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プロローグ



「……か、母さま? そのおそろしいお顔をした人形は、なんなのですか?」


 わたしがそれ・・を見上げて尋ねると、母さまが、ふふ、と楽しそうに笑う。

 この国では珍しい黒髪。母さまからの遺伝でそれを受け継いだわたしと同じ髪色をした人形をニ体、鼻歌交じりに棚へと並べて飾りつける。

 一体は女の人で、もう一方には男の人。

 どちらも変わった服を着ていて、驚くほどのっぺりとした無表情。なのにその細い目は、幼いわたしをひたと見据えていた。

 それがあまりに怖くて、恐ろしくて、わたしは母さまの後ろへとぴゃっと隠れた。

 ビスクドールの怖さとはまた違った風情の怖さだ。手足が動くわけではないみたいだから、人形遊びにも向かなそう。どうしてこんなものを、と思った。

 母さま越しにちらっと覗くと二体ともと目が合い、びくっとする。

 娘のそのあまりの怯えように、母さまは困った顔でしゃがむと、よしよしと頭を撫でてくれた。


「トーカ。いい? これはね、おひなさまって言うのよ」


「おひな、さま……?」


「そう。かあさまの故郷のお人形。父さまに無理言って作ってもらったの。あなたのためにね」


 ちょんと鼻をつつかれて、目を瞬く。


「……わたしのため?」


 わたしはそこに鎮座している、お世辞でも可愛いと言い難い人形を、もう一度ちらっと見遣る。

 自分のためだと言われただけで、ちょっとだけ愛着がわいた。不思議だ。

 特に向かって右側にいる女の人の、幾重にも重ねられた、お姫さまみたいな服は綺麗かもしれない。母さまの持っている、千代紙に似ている。


「母さまの故郷のおまつりなの。ひなまつりって言って、女の子の健やかな成長を祈る桃の節句。……あなたが、幸せな女の子になれるようにと思って、今年からお祝いしようと思ったの」


 母さまがわたしへと柔らかく微笑んだ。

 慈愛のこもったその眼差しが嬉しくて、くすぐったい。ごまかすように、わたしは目についたカラフルなお菓子を指差した。


「こっちのきれいな、おかしみたいなのはなんですか?」


 そこには淡いピンクや黄色のまるっこいお菓子が、木の器にこんもりと盛られて置かれていた。ぽこぽこした星屑のようなお菓子もある。

 クッキーの小さいの? それとも、色のついたチョコレート?


「それはね、ひなあられ。それでこっちが、こんぺいとう。食べてみる?」


 母さまがピンクの一粒を指で摘まんで、わたしの口の中へと放り込んだ。

 さくさくしてて、ほんのり甘い。

 今度はこんぺいとう。こっちはお砂糖で、もっと甘い。口の中で、ころころ転がす。


「おいしい?」


「うん。もういっこ」


 わたしは初めて食べたそのお菓子に、すぐに夢中になった。かわいいし、おいしい。

 それに、これは遠い遠い、母さまの故郷の味。

 行ったこともないのに、懐かしい気持ちになった。


「お菓子ばっかり? ひな人形は?」


 母さまが残念そうに肩を落とすから、おずおず人形へと視線を戻した。

 また目が合う。やっぱりまだ、ちょっと怖い。


「お人形は……こわいけれど、がまんします。まい日見ていたら、なれるかも」


「いいえ、毎日は見れないのよ。三日を過ぎてもおひなさまを飾っていたら、あなたがお嫁に行きそびれてしまうからね。父さまは喜ぶかもしれないけれど、私はあなたに幸せな結婚をしてほしい。……わたしみたいにね」


 母さまが自分で言って照れたらしく、はにかんだ。

 母さまは父さまが好きで、父さまも母さまのことが大好き。仲の良いふたりを見ていると、わたしも嬉しくなる。

 侯爵である父と、遠い異国からひとりこの国に来た母さまは、出会ったその場で恋に落ち、そして大恋愛の末に結ばれた。

 二人の結婚式には、空から祝福の花が降ったという。母さまが大好きだった、故郷の花が。

 だって母さまは、精霊に愛されているから。

 淘汰されたはずの精霊が、母さまの周りにだけ存在する。

 だけどそのことは、誰にも内緒。家族だけの、秘密。


「わたしもかあさまみたいに、幸せな結婚ができますか? お花、降りますか?」


 母さまは自信ありげに、にこりとした。


「ええ。もちろんできるわよ。たぁーくさん、花が降るわ。だってあなたは、私の娘なんだから」






 それから、十二年の月日が流れた――――。

 




「……――誓いますか?」


 神父の声に、わたしの意識は否応なしに現実へと引き戻される。

 光の透けたベール越しに、わたしは小さく答えた。


「……誓います」


 それは自分の声なのに、まるで誰かが代わりにこの口を使って言ったみたいに、ひどくよそよそしく聞こえた。

 向き合う形で肩を引かれ、ベールが上がったことでわずかな風が額をかすめた。

 まつげが震える。顎を掬われる。その指先からは、なんの感情も伝わって来ない。

 唇が落ちる間際、吐息が触れた。……ため息か。

 やっぱり目を閉じていてよかった。相手がどんな表情をしているか、見なくて済んだから。

 だけど見なくてもわかる。どうせいつもわたしに向ける冷たい顔だ。

 わたしは目を閉じたまま、そのときを……義務的に口づけが落とされるときを、ただじっと待つ。

 せめてもの救いは、これがファーストキスじゃなかったことだけだ。



 わたしは今日、結婚する。

 誰もがうらやむこの国の王太子と。



 愛のない、結婚を――……。



 だから母さま。

 わたしの空に、花は降らない。




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