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僕を葬る〜永遠の少年〜  作者: 刹那
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プロローグ

人生とは、生まれながらにして決まっているものだと思う。

愛する人に出会った時、あるいは愛する人を不慮の事故や病で失った時、人は「運命だったのだ」という言葉を使いたがる。

どんな不幸も失敗も、運命のせいにしてしまえばいくらか気が楽だからだ。

そしてこの目には見えない大きな力の存在を理解しているのは、おそらく人間だけだろう。

人間にはこの力の存在が潜在意識の中に刷り込まれていて、自己の意思で行動しているように見えて、実はこの力に突き動かされている。

偶然のように思える出逢いも別れも、必然の繰り返しでしかないのだ。

僕たちは、道に敷かれた人生という名のレールに沿って、ただ走るだけの機関車に過ぎない。与えられた燃料は最初から決められていて、燃料を多く与えられた者はスピードをどんどん上げて、いとも簡単に目的地に辿り着き、少ない者はどれほど努力しても辿り着くことは出来ない。

途中で燃料が尽き、ただただなす術もなく線路で朽ち果てる。

そう、人生は理不尽の塊だ。




「……エリアス。おい、エリアス!!」


はっとして我に返った。

ゆっくりと前を向くと、ラテン語教師のオーガスティンが片方の眉をつり上げてこちらを睨んでいる。

オーガスティンはいつもラテン語が苦手な生徒に難解な質問ばかりを投げかけ、答えられなければ気が狂ったように怒鳴り散らす。

ついには涙を浮かべる生徒を見て嫌らしく目を細めるのだった。そんなオーガスティンを生徒たちは嫌っているというよりも、寧ろ恐れていた。


相変わらず不快な視線だ。

オーガスティンの冷たく意地の悪そうな灰色の瞳は、冷酷な彼そのものを映し出していた。


「なんでしょうか、先生。」


「なんでしょうか、ではない!エリアス、君はずっと外ばかりぼーっと眺めていて全く私の授業を聞いていないようだね。優等生くんには私の授業は簡単すぎてさぞ退屈なんだろうね、うん?」


僕はふうっ、と小さくため息をついた。

まったく、面倒な奴に目を付けられてしまった。

周りの生徒たちの空気が凍り、ところどころから、おいやばいぞ…というヒソヒソ声が聞こえていた。


咳払いをしてエリアスは答えた。

「…いえ、そんなことはありません、先生。」


あからさまに気怠げな返答をしてしまったことに内心しまったと思ったが、平静を保ってオーガスティンを見つめた。


「ならその16行目からのセンテンスを訳してみろ!」


オーガスティンは怒りに震えながら真っ赤な顔で怒鳴った。授業を聞いているか否かというのはただの言いがかりで、僕が焦りの色一つ浮かべないことに腹が立って堪らないようだ。

一言一句、間違えれば許さないぞと言わんばかりの形相で僕を睨みつけている。


彼には気の毒だが、あいにくラテン語は僕の得意科目だ。僕に間違えて欲しくてたまらないらしいが、そうはいかない。

僕がすらすらと訳していくとオーガスティンの顔はますます赤くなり、今にも噴火しそうな火山のようになった。

訳し終えても教室はしんと静まり返ったままで、オーガスティンは必死に批判の言葉を探そうと目を泳がせている。


「どこか間違っているでしょうか、先生。」


オーガスティンは苦虫を噛み潰したような顔で唇を噛み締めてから、諦めて溜め息をついて言った。


「い、いや。完璧な訳だった。もう座ってよろしい。ただし、次からはちゃんと聞いていないと評価を落とすからな!」


はい、と返事をして涼しい顔で座ると、クラス中でクスクスという笑い声が響いた。



「おい、エリアス!」


ラテン語の授業が終わりざわざわと喧騒が広がる教室を出ようとすると後ろから声を掛けられた。


「やあ、セシル。」


にこにこと笑いながらこちらに手を振るのは同じ学年のセシル・ワイアットだ。

明るいブラウンの瞳を輝かせながら、まるで大きな犬のように走り寄ってくる。

セシルとは家が近く、昔から僕のことは知っていたそうだが、初めて話したのはこの学校に入ってからだった。

短髪の赤毛で同い年にしては自分より背が高く、細身だががっしりしている。いかにも活発そうな外見と言葉遣いとは裏腹に、優しく社交的な性格で教師、生徒問わず誰からも好かれていた。


「なあエリアス、さっきのあれ最高だったぜ!さすがはAクラスの優等生は違うな。皆の前で恥をかいたときのオーガスティンの表情といったらもう …」

セシルはケラケラと腹を抱えて笑った。


「別に…簡単なセンテンスだっただけさ。面倒な奴に目を付けられるのはうんざりだよ。」

と肩をすくめて僕は微笑んだ。


セシルは僕の肩に腕を回して、またまたあと僕をつついた。


「それ、いつもあいつにイジメられてるコリンに言ったら嫌味だぜ。お前ってほんと、苦手な事とか無いわけ?さっきジョンやクリスがお前に話し掛けようってコソコソ話してたぜ。友達になりたいんだろうよ。話してやれよ。」


僕は、ニヤニヤしながら耳元で囁いてくるセシルをぐいと押しのけた。


「近い。そんなにベタベタひっつくな暑苦しい。それに僕はそういった類のことには興味が無い。群れるのは嫌いなんだ。君も知っているだろ?」


はいはい、と言いながらもまだ肩に腕を回してぴったりとくっついているセシルに、僕はやれやれとため息をついた。


そうは言うものの、セシルのことは嫌いではない。

出会ってからずっと仲良くしてくれるし、どんな人にも分け隔てなく話し掛け、裏表がないいいやつだ。

僕は周囲から浮いているけれど、そんな僕にも親しくしてくれる。

…浮いている、というより友達と呼べる人が殆どいないと言った方が正しいだろう。


僕はこの名門と呼ばれるセントクレア校の下級第4学年(基本的に16歳の生徒)で最も優秀な成績をおさめるAクラスにいる。授業は選択制だから時々セシルと同じ教室になることもあるわけだが。


背は高い方ではないが、顔はまあ、悪くないと思う。

セシル曰く、中性的な顔らしく(褒められているのかわからないが)生徒の中でも僕を可愛いと言っているやつもいる…らしい。

まあ、男にそんなことを言われて嬉しくも何ともないのだが。


ここまでの話すとさぞ人気者かと思うかもしれないが、実際はその真逆だ。僕のことを僻む奴らのほうが寧ろ多いし、なにせこの性格だからセシル以外は人が寄ってこない。王様気取りだとか、性格が悪いだとか陰で言われてるのは知っている。


別に僕は気にしていない。


心を許せる者や親しいものは、なるべく少ないほうがいい。


そんなものつくったところで、期待して、裏切られ、傷付くのがオチだ。


失うと分かっているものを、どうして自らつくるだろうか。



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