過去の軌跡①
輪廻の輪を越えて、迷う魂は何処に行くのだろうか。浮遊する魂以外そこ理を越えることはないのだろうか。
定着した魂もまた、理を越え、運命を外れ、異界へと渡る。それは世界にとって悪なのだろうか。善なのだろうか。否、その存在は忘れ去れ、無となる。
輪廻の輪を越えた魂は屈強な魂。それは数百年、数千年の奇跡。輪廻は廻る。上位世界から下位世界へと。
運命を外れた魂が行く世界にとってもそれは無の存在なのだろうか。否、その強大な力は善くは悪くか、世界を大きく変えることだろう。
異世界転生ーー現代の若者なら一回は聞いたことのある言葉だと思う。ファンタジー小説などによく出てくる言葉だ。
ある日突然、地球から何らかの原因で異世界へと転生又は転移してしまうという現象のことである。だがこれはあくまでも架空の出来事だと思われており、本当にそんなことを信じている者がいるならば周囲から白い目で見られることは間違いないだろう。
そして俺もその言葉は知っていたものの、信じてはいない大多数の中の一人だった。ーーそう、自分自身がその現象にあうまでは。
俺の身に起こったのは異世界転移、赤子に転生するのではなく、そのままの姿で異世界に転移するという現象だ。
初めはそれは戸惑った。高校を卒業し県内の会社に内定が決まり、入社式を迎えたその当日、スーツ姿のまま異世界へと飛ばされたのだ。
異世界の通貨は持っておらず、周りには魔物と呼ばれる化け物が跳梁跋扈しているにも関わらず、武器なども一切無い。幸いにも言語が何故か通じた為、着ていたスーツや手持ちのお金を買い取ってもらい何とか命を繋ぎ止めた。
よく異世界転生系の小説で見る話では、何処かの国家で魔王を討伐する勇者として崇められた後、パーティ仲間の一人と結婚して幸せに暮らしたり、高ランクの冒険者となって、ハーレムを築き上げ男の欲望を集めたような生活している話がある。
それは現実世界でそういう小説を好んで読んでいる者にとっては憧れではないだろうか。だが俺は違った。故郷にも思い入れがあり、残してきたモノも計り知れない。
現実世界に不満はなかったし、家族の関係も良好だった。友人にも囲まれ、数週間前までなら彼女もいた。だけど地球に帰れるかも分からなければ、帰ったところで居場所があるかもわからない。なら、この世界で悔いの無いように精一杯生きるしかないと思えた。
最初は混乱したが、徐々に落ち着くことができ、俺はそういう人生も悪くはないんじゃないかと思い、強大な力を使い、成り上がろうと心に決めた。
そして現在ーー
とある街道を黒衣の者が疾走する。不気味な仮面を装着しており、目元だけが開けていた。その隙間からは何か底知れない執念を感じさせるような紅蓮の瞳が除いていた。
街道を駆け抜ける者の頭上から何やら騒がしい声が響く。
「わーっはっはっは~! ほら、急ぐのだ、我が主様よ!」
金髪金眼の小柄な幼女が高らかに笑い声を上げ、嬉しそうにしている。小柄な幼女とは言ったものの、その姿は小柄過ぎる。およそ指の先から腕の関節辺りくらいの大きさだ。その背中にはトンボのような二対の羽が生えている。所謂、妖精という存在だ。
その妖精は現在俺の頭の上にちょこんと座っており、髪の毛を手綱のように握っており、煩わしい程に騒いでいる。
いつもであれば即座に頭にチョップを落とすところなのだが、今はそれどころではない。
そんな様子に舌打ちをした俺の前方には騎士団のような者たちが街道を塞いでいた。
「と、止まれー!」
騎士団の中の一人がそう叫ぶが、そう言われて止まる奴はいないだろと悪態をつく。友好的な雰囲気ならまだしもむしろ真逆、険悪な雰囲気が漂っているこの場で止まってしまえば、どうなるのかは明らかだ。
俺は騎士団を無視し、その場で跳躍した後、街道に建ち並んでいる建物のひとつの屋根へと着地し、そのまま街の外を目指し駆ける。
「わーっはっはっは~! 主殿主殿! 楽しいな!」
「くそ……お前も笑ってないで少しは手伝え!」
「いやじゃ! それに我が戦えばこの街は消滅するがよいのか? 文句を言う前に自分でやればよかろう」
「俺が戦っても状況は同じになるよ……ちっ、手加減くらい練習しときゃよかった」
「かっかっか、騎士団に追われている者の発言とは思えんな。悪者は悪者らしく他の者を殺せばよかろう。主様には目的があるのではないのか? とんだあまちゃんだのう」
「ちっ、勝手に言ってろ……」
完全に他人事じゃねぇかよ、そんな思いに駈られるが今はそんな場合ではないし、それを言葉にもしない。ひたすら逃げるだけ。
何故なら俺はーー
世界を救う勇者でもなく、尊敬される高ランク冒険者でもなく、世界から畏怖、嫌悪される犯罪者なのだから。
俺は少しばかり焦りすぎたのかもしれない。この世界に何の前触れもなく落とされ、孤独感が心を蝕んでいた。
魔物と呼ばれる化け物を討伐して生計を経てる『冒険者』なるものになってはみたものの、そう上手くはいかなかった。
『冒険者』という言葉に心を浮わつかせ、転移前によく読んでいたファンタジー小説の主人公のように綺麗な女性に囲われ、周囲からは尊敬の眼差しを向けられるような存在になろうと思っていた。
しかし、現実はそう甘くはない。『冒険者』とは想像していたよりずっと味気なく、夢のない職業だった。正に『底辺の職業』という言葉が相応しく、其処らにいるゴロツキと何ら変わりないように思えた。
そんな毎日の生活費を稼ぐだけのような日々を送りながらも友人と呼べる者も多くはないが少しばかりできた。
だが俺は心を開くことはできなかった。この世界に馴染めていないといったほうが正しいだろうか、自分に親しげに話しかけてくれる者も好意を持って言い寄ってくる女性も別の世界の住人としか思えず、距離を置いてしまっていた。
そんな虚無感に日々に悩まされていたときだった。俺はある依頼で拠点としている街の近くにある森に赴くことなり、そこで小さな妖精と出逢ったのはーー