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俺より強いのをやめてもらおうか!  作者: イノカゲ
第一部『彼は勝者だそうですよ?』
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一章 『絶対勝者』 下

 庭園から出ると、鞄を持った桜が腕を組んで立っていた。黒の長髪と纏っている黒い制服に反して、腰に付けた何一つ装飾のない白い鞘の刀は良く目立つ。

 帯刀してる者は多いがやはり白黒の色合いは目立たせる。

 そう考えると黒い髪に黒い制服を着て、特に武器を携えていない暁は、地味な部類に入るのかもしれない。

 昨日と持っている刀が違うのには、何か意味があるのだろうか。


「呼び出した理由はなんだよ」

「いるなら返事をしろ」

「俺は大声を出すのが嫌いなんだ」

「まあいい。さっき生徒代表会議が行われたんだ」

「俺が断ったやつだな」

「そうだ。それに私とアリスで出てきたのだが、先ほど終わった」


 入学式の当日に教員から明日に会議があるので出て欲しいと言われたのだが、興味ないと断った。どうやら、代表は2位と3位に変わったらしい。

 この調子で面倒ごとは全て彼女達に回してもらえるとありがたい。


「俺は関係ないはずだが?」

「関係あるのは話し合われた内容だ。お前と戦いたいと上級生達は騒いでいるらしい。しかも昨日、1年生同士で揉めたんだと聞いているが」

「あれは向こうから先に仕掛けてきたんだよ。俺は応戦しただけだ。というか完全に殴られたけどな。効かなかったけど」

「その辺の事情も全て聞いている。その上での話し合いだ」

「ほう」


 入学前から目をつけられていたのだろうが、昨日の出来事からの素早い対応には素直に感心する。


「それで話し合った結果は?」

「それがおま「お前が三神 暁か!」


 桜が何か言いかけていたところで、男の声が割って入ってくる。声の主の方を見ると深緑色の制服を着た男子生徒2人に赤の制服を着た女子生徒が1人。

 男子生徒の1人は矢を持ってはいないが、弓を持っている。他の2人は杖を持ち、さながら魔道士のようにローブを纏う。


「そうだが?」

「俺は2年の御茅みがやだ」


 肯定で返した暁に弓を持つ男子生徒が自己紹介で返す。どうやらさっきの発言はこいつらしい。


「お前は絶対に負けないと言っていると聞いている。本当か?」

「ああ、事実だ」

「ならば人数に差があっても問題ないと?」

「当たり前だ」


 気だるそうに、嘲笑うように、重ねて肯定を返す。上級生に対する態度ではないが、相手はそれを気にしていない。


「なんだ?1対3でやろうっていうのか?」

「いいや、1対5だ!」


 上を見上げると大剣を振りかぶる男子生徒が2人見える。桜と暁が話していたのは校舎のすぐ側だったので、おそらく窓から飛び出してきたのだろう。

 そして計画されていたかのように、タイミングを合わせて魔法で作られた矢と魔法がこちらに向かって放たれる。相手に確認をしたとはいえ、容赦ない奇襲。


「うるさい!」


 話を遮られてから黙っていた桜が叫ぶ。一切気配を出していなかったところからの突然の憤怒に暁は少なからず驚いた。

 桜が刀の柄に手を乗せたのも束の間、赤い閃光が暁の周りを抜ける。

 音はない。目に見え感じるのは、光と風のみ。


「ぐぁぁ!!」

「何っ!?」


 上から襲ってきた男子生徒の大剣は砕け、飛んできた魔法の矢と魔法自体が2つに斬られた。

 紅蓮神楽と呼ばれる桜の刀は魔刀という分類にあたる。魔刀とは、世界に10本しか存在しない魔法を斬ることの出来る剣及び刀のことで、魔剣とも呼ばれる。

 その能力は能力者で言うところの固有能力にあたり、魔法で矢を作り放つ弓のような媒体とは違う。

 扱いの難しさから、現在7人しか扱える者はいない。

 そして桜の固有能力である『空間把握』は自分を中心とした半径2m以内のものを全て把握するというもので、魔刀との相性は抜群だ。


「意外と短気か?」


 目の前で行われた速撃には驚きもせず、暁はケラケラと笑って言う。


「否定はしない」


 桜は柄から手を離して答える。それから怪訝そうな表情を浮べた。


「それにしてもお前はなぜ斬れない。今敵を斬る間に何回か攻撃したのだが、傷一つない。肉体を強化しているわけではないのか」

「俺のは固有能力だからなぁ。さらに言うなら俺は自分を強化しているわけじゃなく、お前を弱くしている。多分だが、お前の刀じゃ俺の魔法は斬れないと思うぜ」

「納得出来んな」

「俺には勝てないってことさえ分かれば十分だ」

「うるさい」


 桜の顔がより一層顔を不機嫌そうに歪める。それを見て暁は悪そうな笑顔を浮かべて笑う。

 上級生達は一瞬何が起きたのか分からず、固まってそれを眺めていた。


「……ふ、ふざけるな!」


 弓を持つ男子生徒はその2人の様子を見て考えるのをやめ、声を荒らげながら再度攻撃を試みる。

 弓を構えて魔法で矢を作り出す。一年以上続けた鍛錬によってこの動作には3秒ほどしかかかっていない。

 狙いを定めるため視線を暁達に向ける。

 見ると目標である暁はこちらに向かって左手を伸ばしていた。


「うるせぇよ」


 バチンっと電撃が放たれる。昨日使ったのと同じ下級魔法──フラッシュ・ボルト。

最強で問答無用で理不尽な能力によって、すでに上級生達は暁よりも弱体化されている。

 強さは関係ない。経験は関係ない。

 結果はいつも同じ道を辿る。


「……!!!」


 男子生徒は声にならない悲鳴を上げて弓を落として倒れる。後ろの2人も同じように体を痙攣させて地面へと崩れ落ちた。

 先ほどまで倒れていた大剣を砕かれた男子生徒2人の姿はない。仲間がやられたのを見て逃げ出したのか。情けない奴らだ。


「続きはなんだって?」

「お前が望むなら鎮静化をしてもいいって言おうと思ったのだが……なんの問題もなさそうだな」


 倒れている上級生を見て桜は呆れる様に笑う。


「当たり前だ。逆に来てもらわないと困るぜ。楽しい学園生活にならねぇからなぁ」


 「来られすぎてもめんどくさいけどな」と付け足し、意気揚々と笑って返す。

 この男にとって襲われることは問題ではない。襲われない退屈な時間が多いという方がよっぽど問題なのである。

 更にいえば、暁の第二の趣味──とは言い難いかもしれないが、自分の限界を知りたいと思い、色々な事を試している。

 その上で相手は必要なので、向かってくる襲撃者は大切なのだ。


「いや、逆に俺から行くか」

「それに対しても言われているぞ。お前から問題を起こさないようにしろとな」

「つまんねぇなぁ」

「そう言うな。退学にはお前の能力も役には立たないのだろう?」

「……それもそうだな。やめておこう」


 暁も馬鹿ではない。絶好の遊び場をわざわざ自ら出て行くつもりはない。


「他にはあるのか?」

「それ以外には特に伝えなきゃならないことはないな」

「そうか。じゃあ俺は帰るな」


 鞄を持たない方の手をポケットに入れて校門の方を向いて歩き出す。


「ちょ、ちょっと待て!」


 まだ歩いて三歩ほどで、桜に呼び止められる。まだ近くなのだが、少し強めの声だった。


「なんだ?」


  振り返ると見えた桜の顔は朱色に染まり、プルプルと震えている。


「そ、そのだな。こ、この後時間あったりするだろうか」

「まあ、用事はねぇが」

「そ、そうなのか」

「……」

「……」


 しばらくの沈黙。

 何かを言いたげな桜は言い出す勇気がないのかモジモジしている。

 端から見れば告白にも見えるかもしれない。だが、人に気に入られる性格でない事を自覚している暁はそんな可能性は一ミリたりとも考えていない。


「どうしたんだ?」

「いや、あの、その」

「ん?」


 桜は更に顔を赤くして、覚悟を決めるようにぎゅっと拳を握りしめた。


「これから一緒にお茶しないか!!」



「誰かを遊びに誘ったことがないからあんなにモジモジしてたのか。随分と可愛いじゃねぇか」


 暁は笑いを噛み殺すも、くくくっと笑いが漏れる。


「笑うでない!」

「店内はお静かにだぜ?」

「う〜」


 桜は頬を赤く染めて、目の前に置かれたジュースのストローに口をつける。

 今来ているのは学校から1番近い駅周辺にある暁の行きつけの喫茶店。

 内装はシックなインテリアで統一されており、おしゃれな雰囲気なのだが、外見は地味であまり目立たないため、放課後のこの時間でも人は少ない。

 そのため、この喫茶店にいる人のほとんどが顔なじみなのだ。


「なんでこんなところを知っているんだ?」

「なにぶん暇なもんでね。暇を潰す場所は色々と知ってるんだよ」


 放課後にわざわざ修行や訓練をする必要もなく、能力と性格からあまり人と仲良くすることが得意ではない暁は喫茶店や図書館でのんびりしている。

 特にここはお気に入りでコーヒーを飲みながらケーキを食べたり本を読んだりすることが多い。

 ここのケーキは店長の奥さんの手作りで、甘すぎずコーヒーにもよく合う。そこもお気に入りの理由の一つだ。

 ちなみに人を連れてくるのは初めてだったりする。


「ここは静かでいいところだな。ジュースもおいしい」


 テーブルには桜のマンゴージュースとショートケーキ、暁のコーヒーとチーズケーキが置かれている。

 桜の選んだ二つは共にこのお店のオススメで、ショートケーキはテイクアウトを頼む人も多い。

 

「俺のお気に入りの店だからな。気に入ってくれたならよかった」

「特にこのショートケーキは素晴らしい!」


 桜は目を輝かせながら一口、また一口とケーキを口に運んでいく。食べるたびに幸せそうな笑顔を浮かべる姿に思わず暁は思わず笑ってしまう。


「喉に詰まらせるなよ」


 そこまで美味しそうに食べてくれるなら連れて来た甲斐がある。

 そう思いながら自分のチーズケーキを一口サイズにフォークで切る。

 食べようと口元に持ってきたとき、こちらを見つめる桜と目が合った。


「なんだよ」

「いや、なんでもないんだ。別にチーズケーキも食べてみたいとか、どんな味がするのかなとか、そんなことは別に少したりとも思っていないぞ!」


 桜はさっきよりも顔を朱に染め、必死に手を振って弁解を始める。


「食べたいなら食べたいって言えばいいじゃねぇか。ほれ」

「いいのか!」


 別に暁も鬼ではない。今食べようとしていた分を桜の方へ突き出す。それを見た桜は再び瞳を輝かせる。


「なら貰うとし……よう……」


 突き出されたチーズケーキに飛びつこうとした桜だったが、何かに気づいて固まったように動きを止める。


「どうした?食べないのか?」


 ニヤニヤと笑いながら暁はフォークを揺らす。そんな中、桜は心の中で葛藤を繰り広げていた。


(どうすればいいのだ!チーズケーキは食べたい!けど食べさせてもらうっていうのは......しかも間接キスではないか!だがあの様子だとこれじゃないと食べさせてくれなさそうだし......)


「いらないのか。じゃあ俺が」

「待て!!!」


 バンッと机を叩いて勢いよく立ち上がる。


「い、いただこう」

「涙目になるほどなのか」

「お前のせいだろう!」


 今度は勢いよく座り、胸に手を当ててから2回大きく深呼吸をする。

 それから自分の両手で頬を叩く。

 

「よし、こい!」

「そんなに気合い入れられてもなぁ。はい、あ〜ん」

「あ、あ〜ん」


 自分でも耳の先まで真っ赤になっていくのがわかる。震えながら口に送られたチーズケーキを口に含んだ。

 そこからゆっくりと一緒に口に入ったフォークが引き抜かれる。


「うまいだろ?ここのチーズケーキは適度に甘くて、後味も最高だからなぁ」


────味なんてわかるわけがない!


 桜は恥ずかしさで味わっている余裕はこれっぽっちもなかった。ただでさえ、中学校は女子校に通っていたので、男に対する耐性がない。

 そんな桜には『あ〜ん』と『間接キス』のコンボは刺激が強すぎた。

 口の中で溶けていったチーズケーキをゆっくりと飲み込む。すると口が自然に開いて言葉を発した。


「も、もう一口」

「ん?」

「もう一口食べさせてはくれないか」


 羞恥心で頭が混乱して、もはや自分でもなにを考えているのかもわからない。

 だけど、もう一度食べさせて欲しい。そう思ってしまった。


「別にいいけどよ。……どうぞ」

「あっ……んんっ」


 また一口サイズに切り分けられたチーズケーキが口の前に差し出され、桜はそれをとろけそうな声を出しながら食べる。

 それから何度もねだり、食べさせてもらった結果、チーズケーキの半分以上を桜が食べていた。




「取り乱してしまった。すまない、ほとんど食べてしまって」


 全てのチーズケーキを食べ終えてからしばらくして、落ち着きを取り戻した桜が姿勢を正して言う。


「気に入ってくれたってことだろ?」

「ま、まあそういうことになるな」


 食べさせてもらっていたせいで味なんてわからなかったのだが、気に入ったといえばそうである。

 

「可愛い桜も見れたしな」

「わ、忘れてくれ!思い出しただけで恥ずかしい!」


 おそらくさっきまでの出来事はチーズケーキを食べるたびに思い出すことになるだろうと桜は思う。


「さて、ケーキも食べ終わったところで、わざわざ俺をお茶に誘ったんだ。何か話でもあるんだろ?」


 コーヒーの最後の一口を飲み終えた暁は今日の真意を問う。人から恨まれることの方が多い暁として、目的もなく自分を誘うことはないと予想していた。

 だが、桜からは予想に反した答えが返ってきた。


「特にないが?」


 頭にはてなマークを浮かべて、小首を傾げる。それから暁の考えが分かったのか、自分が誘った理由を続けた。


「ただ仲良くなりたいと思ったんだ。ただ昨日お前がお茶なら喜んで行くと言っていたのを思い出したのでな。誘ってみただけで他意はないぞ」

「……」


 純粋な感想はそんな人間がいると思っていなかったという驚きだけだった。

 今まで一度も仲良くしたいなんて言われたことはない。

 そもそも人は滅多に寄らず、寄ってくる人は、知らずに恨みを買った人や噂を聞いて面白半分に挑戦に来る人ばかり。

 そういう人間を正面から叩き潰せば、さらに人は寄りつかなくなっていく。

 そんな経験しかない暁は疑いの目を桜へ向ける。

 桜のこちらをまっすぐと見つめる瞳に嘘の色はない。

 

「不満か?」

「いいや。そんなことを言ってくれるやつがいるとは思ってもみなくてな。少し驚いただけだ。普通はこの能力を嫌うんだがな」

「私は能力だけで嫌ったりしないさ。それより私はその能力に興味があるのだが、詳しく教えてもらっても良いか?」

「いいぜ。けどその前に……」


 レジに座る店長に向かって手を挙げる。店長がそれに気がついたのを確認してから自分のコーヒーカップを指差す。おかわりのお願いだ。店長は微笑んでコーヒーサーバーを手に、暁の座るテーブルへと来る。


「ご学友ですか?」

「そんなとこだ」

「いつも1人だったのに、誰かを連れてきたのでびっくりしましたよ。明日は雪でも降るかも知れませんね」

「それは言い過ぎじゃないか?」

「そんなことはありませんよ。3年間も1人で来ていたのですから」


 店長はワイシャツにネクタイと店の名前が書かれたエプロンをしているのだが、ピンと背の伸びた立ち姿は70代後半とは思えないほどに若々しい。

 この店を見つけたのは3年前の中学一年生の入学式の帰り。そこから通っているので、結構な常連客になる。

 いつからだったか、カップは他の人が使っているものとは違う自分専用のものが用意されていた。

 店長はそのカップになみなみとコーヒーを注ぐ。


「仲良くしてあげてくださいね」

「もちろんです!」


 それからゆっくりしていってください、と言い残してレジへと戻っていった。


「それじゃあ、本題に戻るとしよう。何を聞きたいんだ?」

「なんでもいい」

「ん〜それじゃあ逆にお前は俺の能力をどこまで知っている?」

「私が知っているのは『相手を自分より弱くすることが出来る』という能力だということだけだ」

「ならそこからだなぁ」


 暁は椅子に座り直して、足を組む。


「俺の能力は『認識している対象を一律に自分より弱体化する』っていうものだ。条件としては、『認識している』『対象は絞れない』の2つがある」

「つまり、分からない人を弱体化することは出来ず、1人だけ弱体化するってことも出来ないってことか?」

「合っているが少し違う。俺が弱体化出来るのは人だけじゃねぇ」

「なっ!?」


 桜は驚愕の声を上げる。自分が想像していたよりも暁の能力が恐ろしいものだということに気がついたからだ。

 有機物だけでなく、無機物まで弱体化することが出来るとなれば、手の打ちようがなくなってくる。

 有機物だけならば、対象外である岩や鉄を投げれば攻撃は当たる。

 だが、そこで1つの疑問が思い浮かぶ。


「お前の能力が物にまで及ぶのは分かった。だが、それは認識出来ている物だけなのだろう?」

「ああ」

「それは一部だけ見えていればいいのか?」

「一部では無理だ。内部構造とまではいかないが全体像は分かっていないとダメだ」

「なら」


 桜は腰に携えた自分の刀を触る。


「私の刀はなぜ防げたのだ。私の居合い斬りは音速を超えている。認識しきれていないはずだ。それとも鞘まで見れていれば刀身は関係ないのか?」


 さっきの戦いのことを思い出す。桜は上級生の大剣を二本と魔法の矢と魔法自体を斬った上に暁を数度斬りつけるといった動作を1秒とかからずに行った。

 常人から見れば動いたことすら分からないほどの早業である。


「相変わらずいいところに気付くじゃねぇか」


 暁は素直に感心する。席順及びこの質問といい目の付け所がいい。

 もちろん、暁にもその攻撃の最中に刀身を捉えることなど出来ていない。かといって柄と鞘だけでは能力の発動条件は満たせない。


「そんな桜ちゃんには特別に裏技を教えてあげようじゃねぇか」

「裏技?」

「そう、裏技だ」


 なぜ発動条件が揃っていないはずの刀を弱体化出来たのか。それは世界を騙し、能力を都合よく発動させることにある。


「俺がしているのは……そうだなぁ……じゃあまず、鞘に入っていない刀があったとしよう。お前はそれをなんと呼ぶ?」

「白刃だ」

「じゃあ逆に刀の納められていない鞘のことは?」

「鞘じゃないのか?」

「その通り。じゃあ最後に鞘に納められている刀のことはなんと呼ぶ?」

「......刀だな」

「じゃあ、鞘に入ってない刀は、刀とは呼べないか?」

「そんなことは……ないな」

「つまり、刀と聞いて全員が全員鞘のついてる刀を思い浮かべるとは限らないってことだ」


 暁は得意げに話をしていく。桜はまだ納得のいっていない微妙な表情を浮かべている。


「つまりどういうことなんだ?」

「イメージだよ。言葉は同じでも人によってイメージは違う。そこを上手く使う」


 つまり、人によって違う捉え方、また食い違っているところを逆手にとって、世界を騙す。


「俺が弱体化対象として認識したのは『黒峰 桜』だが、イメージとして認識したのは紅蓮神楽を腰に付けた桜。つまり『刀を持った黒峰 桜』を弱体化させたわけだ」


 それが曖昧な違いを使った裏技。世界を騙して、都合のいい能力の使い方。


「そんな適当な!?」

「それが出来るから俺はここにいるんだよ」


 暁は笑いながら椅子を2つの脚で立ててグラグラと揺らす。

 このことに気がついたのは中学一年生の夏。能力を得てから4ヶ月ほどした頃、そして暁の『絶対勝者』が出来上がった時である。

 人は他の人のことを言う時にその人がよく持っているもので言ったり、逆に物によってその人を連想することがある。

 それはやはりその人によるイメージがあるからだ。


「そんなの……どう対抗すればいいんだ……国だって1人で滅ぼせてしまうかもしれないじゃないか」

「まあ、その気があればな」

「この国はそれを許したというのか……」

「いいや、許されてないぜ」


 暁はグラグラさせていた椅子を元に戻してニヤリと笑って言う。それはドヤ顔と言っても過言ではない。

 そしてそのまま得意げに話を続ける。


「もういい時間だし最後にいいことを教えてやるよ」


 壁にかけられた時計を見ると時刻はすでに18時を回っていた。来る時間が遅かったので仕方のない話だ。


「2年前に起きたAI暴走事件とその半年後に起きた魔法兵器爆破事故を調べてみるといい。そしてその中心にいたのが俺だってことだけ教えてやる」


 そう言って暁は伝票を取って立ち上がり、レジの方に行こうとする。それから振り向きざまに一言だけ付け加えた。


「あとそれは国家機密情報なんでその辺はよろしく頼むぜ」


 そして、けらけらと笑いながらレジへと向かう。一方、桜は与えられた内容に頭がついていかず、支払いを終えた暁が店のドアを開けるまでその場を動くことが出来なかった。



「やはり風呂はいいものだ」


 風呂から上がったばかりの桜はベッドに腰掛けて濡れた髪をタオルで丁寧に拭く。

 今日のパジャマの柄は名前と同じピンクの桜。狙いすぎかとも思うが自分では結構気に入っている。

 お気に入りのパジャマを見下ろすとあまり膨らみのない平らな胸があった。


「はぁ……この胸がもっと大きければあいつももっと私を意識してくれるのだろうか……」


 ため息と共にそんな嘆きが吐き出される。別に好きだとかそういう気持ちではないのかもしれない。

 けれど、初日に顔を近づけられたといい今日のケーキの時といい、いつも赤くなるのは自分ばかりで、暁はそれを見て笑うだけ。正直1人の女の子として見てくれている気がしない。


「はぁ……」


 感じたことのない感情に、どう対処すればいいのかわからない。そんな気持ちは再び1つのため息を生む。

 中学生時代は女子校に通い、放課後の大半を叔父の勧めで小さい頃からやっていた剣道や抜刀術の稽古に費やしてきた桜の経験してこなかったこと。

 だが、嫌な気分ではない。悔しさやモヤモヤする感じはあるものの気分はいい。

 しばらくはこの気持ちに向き合って頑張っていこうと桜は思う。


「そうだ。暁の言っていた事件と事故について調べてみるか」


 桜は鞄から学校から配られた生徒証にもなる携帯端末──グリアを取り出す。

 『AI暴走事件』と『魔法兵器爆破事故』という名前は桜も聞いたことがあった。

 たしかここ、リベルアスの隣国であるザーミットで起きたものだったはずだ。

 聖フィルリード学園のあるこのリベルアスという国は、いわゆる魔法の国である。

 住む国民たちは魔法の組み込まれた生活を送っているからだ。実際は全員が魔法や能力を持っているわけではないので、持つ者と持たぬ者が協力し合っているといった感じだ。

 それに対して、ザーミットは科学の国である。ザーミットの国民は魔法を使うことはできないが、技術力で発展していった。

 高層ビルが建ち並び、電子化された情報が行き交う。魔法の国であるリベルアスとは全く異なる文化を持つ国だ。

 リベルアスとザーミットは隣り合っており、両国はとても友好的な関係にある。

 おかげでリベルアスにも自動四輪車が走るようになり、線路も敷かれ駅まで出来た。

 こちらからは能力者による護衛や魔法でなければ生成できない金属などを提供している。


「あった!どうやらこの2つの事件がまとめられているようだが……」


 桜はグリアのモードを2Dから3D投影モードに切り替える。するとグリアから目の前に2つの記事が投影された。


『AI暴走事件』

 創記暦2560年8月24日、ザーミットにて開発途中だったAI〈人工知能〉が暴走した。被害は甚大で国全体で停電が起こり、国からは外出禁止命令が発令された。

 国は軍を派遣し、戦車30機による攻撃により原因であるヒュミラード社の研究室を破壊したとしている。試作段階だったため、研究室を破壊しただけで解決したとのこと。

 被害は研究室およびその周辺10棟の家のみで、被害者は0。

 国の発表では、外出禁止命令の理由は、AIが防衛システムをハッキングし交戦をしていたためだとしている。

 この事件に関して、一切の写真、動画はない。


『魔法兵器爆破事故』

 創記暦2560年12月20日、ザーミットとリベルアスが共同開発を行っていた魔法兵器が事故を起こし、大爆発を起こした。その後、国は被害を抑えるため、兵器が魔力を溜めてから爆破する前に破壊すると発表。両国が軍を派遣し、戦車、戦闘機、魔法師による空爆や砲撃や超級魔法によって跡形もなく消滅させられた。この事故でも外出禁止命令が発令された。

 死者はおらず、被害は戦車全機の損傷と建築物40棟とされているのだが、この事故に対する作戦と被害状況に矛盾点が多いく、情報が国からの発表されたものと対処後の現場状況しかないため、ハッキリとはしていない。

 この事故に関して、一切の写真、映像はない。


「なんだこれは……」


 この2つの事件、事故が起こったのは今から三年前。最近の事なはずなのに、軍が動くほどの事件が起きていただなんて聞いたことがない。

 調べた限りでは、新聞には小さく一度載っただけでテレビでの報道はなかったようだ。しかも、それ関係の写真も映像も何もない。


「暁はこれの中心が自分だと言っていたな。どういう意味だ……軍の攻撃の主力にいたということか?確か国家機密といっていたな。隠さなければならない何かがあるはず」


 桜は考える。この2つの事件、事故で軍が隠そうとしている何かを。

 

「軍の出動、会社の失態、魔法兵器。国は隠せそうなことは一応発表をしている」


 桜は思い出す。今日の暁との会話の中、どの流れでこの話が出てきたのかを。


「本気ならば国を滅ぼすことも出来る、国から許されてはいない、事件の中心だった……まさか⁉︎」


 国を滅ぼすことも出来る人間を中心とした軍が出動するほどの事件に国が隠したかったこと。桜はある1つの仮説にたどり着く。


「そんなことがありえるのか……この両方共が暁を殺すための計画だなんてことが!」


 桜は驚きのあまりベッドから立ち上がり、今開いている全てのウィンドウを閉じ、連絡先一覧に移る。グリアには全学年の生徒と全ての教師の連絡先が登録されている。それはグリアが学校から支給されるものだからだ。

 一覧から『ま行』を選択し、『み』までスクロールさせる。探しているのは暁。夜も更けてはいるが、真実を聞かないと寝たくても気になって寝れない。

 ミーフィリア、三浦、御笠と順に見ていく。だが、そこに三神の文字は存在しなかった。


「あいつまだグリアを受け取っていないのか!?」


 この一覧に表示されているのは、渡されグリアに自分の情報を登録した者のみ。グリアは入学式が終わった後の教室で配られた。

 暁はその時にはすでに帰っていたので、それには参加していない。よって、まだグリアは所持していない。


「これじゃ聞けないじゃないか!」


 桜はグリアをベッドに思いっきり投げつけて叫ぶ。そして、自分も身をベッドへと投げる。そろそろ仕舞おうかと思っていた羽毛布団が桜の勢いで跳ね上がり、先に投げたグリアが宙を舞う。


「あいたっ!」


 グリアが頭を打つ。頭を抱えるようにして仰向けに転がった。


「三神 暁、一体お前は何者なんだ」


 大の字になって部屋のライトを眺める。暁に何があったのかは分からない。だが、何かしらの闇を抱えているのは確かである。

 そもそもまだ出会ってから2日しか経っていない。この事件だけではない。家族構成や趣味など聞きたいことは山ほどある。考えれば考えるほど気になることは溢れるように出てくる。

 そんな感じで色々な考えが頭を駆け巡り、普段は11時に寝る桜が寝ることが出来たのは日付けが変わってからだった。

 

一章はこれで終わりです


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