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16・お似合いなふたり



 叱られる、とわたしが身構えたとき、ケントがたった今気づいたというように、そばにいた使用人の少女へと目を移し、瞠目した。

 彼女を知っているのか眉間に皺を寄せると、わたしを背中へと隠すように押しやった。

 ケントは今はわたしについているけれど、元は近衛騎士だ。宮殿で働いている使用人と顔くらい合わせたことがあるだろう。

 だけどケントの様子から、それがただの顔見知り程度ではないのは明白だった。

 わたしに見られてはまずい相手なのだろうか。


 誰? どういう関係の人? ケントの……なに?


 レオのときは簡単に友達かと訊けたのに、今は答えが怖くて口をつぐんだ。

 ケントは彼女へと向き合うと、不自然なまでに淡々と告げた。


「彼女は責任を持って連れて行きますので、あなたはご自分の持ち場へとお戻りください」


「でも火事が――」


「それは勘違いだったみたいです。他のみなさんにもそうお伝えください」


 ケントがくるりと踵を返し、わたしの手を掴むと振り返ることなく歩き出した。

 ぽかんとしている彼女へと、軽く頭を下げるだけで精一杯だった。

 ケントが怒っている。それはどう考えてもわたしのせいだから仕方ない。宮殿内がパニックになっているらしいのだから、怒られるくらいで済んだらましな方だ。


「……ごめんなさい」


 その背中へと謝ると、こちらも見ずにずんずん進んでいたケントの足が止まった。


「……なんで嘘をついた?」


「さっきの子がいじめられているようだったから、助けないとと思って……ごめんなさい」


 黙って聞いていてくれたケントは、わたしの頭に手のひらを置くと苦笑した。


「間違ったことをしていないなら、簡単に謝るんじゃない。人を助けることは間違いじゃないだろ? いけなかったのは、助け方を誤ったことだ。もしものときは、俺が一緒に怒られてやるから、だから、そんな顔するな。な?」


 やっぱりケントは昔から全然変わらない。

 顔をほころばせたわたしは、次の言葉で叩きのめされる。


「それにトーカは王太子妃になるんだから、これくらいのことで咎められないよ、きっと」


 そう言い切ったケントの顔を、わたしはとても見ることができずに俯いた。

 目を落とすわたしを、叱責に怯えて落ち込んでいるのだと勘違いしたケントの指先が、上から下へと撫でるように髪を梳く。

 わたしは反射的に身を引いた。ケントがびくりとして、腕を強張らせた。

 せっかく慰めようとしてくれたケントの手のひらが、切なげに下ろされていくのを、わたしは罪悪感と苦々しさで直視できなかった。


「……早く戻らないとな」


 ケントのわざとらしい話の終わらせ方に安堵して、わたしもなにごともなかったかのように後を追った。

 さっきまで繋がれていた手のひらが、もう冷たくなっている。

 こうして距離だけではなく、心の溝も少しずつ深まっていけば、わたしはいつかこの気持ちを忘れることができるのだろうか。

 なのにわたしはまだ、前を行くその背中へと駆け寄って、離れたくないと思ってしまう。


 いつだって、わたしの想いは、一方通行だ。









「トーカ!」


 庭へと避難していた叔父さまがわたしたちの元へと駆けてきたと思ったら、抱きしめられてもみくちゃにされた。

 うまく逃げおおせたケントは、そのまま自分の隊へとまぎれていく。

 もう兄と妹でもなく、警護対象者と騎士の立場になってしまった。


「大丈夫かい? あの侯爵令嬢に泣かされたりしてしていないか?」


「泣かされてはいません」


 気づいたら置き去りにされただけで。


「あー、ほら。せっかくノアが飾ってくれた花が取れているじゃないか」


 いそいそと髪飾りを手直しする叔父さまののほほんとした様子とは違い、モリスさんたちはきびきびと避難誘導をしている。火事の件は、ケントに聞いた話よりも見るからに大事になっていた。

 ケントも戻ったはいいものの、言い出しにくそうにしている。

 それでもなんとか心を決めて、モリスさんへとことの真相を伝えたらしい。モリスさんの鋭い視線がわたしへと飛んできたから、絶対に。

 彼はわたしに雷を落とすよりも先に、避難者たちへと火事は勘違いだったと伝えることを優先し、うまくこの場を収めてくれた。

 叔父さまはくすくすと笑いながら、


「トーカのいたずらだったのかい?」


「いたずらではないのですけれど……」


「宮殿をここまで騒がせるうちのトーカは大物だね」


「ノアがいたら憤死していましたね」


 のんきに会話するわたしたちに、事態の収束に肩を撫で下ろした騎士たちからの、なんとも言えない威圧的な眼差しが降り注ぐ。それは気にせずにいたけれど、背後から突き刺さる、冷気に似た刺々しい視線だけは、どうしても無視できなかった。

 振り返ると、そこには予想以上に冷たい眼差しをした、ジェイド殿下がわたしを見下ろしていた。

 今日は前回のような外套にラフな服装ではなく、王太子らしい格好をしている。白をさらりと着こなせるのは、国中探してもこの美しい顔立ちの王太子だけだと思った。


「ごきげんよう」


 王子さまに恋する乙女の表情であいさつするも、彼はさらに気圧を下げただけだった。

 もっと全身に鳥肌を立てて嫌がってくれるといいのだけれど、相手もなかなかの演技派で、軽く微笑してわたしへと応えた。

 貴公子然とした態度で、周囲の熱い視線をほしいままにしている。

 確かに鑑賞する分には素敵なお姿だ。


「庭までわたしをお迎えに来てくれたのですね」


 うさんくさそうな顔をした殿下が、わたしへと顔を寄せてくる。


「避難先に偶然居合わせただけだ。わざとらしく話を作るな、鬱陶しい」


 小声で囁かれたのは、微笑みとは正反対のそっけない言葉だった。

 だけど邪険にされればされるほど、燃えるもの。

 わたしが手袋をはめたその手に触れると、さりげなく引っ込めようとした。それでもマイヤー侯爵とその娘がこちらへと向かってきていることに気づいて、渋々わたしを受け入れる。

 忌々しげな殿下。ちょっとかわいらしい。


 早く結婚話を白紙に戻せば、鬱陶しいわたしとの縁もきれいさっぱり消えるのに。


「……トーカは、叔父さまより、若い王太子殿下を選ぶのだね……」


 切ない声で嘆く叔父さま。その場のノリで言っていことがわかっているから、それに合わせてわたしも悪ノリした。


「ごめんなさい、叔父さま。結婚しても、わたしの叔父さまは大好きな叔父だけですからね」


 殿下の肩にこてんと頭を預けて並び立つと、叔父さまはちょっとだけ目を見張った。


「うーん、なんだろう。こうして見ると……案外お似合いかもしれないね。――そう思わないかい、ケント」


 いきなり話を振られたことに驚いたのか、ケントは身体を強張らせて言葉に詰まった。

 代わりにひょいと現れたレオが、似合う似合う、と笑いながら適当に答える。

 ケントがなにも言わなくてよかった。傷つかずに済んだ。

 だからわたしは余裕を持って、この外面だけは綺麗なお方と並んで似合う人なんていないと思います。と、心の中だけで消化することができた。



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