、死亡診断書を書いてもらう。もし死体が必要ならば、わたし自身がいくらでも死んだふりをする。
まず第一段階に、慣れない長旅の疲労と、荷が重すぎる結婚話への心労が祟り、数日間寝込む――ふりをして、徹底的に食事を抜く。
萎びた姿を殿下及び陛下や王妃さまに晒してからならば、症状が急変して帰らぬ人になったと報告を受けても、誰も嘘だとは思うまい。
そもそも病弱な正妃なんて、お呼びでない。
死を偽装する前に向こうから、今回の話はなかったことに……、と言ってくるのかもしれない!
そうだ。この際、子供を産めるかわからないという設定も追加しよう。
なにがなんでもこの結婚話をぶち壊す。それが今のわたしに与えられた使命だった。
新しい戸籍を取得することは難しいけれど、修道院ならばたとえ世間的に死んでいたとしてもなにも聞かずに受け入れてくれるだろう。
病弱ゆえの病死ならば、叔父さまが罪に問われこともない。
脳内の筋書きだけは完璧だった。
死因はなににしよう……?
「あの、トーカさま? なにか、よからぬことをお考えではありませんか?」
「いいえ。わたしはわたしのために、できるかぎりのことをするまでです」
そうと決まれば、今日から食事制限をかけよう。
サラダとスープ、フルーツまではよし。大好きな小麦は、すべてが終わるまで封印だ。これは苦痛だけれど、今は耐えるとき。
まさか母さまが定期的に行っていた、『ダイエット』なるものを実行する日が来るなんて、思いもしなかった。
「はぁ……。なんだか、先が思いやられます」
病人らしく痩せ細らなければと真剣に考え込んでいたわたしには、ノアの呆れたその呟きはまったく聞こえてはいなかった。
死因に、難しい病名を考えているトーカです。