23・さるのこしかけ
24を読んでしまった方、本当にごめんなさい!こっちが先になります!
「パーティー?」
「トーカのお披露目を兼ねて。というのは、建前だと思うけれどね」
叔父さまが、招待状を指で弄びながら弧を描いた唇に当てる。
簡単に言えば虫除け及び害虫駆除だ。わたしを正妃ですよとアピールして、王太子妃の座を狙う鬱陶しい他の令嬢及びその家族である貴族たちを追い払う。そして彼らの感情の矛先が、わたしへと向かう。
迷惑極まりない。
「行かないという選択肢はありますか?」
「殿下直々にお迎えにいらっしゃるらしいよ」
そういうところは真面目でなくてもいいのに。
「行きたくないと言っても、行かないといけませんよね?」
「行きたくないなら行かなくてもいいのだよ?」
「いえ、行って病弱を前面に押し出して来ようと思います」
それとも今こそ満を辞して盛大に死んだふりをすべきときかもしれない。
やる気が満ちてきた。
「トーカさまはまたよからぬことを考えていますね?」
「かわいいからいいじゃないか。今度はなにをするのかと毎回楽しいからね」
叔父さまを楽しませているわけではないのだけれど。
「そういえば、かつらができたらしいよ。それに合わせて新しいドレスを新調しないとね」
クローゼットにたくさんある既存のものでいいと言う前に、叔父さまは行動を開始してしまった。
叔父さまがドレスについてノアと押し問答をはじめたので、わたしは庭へと逃げてきた。
叔父さまの邸の庭は小さめだけれど、緑は豊かだ。精霊を呼ぶためだろう。その魂胆丸見えなところがいけない気もする。
木の幹から生えている猿のこしかけに、試しに腰を下ろしてみると、バキッと割れて尻もちをついた。
え。そんなに、太った……?
呆然としていると、ぷっ、と笑う声がして顔を上げた。
失礼なことにレオが木の上にいて、わたしを見下ろして笑っていた。
「いつの間にそこに?」
彼は、すとん、と着地すると、わたしに手を差し出してきた。木陰だったせいで芝の朝露に濡れて、スカートのお尻が残念な形に染みを作っている。気持ち悪いので早く立ち上がろうとその手を取りかけたとき、横からにゅっと別の手のひらが伸びてきた。それはわたしの腕を掴むと、そっと引き起こしてくれる。
「ケ……兄さま?」
ケントと言いかけて、慌てて言い直した。気づかれてはいなさそう。
「またこいつがちょっかいかけてるのが見えたから」
ケントはへらへら笑っているレオを睨んだ。
「お嬢さんがひとりで転んでたから助けただけなのに」
わたしとしては、黙って見なかったことにしてくれた方がよかった。そう思っていると、ケントが掴んでいた腕をぱっと離して、代わりにレオの腕を掴んだ。
「行くぞ」
「えー。トーカちゃん、尻もちついて怪我してるかもしれないから、部屋まで送ってかないと。ね?」
別に送ってもらうほどのことでもない。そして尻もちの件についてぺらぺらしゃべらないでほしい。
絶対にケントが気にするから。
「怪我したのか?」
ほら、とレオを一瞥するけれど、そしらぬ顔で詳細を暴露された。
「そこのきのこに座ろうとして、体重を支えきれずにきのこが割れたんだよ」
ケントが落ちたさるのこしかけへと目を落とす。そしてわたしへと視線を上げた。
「トーカ」
「兄さまが言いたいことは一から十までよーくわかっているので、わざわざ言ってもらわなくてもいいかと……」
ケントがにっこりとした。だめだ。怒っている。
説教をされる前に、わたしは逃げ道を確保するためだけに口を開いた。
「スカートが濡れて気持ち悪いので着替えて来ます」
くるりと後ろを向いてスカートを見せると、ケントが慌てて背中を押してきた。
「早く着替えて来い」
来い、ということは、戻って来てから叱られる……?
「連れてってあげたら?」
レオがにやにやしながらそう言った。
ケントは眉を寄せていたけれど、わたしの前に出て背中を向けてしゃがんだ。おんぶだ。
懐かしくなって、その背中へとおぶさるとレオがやれやれとばかりに首を振った。
「そっち? 普通抱っこじゃない?」
「普通ってなんだよ」
ケントとわたしにとっての普通は、おんぶだ。
だけど昔と違うたくましい背中に、躊躇なく抱きつくことはできなかった。いくら演技をしてなんでもない風を装っていても、心臓の音だけは隠しきれない。
今もどきどきと聞こえてきそうなくらい、脈打っている。
それに胸を押しつけるのには抵抗があった。はしたないと思われたくない。
「トーカ部屋に連れていくから、隊長にそう伝えて」
「りょーかーい」
適当な返事をしたレオが手を振ったから、わたしも片手で振り返した。
「あんなのに手なんて振らなくていいから。しっかり掴まってないと、落ちるよ?」
「……うん。なんか、昔みたい」
「そういえば……そうだね。なんかしょっちゅう、背中とか肩に乗られてた気がする……」
なんでげんなりとするのだろう。
「そこに背中があったから」
「アルピニストなのか?」
ケントは呆れ混じりなのに、楽しげに笑う。それから、少しだけ声のトーンを落として呟いた。
「……なんか、話すの久しぶり、だな……」
宮殿に行った日以来だ。だけどわたしは、夢で会っていたせいか、久しぶりな感じはしなかった。
「セリーヌ、覚えている?」
「セリーヌ? ……あ。あのぼてっとした、タヌ……リスのぬいぐるみ?」
覚えていた。タヌキって言いかけたけれど。
だけどあれだけあちこちに投げて遊んで、その度に取るのを手伝ってもらったぬいぐるみのことを、覚えていないわけがない、か。
「昔兄さまが肩車で、セリーヌの救助を手伝ってくれたことを思い出して」
「ああ、あったあった。トーカのせいで、ぼろっぼろだったっけ。あのぬいぐるみ」
「それはセリーヌがやんちゃだったから」
「持ち主がやんちゃだったんだよ」
セリーヌは、わたしの部屋で飾られている。だってケントがいなくなってから、ただのぬいぐるみに戻ってしまったから。
もう勝手に、動いてはくれないのだ。
「ジャンプしてふたりで倒れたことは? 覚えている?」
「……覚えてる」
ケントは懐かしそうに遠くを見つめる。
それは、覚えているのね。そのあと自分がなにを言ったのかは覚えていないのに。
内心膨れていると、部屋の前に着いた。
もう少し一緒にいたいけれど、あまりそばにいない方がいい。わたしは内心後ろ髪引かれながら、ケントの背中から降りる。
「送ってくれて、ありがとう」
ドアノブを手にすると、ケントがそれを制した。
「トーカ」
「どうかしたの?」
「……いや、なんでもない」
首を傾げて部屋へと入ったとき、ケントの口から言葉がこぼれた。聞こえなかったふりをして、わたしは後ろ手にドアを閉める。
ドアに背を押しつけて、長いため息を吐き出した。
「ごめんな、か……」
なんに対してのことだとしても、そんな言葉は、聞きたくなかった。




