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18・兄の憂い

ケント視点その3



 トーカが殿下の寝室へと運ばれてどれくらいが経っただろうか。

 そちらの警備を外され、俺だけロベルトさまについている。殿下の寝室の警備を、兄である俺には荷が重いだろうという配慮だ。

 だけどもし万が一、殿下がその気になったとき、邪魔しないよう厄介払いされたという理由もあるのだろうが。

 ちらっと時計を窺うと、お茶をしていたロベルトさまがくすりと笑った。


「今ので三十八回目。ケントは時計を見すぎだよ。なるようにしかならないのだから、少しは落ち着きなさい」


 うぐ、と声に詰まる。


 この人は、本能的になんでもお見通しなんだよな……。


 だからこそ、苦手なのだ。


「……妹なんだから、気にかけて当然です」


「私にとってもかわいい姪っ子だよ? できれば私が娶って、どろどろに甘やかせたい」


 叔父と姪は結婚できない。冗談なのはわかっていたので苦笑するに留めた。


「甘やかす延長線上に、精霊の姿が見え隠れしていますが」


「ケントには精霊の姿がわかるのかい?」


「……」


 比喩的表現が通じない。


「あはは、冗談だよ。半分は」


 ……やりにくい。


「その子供っぽい嫌そうな顔。トーカが見たらびっくりだろうね。ケントはトーカの前では、妙にお兄さんぶってええかっこしいだから」


 かぁ、と顔が熱くなった。トーカといるとき、そんな風に微笑ましく見られていたことが、恥ずかしくていたたまれない。


「……俺、嘲られてますか?」


「いいや? かわいがっている」


 やりにくい。やりにくい。


「それで? 叔父さまはケントの口からきちんと話を聞いていないのだけれどね」


 にこにこしながらも、咎めるようなその口調に、雑談は終わったのだと察して姿勢を正した。


「どのことについてですか?」


「まずははじめに……ケントが、殿下にトーカを勧めたのかな?」


「それは違います。トーカが殿下の目についたのは、身分と病弱設定のせいです。後は、他の侯爵家が争っていて、焦りを感じておられたことも原因かと。殿下はご自分の正妃には、子供を産ませる気はありませんでしたから」


「ふうん。正妃には、ね」


「……」


「いいよいいよ。ケントの気持ちはよーくわかっているから。叔父さまはケントの、第三の父親みたいなものだからね」


「…………光栄です」


「もっと嬉しそうにしてくれてもいいのだよ?」


 ロベルトさまがいい人なのはわかっている。だけど、それ以上に変わった人なのもわかっているのだ。素直に喜べと言う方が無理だ。


「だけどね。殿下がトーカを正妃にしておいて、無関心というのはどうなのかな。人というのは親しくすればするほど絆されていくものだ。後は、雰囲気に流されたりね。だから、ケント。おまえの思い通りには、ならないかもしれないよ? もしかしたら今頃本当にトーカと殿下は――」


「そんなことっ……!」


「ない、とは言い切れないよね?」


 挑発的な笑みのロベルトさまに、これ以上煽られないよう小さく息を整えて心を鎮めた。


「……ありませんよ。ありえない。殿下にはすでに愛人……いえ、寵姫がおられますから。彼女を傷つけるようなことは、なさらないと思います」


 だから殿下は、絶対にトーカを好きにはならないし、手を出すことなど決してない。


 そう、約束してくれた。


 でなければ誰があんな男になど……。


「正妃を迎え入れて、大手を振るってすぐに側妃を、という流れかな? いや、側妃にも難しい相手なのかな。……まったく。どいつもこいつも、うちのトーカをなんだと思ってるのだろうね。――不愉快極まりない」


 ロベルトさまが怒りを露わにすることは珍しい。その怒りの一端を担っている自分には、返す言葉がない。普段温厚な人だからこそ、内心怯んでしまいそうなほど気圧された。


「……だけど兄さんたちの子育てに、自主性を尊重する、というルールがあったからね。私は助けを求められたときだけ、手を貸すことにするよ。それがトーカでも……ケントでもね」


 ロベルトさまの、いつもの穏やかな眼差しがこちらへと向けられ瞬いた。


「俺、も……?」


「そうだよ。トーカは案外、ひとりでもやっていける度胸がある。あの子は見かけによらず頑固で強かだから。だけどケントは……そうだね。ちょっと、危なっかしいかな」


 驚いた。そんなこと、考えたこともなかった。

 俺からしてみれば、トーカこそなにがなんでも守るべき対象だった。


 だけど、違った?


 俺はずっと、トーカはいつまでも俺の後をついて回っていた、子供の頃ままだと思っていた。

 でも本当は、成長していなかったのは俺の方だったのだろうか。


「叔父さまからケントへの話はそのくらいかな。……待っている間、暇だね。こんぺいとうでも食べるかい?」


 ロベルトさまが懐から取り出したのは、トーカとお揃いの巾着袋だった。正確には、俺のとも。

 それはトーカの母さまが、家族みんなへと配っていたものだ。トーカがこんぺいとうを入れていることは知っていたが、ロベルトさまもだったらしい。

 その淡くかわいいお菓子が懐かしくて、職務中にも関わらず少しもらうことにした。

 こんぺいとうは、コーエンの邸でしか食べたことがない。王都に来てはじめて、外では売っていないお菓子なのだと知った。


「トーカに頼んでたくさん持って来てもらったから、後でケントにもお裾分けしようか」


「ありがとうございます」


 手のひらを差し出すと、ころころとこんぺいとうが一気にこぼれ出てきて、慌ててもう片方の手を添えた。


「ところで、ケント」


「はい。あの、もう十分で……」


「ケントについていた精霊、どこに行ったのかな?」


 こんぺいとうのなだれへの焦りで、ロベルトさまの言葉に一瞬瞠目してしまってから、すぐにまぶたを伏せた。

 手のひらからは、ぽろ、とこんぺいとうが、いくつか床へと落ちる。白とピンクと黄色と、白。

 俺は息を吐き出し、手のひらいっぱいのこんぺいとうを、一旦テーブルの上の菓子皿へと移し替えた。

 それから、ロベルトさまのおかしな問いかけへと、首を傾げて向き合った。


「俺に精霊って、なんの話ですか?」


「どうしたのかな、と思ってね」


「どうしたもこうしたも、俺に精霊なんてついていませんでしたが?」


 ロベルトさまはにこりとして、こんぺいとうに彩られた菓子皿をこちらへと寄せた。


「そうだったかな? あ、ほらケント。久しぶりだろう。お食べなさい」


 ためらうのも変なので、言われるがままに、一粒摘んで口へと入れた。

 舌でほろりとほどける、砂糖のほんのりとした甘さ。打ちつける胸の鼓動が、少しずつ凪いでいく気がした。

 こんぺいとうと直結した記憶。楽しかったあの頃。まだトーカの父さまと母さまがいたあの頃のことを思い出す。

 毎年おひなさまを飾った。トーカの幸せを願って……。



 なのに俺は、なんて恩知らずなんだろう。



 自分が手に入れられないからって、他の誰も手に入れられないように、彼女を手の届かない籠へと閉じ込めようとしている。

 だけどそれを、心の中では悪い思っていても、やめようとは思わない。――決して。


 だって彼女は、一生、俺だけのお姫さまだ。



 ……誰かに渡したり、するものか。

 



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