24・パーティーの匂い
ごめんなさい間違えて次の話を更新してしまいました!前の話を更新するまで少しお待ちください!!
23を入れました!本当にごめんなさい!
本日二度目の更新になります!
風の精霊をイメージしたという叔父さま渾身の自信作であるドレスを、ノアがまた文句を言いながら着せてくれた。
かつらをかぶせられて、飾り立てられ、出かける支度を済ますとちょうど、まったく来なくてもいい人が堂々と訪れた。殿下だ。
「支度が済んだのならば早く来い」
エスコートの意味をわかっていない。一歩前を進んでいく彼の背中を、わたしは小走りで追いかけ声をかけた。
「せめて人目のあるところでは、体裁を繕ってはどうですか」
「この精霊邸に足を運んだというだけで体裁を保てている。よけいな世話だ」
精霊邸……。その別称……蔑称? は、知らなかった。
殿下が乗ってきた馬車は、うちのものとは違い、真新しくて綺麗なだけでなく、座席が広々としていた。ふかふかのクッションまである。
そこでわたしあえて殿下の隣へと座ると、嫌そうに眉をひそめられたけれど、宮殿までその嫌がらせを続けておいた。
あとは頃合いを見計らって、倒れるだけね。
「なににやけている。気持ち悪い」
「正直は美徳ではありませんよ?」
「嘘つきよりはましだろう」
「それは……ええ。そうですね」
なんとなく耳のあたりを手で押さえた。耳が痛い。
特に楽しい会話をすることもなく、概ね普段通りにお互いをほのぼのと罵り合っている間に、宮殿へとたどり着いた。
会場となっている広間へと、殿下に一応エスコートされて入ろうとしたのはいいけれど、そこでわたしの鼻腔に異変が生じた。
開かれた扉の向こうから流れて出てきた、この淀んだ空気。
華やかなパーティーといものに参加するのははじめてで、着飾った人の分だけ混じり合う香水の匂いで、吐き気を催したのだ。
ハンカチで鼻と口を押さえると、遅れてやってきた叔父さまが、慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫かい?」
「香水が臭い……鼻が、痛い……」
泣き言をもらすと、叔父さまは納得の表情でわたしの背中をさすってくれた。
「トーカは綺麗な空気の中で生きてきたから、確かにこの場はきついかもしれないね。可哀想に……。精霊も香水の匂いがだめでね、香水使用の全面禁止を求めて国と争っているのだけれど……本当に頭の固い国王で嫌になる」
「結局精霊ではないか」
殿下が叔父さま相手に真面目に突っ込んだ。
……わたしは精霊のついでみたいね。
叔父さまが精霊至上主義なのは今にはじまったことではないのでいいのだけれど、実際問題として、香水で目の粘膜までやられてきた。悲しくもないのに、ぽろぽろと涙が出るのはつらい。
さすがに殿下も事態の深刻さを知ってか、別室で休めるよう取り計らってくれた。
侍女の控え室から血相を変えて飛び込んできたノアに、叔父さまがわたしの具合の悪さとその理由を簡単に説明と、さほど意外ではなかったのかこちらもなるほどというように頷いた。
「トーカさまは温室育ちではありませんが、自然育ちですからね。人に酔ったというのもあるかもしれません」
言われてみれば、あれだけの集団がひとところに詰め込まれている光景を思い出しても気持ち悪くなってくる。
「……みなさんよくあんな肥溜めのような悪臭の中で、にこにこと微笑むことができますね……。不思議です」
この分だと、わざと倒れるまでもなさそうだ。
「胸焼けがします……」
「お水をお持ちいたしましょうか?」
「今はなにも飲む気がしません……」
それに宮殿の水は……おいしくなさそう。
そこで黙って様子を眺めていた殿下は、ソファに横たわるわたしを見下ろして言った。
「おまえがしおらしいとちょうどいい。後で迎えに来るから、それまでは鼻を休めていろ。少し顔さえ見せればすぐに家へと帰れるから、どうにか耐えることだ」
耐えろと言われましてもね。
返事も聞かずに意地悪な殿下が部屋を出ていき、わたしは一息ついた。
「このまま寝すごしている間に、嫌なことがすべて終わっていればいいのに」
「それだと寝ている間に殿下と結婚していることになりませんか?」
「それは困りますね。起きます」
ぴしっと背筋を伸ばして座ると、ノアがやれやれという顔をした。
この隔絶された部屋に余計な香りはなく、しばらくするとだいぶ鼻も目も回復してきた。
そろそろ広間に行って、今度こそ人の目のあるところで体調を崩して来ないとと意気込んで立ち上がった。
「パーティーに参加するのかい?」
「少しだけ顔を出してこようかと」
「ならば叔父さまがエスコートしようか」
叔父さまが差し出したその手に掴まる。そのままドアを開けてもらい、一歩踏み出した先の廊下には、妙な空気が漂っていた。
騎士たちが、間の悪い、という変な顔でこちらへと一瞥をくれる。
その男たちの向かう側に、見覚えのある少女の顔があった。前に宮殿で会った使用人の少女だ。彼女はわたしを目にすると、慌てて手にしていたブーケを差し出してきた。
「また体調が悪くなったと聞いたので、宮殿のお庭で咲いたものですが、お見舞いです」
かわいい小花のブーケを、突き返す理由もないので受けとることにした。
自然な花の香りは優しく、香水の凶悪な匂いの記憶が書き換えられていく。
やっぱり自然なものが一番だと思う。
「ありがとうございます」
「いいえ、喜んでいただけてよかったです」
花を渡すくらいの融通を利かせてもいいのに、騎士たちは気が利かない。用が済んだんだからとばかりに、彼女を追い返すような雰囲気でお引き取り願う。
騎士なのに、女性の扱いがまったくなっていない。それなのに彼女の後ろ姿を、じっと目で追い凝視し続ける。ケントもだ。
ケントが彼女を見つめている。そう思った途端、わたしの手が勝手に動いた。ケントの袖を、くいっと引っ張る。
ケントが反射的にこちらを向いた。
そのことに、ほっとする。
「どう……どうしましたか?」
くだけた言葉を使いかけたケントは、モリス隊長をちらっと見遣ってから改めた。
しかし問われても、実際用はなにもなく、わたしは迷った挙句本音がこぼれた。
「兄さまも家族なのだから、叔父さまと一緒にわたしをエスコートしてください」
「それはいいね」
間髪入れず叔父さまが賛成してくれた。
その間に、使用人の彼女が角を曲がって消えていき、わたしはそっと胸を撫で下ろす。
「でも俺は仕事が……」
「会場入りのときくらいいいじゃないか。ね?」
叔父さまがモリスさんにウインクした。モリスさんは眉ひとつ動かさずに、それでもたぶん内心イラっとしながらも、不承不承容認してくれた。
こうしてわたしの遅すぎる社交界デビューは、大好きな叔父さまと兄さまが付き添ってくれるという、図らずも幸せな展開となったのだった。




