二章『今日も今日とて最強です』1
ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ
朝日が差し込む部屋で目覚まし時計は鳴り響く。装飾はなく、家具のない殺風景な部屋にはダブルベッドが1つだけ置かれている。
贅沢にも睡眠用としてだけに使われているその部屋は、住宅街にある一軒家のものだ。二階建てで庭付き、日当たりも良く、駅まで徒歩15分という優良物件。
そこに住むたった1人の主人は5分経ってもこれでもかと騒ぐ機械に制裁の一撃を真上から与える。
「ふぁぁぁ……もう朝か」
暁は大きく欠伸をして自分のことを起こした忌まわしき目覚まし時計を見る。
時計の針は7時を少し過ぎたところを指しているので、どうやら目覚まし時計はいい働きをしてくれたらしい。
「が、無理だ。寝る」
暁は再び布団を被り直す。昨日の夜に少し芽生えた『時間通りに登校する』という考えも二度寝への衝動にひれ伏す。
衝動に従って瞼をゆっくりと閉じて、二度寝に入る。
ピンポーン
家のチャイムが鳴る。今日人が来る用事はなかったはずだ。そもそもこんな朝早くに用事を入れるはずがない。
「新聞かセールスマンか? こんな時間に来るような奴は無視だな」
ピンポーンピンポーン
今度は続けて二回押される。
「随分と積極的なこった」
ピンポンピンポンピンポーン
「…………」
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
「うるせぇぇぇぇ!」
暁はかけていた布団を投げとばし、部屋を出て流れるように階段を下りていく。そうしている間もチャイムは鳴り続ける。
「朝から何してんだ!宣戦布告なのか⁉︎戦争すんのかこらぁ!!」
怒声を上げながらドアが壊れそうなくらい力をこめてドアを開ける。
「やっと出てきたか。おはよう!」
現れたのは凛々しく仁王立ちで立つ黒い制服に長い黒髪と真っ白の刀。席で迷惑お隣さんの桜がいた。
「4時間後に出直してこい」
「それ、11時ではないか!やはり遅刻する気だったな」
「眠いんだよ。寝させろ」
「何を言っている!学校に行く準備を……っておい!ちょ」
何かを言っていたようだが、聞くつもりはないのでドアを閉める。朝から変に体力を使ってしまったが、今ならまだ気持ち良く二度寝は出来るはずだ。
まさかこんな朝から訪ねてくるやつが居るとは思っていなかった。というかなんで住所を知っていたのだろうか。
今はそんなことより二度寝を
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
「お前、よく出来るな……」
「人が話しているのにドアを閉めるそっちが悪いのではないか」
「俺にそんなことするやつは久しぶりだよ」
「友達にするいたずらと考えれば何てことはなかろう」
俺を友達ねぇ……
やはり、こいつはすこし可笑しいやつだな。
「なんで俺の住所を知ってるんだ?」
「美結先生に聞いたらすぐ教えてくれたぞ」
「担任の花森 美結のことか?」
「そうだが、意外だな。てっきり担任の名前なんて覚えていないかと」
「いつもならな」
能力を使うにあたり、見た目やイメージは重要視されるのだが名前に関しては全く必要がない。よって滅多に人の名前を覚えることがない。
覚える条件としては、自分が興味があるかどうかのみだ。
「美結とは前から少し関わりがあったからな」
「関わり?」
「お前は俺が教えたヒントである答えにたどり着いたからわざわざ朝早くここに来たんだよな?」
暁は質問に答えずに、自分の質問をする。話し相手が見つかったからだろうか。自分の声が心なしか弾んでいるように感じた。
「そうだ。その答えを聞きに来た」
「いいだろう。ヒントをあげておいて、答えを教えないほど意地悪じゃねぇ」
ドアを大きく開く。桜はその行動に気づいたようで、顔に喜びを浮かべる。
「家に入っていいぞ。お前の行動力に免じて今日は時間通り学校にいってやろう」
家に上げた桜をリビングに案内して、自分はキッチンでコーヒーを淹れる。
オープンキッチンになっているのでこちらから桜の姿が見える。当の本人はソファの上でキョロキョロと部屋を見回して落ち着かない様子だ。
「コーヒー飲むか?」
「いや、私は苦いのが苦手なんだ」
「りんごジュースは?」
「頂こう」
冷蔵庫を開けてコップにりんごジュースを注ぐ。家に人を上げるなんて初めてなので、リビングに他の人がいるのはなんだか新鮮だ。
そもそも家に近づこうと思う人間が二桁もいないだろう。自分を暗殺しようとする者を除けばだが。
そんな奴らも目視されることを恐れて家に入り込むことはない。狙撃による攻撃がほとんどだ。
「何か気になるか?」
ジュースとコーヒーのカップをダイニングテーブルに持って行くと、桜はソファではなく本棚の前に立って本を眺めていた。
「いや、お前も魔法に関する本を持っているんだなと思ってな」
「そりゃ、俺も強くはないが魔法は使えるからな」
「それで十分なのだろう?」
「まあな。それじゃあ時間もないし本題に入ろうぜ?」
「そうだな。それじゃあ、あの2つの事件の真実を教えてくれないか」
桜は真剣な眼差しで暁をじっと見つめる。真実を聞くためにわざわざここまでも来たのだ。今更、はぐらかされるわけにはいかない。
「あの事件はお前を殺すために国がやったことなのか?」
「…………」
静寂の時が流れる。暁は黙ったまま口を開かない。だが、それは何かを考えるように、何かを思い出しているようにも見える。
しばらくして暁は口を開け、話を始めた。
「あれは俺が中学1年生の夏休みのことだ。国から俺の固有能力を調べたいと通達が届いたので、1人でザーミットへ向かった。
当時は、魔法や能力を使い慣れていなかった俺は、国から呼ばれたことに喜んでいて何も疑ってはいなかった。
あれは確かお昼過ぎ、国に指定された研究所の中に入ろうとした時にそれは始まった」
握りしめられた拳が震えているのが見える。怒りなのか、悲しみなのか、恐怖なのかはわからない。ただ、感情を抑えようと必死なのが分かる。
「サイレンが鳴り響き、その研究所以外の建物が全て地面へと収納されていった。
あたりを見回すと360度全方位に戦車が見えた。主砲は全てこちらを向いていて、明らかに自分のことを狙っているとすぐに分かった。
その町は、すでにAIの暴走と緊急避難が出されていたらしい。今思えば人は少なかったことやどこの店も閉まっていたことが明らかに不自然だったんだ」
声が震えている。情報操作によって暁のみをその町に残し、住民には避難させ何が起きているのかをわからせない国による計画的な抹殺作戦。
予想をはるかに越える事実に、桜はただ黙っていることしかできない。
「初弾は研究所に当たった。爆風に飛ばされ、足を擦りむいていた。
二発目は倒れた俺の上を通過して、後ろに着弾したのは覚えてる。
三発目、俺は目の前に砲弾を見た。大きさ、色、形全てが見えた。
そこから俺は何も覚えてない。
しばらくして俺は瓦礫の真ん中に立っていた。あたり一面は砲撃によって平らなところなどなく、入ろうとしていた研究所は跡形も無くなっていたよ」
ただ、と暁は続ける。
「俺はあることに気づいた。自分の体に初弾での爆風の時に擦りむいた怪我以外、一切怪我をしてないことに。
その時、俺は思った。ああ、これはそういう能力なんだなと」