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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

狂い始めた時間

作者: ゆゆあ

1年間温めてました。(途中まで書いて放置してたとは言わない)

サイコホラー。得意ジャンルです。

でも執筆に時間空けすぎて訳わかりません。

小さな村の真ん中で、真っ赤な花が、周囲に広がる。

長い黒髪の塊が、俺の足元に転がってきた。

こぼれ落ちそうなほどに見開かれた目を、思わず無関心に見つめてしまう。

…こいつは違う。

先ほどから分かりきっていることを、脳が反復する。

首だけになっても、足元に転がる遺体は綺麗だ。

それでも、あいつには程遠い。

こいつじゃない。


***


フィリスが処刑される。

そう聞いた俺は処刑上に駆けつけた。

フィリスとは、つい最近発覚した家族殺しと連続殺人事件の犯人であり、俺の幼馴染みでもある。

長い艶やかな黒髪に対する真っ白な肌にはアンバランスな、光のない青い瞳。

バランスの取れた顔立ちからして、絶世の美女と言っても過言ではないだろう。

しかし、俺を除いた人間とまともに会話をしたことはない。

彼女の生い立ちからして理解はできることだが、それにしても度が過ぎている。

話さないどころか、俺に近付こうとした人間を片っ端から睨みつけ、誰も寄せ付けようとしない。

一部のフィリスが認めるほどの信頼を寄せた人間を除いては、俺も滅多に会話しない。

フィリスが逃走中で行方不明になってからは俺も人と話してもいいのかと思ったが、気まぐれに会話した人間が次々と死んでいく時点で無理だと察し、あきらめた。

フィリスは恐らく俺に近づく人間を殺して回っている。

今も俺の近くに潜んでいるのだろう。

フィリスが俺に好意を寄せていることは、昔から知っている。

その執着は異常なものだとはわかっているが、俺自身がフィリスを嫌っているわけでもないので放置していた。

そんな彼女が、殺される。

そう思い見つけた死刑囚の姿は、フィリスではなかった。

長い黒髪と体型は似ているが、フィリスとは似ても似つかない女。

罪状は明らかにフィリスが起こしたものと一致している。

つまりは、冤罪だ。

俺はそう気付いた。

自分じゃないと泣き叫ぶ見知らぬ女は、全くの無罪。

認識した途端、どうしようもない嫌悪感が湧いてきた。

あんな被害者ぶった人間が、本来フィリスがいる場所にいる。

違う。そんなのありえない。

あんなのとフィリスを間違うな。

…気持ち悪い。

足元に転がる首を、無性に踏みつけたくなる。

辺りに飛び散った血も、何かを訴えるような目も、フィリスじゃなければ意味がない。

俺は…いや、俺も、歪んでいる。

俺とフィリスはとても似ている。

フィリスほどではないと思うが、俺も彼女に執着しているのは事実だ。

それが好意かは…よく、わからないが。

それにしても、フィリスはどこに逃げたんだ。

近くにはいるようだが、俺が認識できなければ意味がない。

今までずっと2人で生きてきたのに、急に1人にされると流石に困るのだ。

はやく見つけないと。

そしたら…


「…おい、アレス!!!!」


急に自分の名前と共に肩を掴まれ、俺は半ば嫌そうに振り向く。

「…なんだ、リクか…いつからそこにいた」

「さっきからずっといたよ。お前いくら名前呼んでも反応しねーし。フィリスじゃなくてよかったろ?」

心配したように尋ねてくるこの男は、フィリスが唯一認めた俺の親友である。

裏表のない性格をしていて、俺とフィリスにまで良い人間と思われるほどの善人。

しかしどこか抜けたところがあり、稀にだが人が一番触れて欲しくないことを言ってくる。

本人は心配しているのだろうから責めるつもりはないが、今回も盛大に地雷を踏んでいる。

フィリスじゃなくてよかった、か。

確かに言われてみればそうかもしれない。

俺が見つける前にあいつが捕まるのは納得いかない気もするし、何よりフィリスの代わりにあの見ず知らずの女が殺されたことにより、フィリスの搜索はしばらくの間されなくなるだろう。

そうすればこの事件の真相を知っているのは俺とフィリスとリクだけになり、俺が他の人間と関わらなければ完全犯罪となる。

はっきり言って、警察なんていう偉ぶった連中にフィリスが捕まるのは全力で阻止したい。

「…おーい、無視か?」

「…?あ、うん。そうだな。」

リクが顔を覗き込んできた。

でもまあ、リクの頭じゃ俺の考えてることはわからないはずだ。

そもそも表情は変えていない。

とりあえず、しばらくは家で大人しくしていよう。

できる限り人に会わないように、フィリスの搜索も夜だけにしておくのが最善だと思う。

今は経済的にも余裕があるし、まあなんとかなるだろう。

「おい、リク。」

「何だ??」

行動に移すのに、リクは少し邪魔だ。

「俺ちょっと気分悪いし、しばらく外出ない。」

「え!?お前死体とか無理な奴だっけ?ってか大丈夫か?」

「あんまり大丈夫じゃなさそうだ。心配かけるかもしれないが、出てくるまでほっといてくれたら助かる。」

「いや、1人にしちゃまずくないか?」

「1人のほうが落ち着く。」

そう言ってから、俺はリクに目を向けずに家の方向へ歩いて行った。


***


言ってしまえば、家族が全員死んでて1人が行方不明なら、フィリスが搜索されるのは当たり前だと思われるはずだ。

だがそもそもの話をすると、殺されたフィリスの家族は幼少期にフィリスは死んだというふうに戸籍を操作していた。

理由は単純に、税金から逃れる為だ。

その家は非常に貧しく、予定外に生まれてしまったフィリスを疎んでいた。

食事を抜いたり、閉じ込めても、フィリスは死ななかった。

自力でゴミのような食料もどきを探して食べ、真っ暗な中を必死で逃げ出したフィリスは、存在が明るみに出る前に親に見つかり連れ戻された。

後に待ち受けるのは決まって理不尽な暴力で、その仕打ちは幼いフィリスを壊すには十分すぎるほどだった。

でも、フィリスは何度でも逃げ出そうとした。

そこにいれば、自分に幸せがやってこないことをよく知っていた。

そして、鎖も痛みも断ち切って、走り続けたある時…


俺と出会った。


最初は驚いた。

外の空気を吸おうと夜の時間を歩いていたら、突然見知らぬ少女に抱きつかれたのだ。

いや、抱きつかれたというより、突進に近い。

勢いに押されてしりもちをついた俺に、少女は何度も小さな声で「助けて…」と呟いた。

本当にただの偶然だったのだろう。

幼かった俺は訳がわからず戸惑っていたが、ただならない雰囲気に流されて少女の背中を撫でた。

「大丈夫?どうしたの?」と声をかけても、少女は何も答えてくれない。

でも、ふとした時に少女の白い身体にいくつもの青い痣を見つけて、この子を放り出してはいけないと思った。

何が起きたかはわからないので、一先ず安全な所に連れて行こうと考えた。見たところ何かから逃げてきたようなので、外はまずいかもしれないと思い、俺の家へと連れて帰ることにした。

俺の母は人が良く、少女の様子を見るなりすぐに優しく笑って家へ迎え入れた。

少女を怯えさせないように勤めて柔らかい口調で、「それをやったのはお家の人?」と母が聞くと、少女はこくりと頷いた。その目に表情はなく、俺も事情を察した。

ひどくお腹が空いているようだったので、母は夜遅くにも関わらず急いで食事の準備を始めた。

やせ細り、ほとんど骨と皮だけのような少女は、母の作った料理に目を輝かせた。いざ皿を差し出すと戸惑っていたが、母や俺の顔を疑ってから、おそるおそるといったかんじで食べ始めた。

1口食べたと思えばぱっと顔を明るくして、あっという間に平らげてしまった。

少し目元が和らいだところで俺が名前を尋ねると、殆ど聞き取るのも難しい小さな声で「フィリス。」と答えた。よく見ると凄く整った顔立ちをしていて、俺はフィリス、と復唱すると自分で驚くほどの自然な笑みをこぼした。

母がフィリスをお風呂に入れてから、布団の上で俺と母でフィリスを挟んで眠りについた。



そんな昔のことをひとしきり考えた後、何処から狂っていったのかを考える。

母が亡くなった時だろうか。

俺が逆恨みで暴力にあった時だろうか。

フィリスが本来の親に見つかった時だろうか。



それとも、俺がフィリスを拒んだ時だろうか。



わからない。

もしかすると始めからだったのかもしれない。

フィリスがいないとどうも落ち着かない自分がいるが………どこかで、今俺と会ってはいけないとも思ってしまう。

あいつはきっと、混乱しているんじゃないだろうか。

ずっと信頼していた俺から否定されたことが原因でああなったのだとしたら、顔を合わせると変に暴走するかもしれない。

それでまた警察が動き出してしまったら、元も子もない。

俺はよく考えもまとまらないまま、フィリスの青い眼が驚愕と悲哀に染まっていく様を思い出していた。

寝転がった自室のベッドには毛玉も色も匂いもなく、何年も使われているはずなのに買ってきた時よりも真っ白で、自分の潔癖の異常さに呆れ果てる。

着ている服も、部屋も、庭も、普段目に映るもの全てに穢れは一つも無い。

…フィリスだってそうだったのだ。

あいつは、確かに汚れていた。でも穢れてはいなかった。

あの長い黒髪は常に艶めき。

あの細い指先は常に望みを求め。

あの白い肌には日の光と共に影まで刻み込まれている。

あの声は常に俺の周りの煩わしい時間を止めてくれるし、あの眼差しは常に俺の周りの泥のような手を払い落として堕としてくれる。

これ以上に綺麗なものなんて、他にどこにあると言うのだろうか。




…………それなのに。



どうしてあの時、フィリスは返事を返したんだろう。

どうしてあの時、フィリスは俺を見なかったのだろう。

どうしてあの時、あの蝿よりも鬱陶しく、汚物よりも汚らしく、腐敗したゴミよりも視界に入れるのが不快であったあの物体の声に、振り返ったんだ。


やめろ。

フィリスが穢れる。

その声をフィリスに聞かせるな。

その視線でフィリスを捉えるな。

その肺でフィリスと同じ空気を吸うな。

その手で、俺のフィリスを求めるな。


気色が悪い。

頭が痛い。

そんなことを少し考えただけで、自分の中の痛みとにがさを全て吐き出し、ぶちまけたくなる。


そんな調子だから、俺はフィリスを拒んだのだ。

ちょうどその後。


他の男を見たその目を合わせるなと。

他の男と同じ息を吐き出すなと。

他の男の声に応じるな、と。

駄目だった。

駄目だったのだ。


フィリスは穢れてしまったのだ。

その耳を、その目を、その声を、俺以外に向けたその時から。

だってそうだろう。

いつものフィリスなら拒絶していた。

誰かに声をかけられたなら無視だったし。

誰かと目が合ったら睨み付けるのが当然だったし。

醜い他の声を聞いたら、すぐさま俺に何か声を発することを求めた。

だから。

だから。

だから。



………だから。



***



キィ、と扉が開く。



「あぁ、やっぱり大丈夫だったか、悪かった。そうだよな。フィリスが勝手にいなくなるなんて、よく考えたらありえないしな。」

「………」


真っ白い部屋。

ふわふわとしたベッドと、小さな天窓以外は何も存在しないその部屋。


俺は、自分の家の裏に建てられているその部屋に入ると、先程の処刑の観覧なんていう無駄足をしたことを後悔した。

フィリスが処刑されるなんて聞いたから、急いで連れ戻さなければとこの部屋の確認もせず出てきてしまったのだ。


勝手に勘違いをしてしまっていた俺に、フィリスは慈愛を込めた微笑みをくれる。

本来だったらここで優しい声をかけてくれる所だが、今日は何も言わない。

やっぱり少し怒っているのかも。

隣に座り手を握ってやると、しっかりと握り返してくれる。

その肩に頭を預けてみると、フィリスは優しく髪を撫でてくれる。

いつもと変わりのない居心地の良さに、俺は満足げに笑みを浮かべると、沈むように眠りについた。



……また目覚めた時、全て忘れていられるように。






ーーーーside フィリス


「ぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁああああああああああ!!!!!」



今日もまた、アレスの声が部屋中に響く。

私は、そんな彼の頭を必死に抱き抱え、あやすように背中をさする。

少しの間。

毎日少しの間だけ、アレスは正気に戻る。

普段のアレスはどこかおかしくて、記憶や想像が頻繁に入れ替わってしまうのだ。


私は発することの出来ない声の代わりに、自分の手で、表情で、慰めの言葉をかけるのだ。


思えば、こうなってしまったのも私が悪い。

今まで完璧だったのに。

アレスの隣に立つために、完璧なフィリスでいたのに。

どうしてあの時、あんな小汚い男の声に振り返ってしまったのだろう。

どうしてあの時、言葉を返してしまったのだろう。


気付いた時には全て遅かった。

アレスの目には驚愕と悲哀が滲み、何も言わずにただ呆然と私を見ていた。

どう声をかけていいのかもわからず、申し訳なさでいっぱいになりつつもアレスに触れようとすると、アレスは私の手を振り払った。

そこから話は早かった。

アレスは懐の小型ナイフを取り出し、有無を言わさずに私の喉を掻っ切ったのだ。

わけもわからず、突然の痛みに叫ぶこともできず、のたうち回っても力は抜けていくばかりだった。

そして我に返ったアレスは私を見て、泣き叫びながら医師であるリクに助けを求めた。

近くにあった病院がたまたま彼の所だったのが理由だが、リクは深く事情を聞こうともせず、命を繋ぎとめた上に傷口もほとんど綺麗にしてくれた。

私の声までは治せなかったようだが、代わりにアレスの精神状態を心配して、たまにカウンセリングをしてくれた。

だからこそリクは私にもアレスにも信頼されているたった1人の人物なのだ。

しかしそんなリクの努力も虚しく、アレスは私をこの真っ白い部屋に閉じ込めた。

閉じ込めたとは言っても鎖等で繋がれているわけではないが、私がここから1歩でも出たら、アレスがまた暴走してしまうだろうから、事実私はここから動けない。

そしていつからか、アレスの過去は私の過去になっていた。

アレスの中では自分には優しい母がいて、私が虐待を受けていたことになっているようだが、残念ながら事実は逆だ。

自分の親を殺した後、自分に話しかけてきた人間を片っ端から殺していったのも全てアレスだ。

村では何故か私がやったと思われているようだし、アレスもそう思い込んでいる。

そうやってアレスは毎日のように1人で物思いにふけり、突然怒り出したり、縋り付いてきたり、優しくなったりと安定しない状態だ。

ただ、1日に数分間だけ、我に返る。

今まで自分がしたことや過去を、全て思い出す時間が来る。

その度にちょうど今のように、叫び声を上げながら自分の所業に絶望しているのだ。

いつになったら終わりが来るのかもわからない。

アレスはどうすれば救われるのだろうか。

考えても私にはわからない。でも、アレスは何も教えてくれない。

叫び疲れて再び眠りにつくアレスを、抱きしめることしか出来ない。




…そして私も、眠りにつくのだ。


ほんとはもっとフィリスを病ませる予定でした。

閉じ込められてる時も昔取ったアレスの片目持たせようかなとか考えてました。

でも連載とネタが被りそうだったのでやめました。アレスちゃんと両目付いてます。

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