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15・火元はどこか



 仕方なく叔父さまたちを探すためにあてもなく歩いていくと、宮殿の外壁に突き当たった。そして壁沿いに進むと、今度はどこか煤けた印象の小ぶりのドアを発見した。

 中に誰かいないか入り込んだのは、宮殿にしては幅も天井も狭い不思議な通路だった。もしかしたらここは、使用人用の通路の裏口だったのだろうか。

 誰かに出会ったら道を尋ねようと決めて奥へ入っていくと、薄くドアの開いた部屋から人の声が聞こえてきた。取り込んでいなかったら道案内してもらおうと思い、そっと中を覗いてみた。

 たくさんのシーツが積まれている。ここはリネン室だろうか。

 部屋の奥には下働き風の少女が数人、こちらに背を向けていて、同じ制服を着た少女へとなにか話をしていた。わたしの位置から顔はよく見えないけれど、詰め寄られている少女は、レモンティー色の綺麗な髪を後ろでひとつにまとめている。腕に抱えているのはシーツの束だ。


「あんた、ちょっと綺麗だからっていい気にならないことね!」


 急に大きな声がした。わたしは驚いて、びく、と肩を揺らす。

 ノアは普段からよく叫ぶけれど、それとはまったく違う。女の子なのに、誰かに当たるようなこんなにきつい声を出すことがあるのかと、つい身を引いてしまった。

 よそに行こうかなと思っていると、ダン、と壁にぶつかる音がした。再び覗くと、囲まれていた少女が、突き飛ばされたのか床に座り込んでいる。

 そしてその少女は、さっき声を荒げた少女に髪をむんずと掴まれる。まとめられていた縄のような一本の長い三つ編みが、ぴんと張った。

 そして髪を引っ張る少女が持つ、鋏がひらめくのが見えた。


 こういうとき、どうしたらいいの?


 わからないけれど、とりあえず彼女たちを引き離せばいいのだと短絡的に考えた。

 わたしは大きく息を吸い込む。そして、


「きゃーッ! か、火事よッ! 火の勢いが強いわ! みんな逃げてッーー!」


 幼い頃の『ドッキリ』で培ったわたしの迫真の演技が功を奏し、少女たちが慌てふためきリネン室から転がるように飛び出してきた。

 物陰に隠れたわたしに気づくことなく、彼女たちは火の恐怖から走り去っていく。


 それにしても、母さまが言っていた通りね。


 人をあぶり出したいときは、火事だ、が一番だと。

 普段はやっちゃだめよ、と厳しく言い聞かされていたけれど、今は非常事態だったから仕方がない。

 最後に血の気を引かせて足をもたらさせながら出てきた例の少女が、ドアに足を引っかけて転びそうになった。慌てて手を貸そうとしたけれど遅く、わたしは彼女とまとめて廊下へと横倒しになってしまった。


「うっ! ……って、あ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」


 ばっ、と身体を起こした彼女だったけれど、わたしの出で立ちから身分を察して、瞬く間に顔を強張らせた。

 俊敏な動きだわたしの上から飛び退く。


「すみませんすみませんすみません!!」


 ぺたんと廊下に額をつけて必死に謝罪する彼女のその仕草が、土下座というものだと気づいたところでわたしはやめてもらいに入った。


「大丈夫ですから、顔をあげてください。わたしがいけなかったので」


 それでも彼女は額を擦りつけて、華奢な身体を震わせている。

 わたしのことが……貴族の令嬢が怖いのだと気づいた。

 彼女はそういう環境に暮らしている。

 いくらわたしが身分を気にしないと言っても、信用してもらえそうにはなかった。

 ここは諦めるしかない。


「謝罪はもう結構です。できれば道案内をお願いしたいのですが」


 命令に近いお願いすると、彼女はばっと顔をあげた。額が赤くなってしまっている。


「はっ、火事! お嬢さま、わたしが案内しますから今すぐ逃げてください!」


 わたしのついた嘘をまだ信じていた彼女へ、真実を告げる前に手を引かれてその場から避難させられてしまった。


「あの、火事は――」


「しゃべってはだめです! 腰を低くして、鼻と口を塞いでください!」


 もたつくわたしに、彼女はハンカチを差し出してきた。

 ここまで来るともう、嘘だと言えない。

 本当に火事があったような気になってきて、指示に従い鼻と口を塞いだ。


 これは避難訓練というやつね。いざというとき、役に立つかもしてない。


 そう自分を無理やりごまかしながら、角を曲がった――はずだったのだけれど、誰かと鉢合わせて正面衝突してしまった。弾かれ、後ろへと倒れかけた瞬間、誰かに身体をきつく抱きしめられていた。


「――トーカッ!」


 その声は、かすれていたけれどケントのものだった。この優しい匂いも、腕のあたたかさも、誰よりも安心できる、彼のものだ。

 だけど軍服の硬質なボタンが額に当たり痛い。硬い胸板に、鼻と口が塞がれて苦しい。

 もご、と言うと、余計にきつく戒められた。


「よかった……トーカ……」


「ケ、ケント……?」


 戸惑うわたしの頭にケントの頰がすり寄せられる。

 仔猫のようで、かわいい、と思った。

 心にじわりと熱が集まって、あたたかい。


 わたしを見つけてくれるのは、いつもケントだ。


 そしてわたしが好きなのは、ずっとずっと……。


 ここまで走って捜索してくれていたのか、心拍数のの激しいケントは、浅く深呼吸を繰り返した。


「はぁ……。とにかく、無事でよかった。火事だと騒ぎがあるし……。あまり、心配させるな」


「うん……」


 頰を緩めてケントの背中に回そうとしていたわたしの腕が、聞き流してはいけない言葉をすくい上げて、ぴたりと停止した。


「え……か、火事?」


 火事で騒ぎになっていると言った?

 このタイミングで火事……?


 火元はたぶん……ここだ。


「トーカ……?」


 なにか不穏なものを察したのか、身体を離したケントが、わたしの表情を窺ってきた。すかさず、ついっと目を逸らす。しかし顎を掴まれ、目を合わさせられるように正面を向かされた。そろりと眼球だけ明後日の方向を見る。

 その仕草で、よからぬことをしたことが、ほぼ正確に伝わったらしい。


「まさかっ、……トーカ!?」


「……お、怒ってる?」


 首をすくめて見上げると、ケントが青筋を立てながらにっこりとした。

 その顔は、かなりご立腹だと物語っていた。



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