七章『いざ、外の世界へ』4
前話からの訂正で20m→50mになっています。
その少女は背中に背負う筒から矢を取り出すと、再び構える。構えられた矢には、緑に輝く光の束がまとわりついていく。
『遠視』を発動して見るに、弓に目立ったギミックはない。長弓で、持ち手に鮮やかな緑色の装飾が施されている。
「あれも神霊器か?」
この国で不思議な力を使えるとすれば神霊器ということになるだろう。少女は口をパクパクと動かす。それが終わると同時に矢が放たれた。
放たれた矢はブレることなく、まっすぐと暁の額へ吸い込まれるかのように軌道を描く。直撃した矢は先と同じように爆風を起こした。
「神の恩恵?とやらがあるにしても、この距離を目視のみで射れるのか」
暁は髪をたなびかせながら、感心の言葉を口にする。少女自体の認識は不可能だったが、矢はさっきと同様のものだったので問題なく能力の範囲内だ。
風自体は先ほど暁が吹き飛ばされたようにかなり強く、周りにあった瓦礫は全て後ろへと飛ばされていった。
「おい、赤峰。あいつは?」
「あぁ、あいつの名前は」
「ちょっとまて、大体分かってきた。緑峰だな?」
「惜しい。多分表記は合ってる。読み方はりょくじゃなくろく。緑峰 紬だ」
代表の白峰、補佐を務める青峰、目の前にいる赤峰と遠くに見える緑峰。やはり、この国で力を持つ家は色と峰の組み合わせが苗字になっているようだ。
(となると、桜の苗字の黒峰は……いや考えすぎか)
今頃、学校でトーナメント戦をしてるであろう少女を思い浮かべる。もしギルラミナの人間であるなら魔法を使うことは出来ないはずだ。
だとすると、固有能力を持つ桜は関係ないだろう。
「まあいい。あとで少し調べてみるか」
「なんだ?」
「いや、こっちの話だ。それで、緑峰ってやつはなんで攻撃してきた」
「紬は戦い好きでな。戦ってる俺らを見て、混ざろうと思ったんだろう」
「なるほどな」
さっきのを見てなお、新しい矢を構えているのはそういうわけか。敵わなそうな相手だとしても諦めず、むしろ戦いたくなるのがそういうやつだ。
「それなら、受けて立つ!」
まだ壊れていない横の壁を掴んで、砕く。それを見た緑峰はさらに力強く、弓を引いた。それによって、矢は先ほどより強く輝きを増す。
「そら!」
暁の『投擲』を使って投げた壁の欠片と緑峰の矢が、両者の中間で衝突する。
強力なエネルギーのぶつかり合いは、地を削り、あたりの建物に被害をもたらす。建物の住民らが何事かと表に出てくるが、緑峰の姿をみると中へと戻って行く。
「あ〜やっちまった。悪いな、赤峰」
「大丈夫だ。それに、どちらかといえば先に仕掛けたのは緑峰だからな。修繕費はあいつの給与から差し引いておくことにする」
「それは困る」
赤峰の言葉に対して上から返答がきた。先ほどまで向こうにいたはずの緑峰が弓を背負って、空から降ってくる。
この50mの距離をどうやって素早く移動してきたのだろうか。恩恵とやらで、ジャンプでこちらに跳んで来れたとしても、ここまで早く来るのは無理だと思うのだが。
まあ、自分が知っていることだけが全てではない。考えても分からなそうなら考えるのはやめよう。
「だからいつも言ってるだろ。お前のは周りに被害が出るから城内じゃ戦いに混ざるなって」
「戦ってる方が悪い。だから赤峰が払う」
「ふざけんな!」
「ただでさえ、私はお金がない。なのに、それからさらに差し引くなんて」
「それはお前が飯と団子を食い過ぎてるからだ!!」
緑峰の表情は、会話中にあまり変化せず大人しいようにも見えるのだが、言動からしてそうではないようだ。
緑峰が赤峰の言葉を無視して、こちらを向く。
「あ、私は緑峰 紬。いきなり攻撃したけど、怪我はないみたいだし……謝らなくてもいい?」
手を伸ばしてから、暁の全身を見て怪我──それどころかかすり傷すら無い──がないのを見て小首をかしげる。
「ああ、別に気にすんな。奇襲には慣れてる。俺は三神暁、以後よろしく頼むよ。ところで聞きたいことがあるんだが」
軽く握手を交わして手が離されたところで、暁が緑峰に問いかける。
「お前達には髪を結ぶっていう文化はないのか?」
白峰という緑峰といい村にいた女の人達といい、髪を長く伸ばしてそのままか、短いかのどちらかしか見られなかった。
「動く時に後ろで結う人は多いけれど、私はしないわ。めんどくさいもの」
「暁の国ではみんな結んでるのか?」
「みんなというわけではないが、結んでる人は多いな。三つ編みとかツインテールとか」
「髪で三つ編みをねぇ……」
ああ、なるほど。この国にはリボンやゴムはないのか。それにここの人間は皆、自給自足だと言っていたな。女、子供関係なく働いてるうちは、余裕がないのかも知れない。
「ところで、お前らって何色いるんだ?」
1つ質問をしたついでに、さっき気になっていた疑問も尋ねる。色と関わりともたせているとすれば、それほど多くはないはずだが。
「今は白、赤、緑、青、黄の5色だな。俺らが生まれる前は黒を加えた6色だったらしいんだが、今はいない」
「黒がなくなった経緯は分かるか?」
「悪い。そこまでは分からん。お前は?」
「私も知らない。けど……白峰が知ってた気がするわ」
やはり桜の黒峰という苗字には何かある。同い年くらいの赤峰が生まれる前に無くなったとすれば、桜自体は関係があるわけではないのだろう。
(となると問題は桜の親か……)
今回の作戦中か今後機会があった時にでも聞きに行ってみよう。作戦が終わってからならゆっくり話す時間もあるはずだ。
「そろそろ時間だな」
赤峰が自分達を呼びに来た従者の姿を見つけて、集合時間になったことを告げる。
その従者自体は、壊れた建物を見て項垂れていた。
「それじゃあ、私はこれで……」
「おいおい、紬。それじゃあじゃねぇよ」
逃げるように帰ろうとする緑峰の頭を、赤峰が後ろから掴む。
「怜二、痛いわ。私はこれからしなきゃいけないことがあるの」
「団子か?」
「団子よ……さっきより痛いわ」
「お前はもう少し反省しろ」
「難しい相談ね」
掴まれたまま逃げようとする緑峰の力で、赤峰がズルズルと引きずられていく。
「食い意地ばっか張りやがって……はぁ、帰ってきたら説教だからな!」
「遠慮させてもらうわ」
そう言って離れながら矢を取って弓を構える。取り出した矢は、さっきまでと違い紐付きだ。
それから矢を放つと、緑峰は後からついていく紐を右手で握りしめる。すると、身体は矢と共に飛び、あっという間に遠く絵と消えて行ってしまった。
おそらく、さっきこちらに来るのも同じ手段を使ったのだろうが、想像もつかない方法だ。
「神様すげぇ……」
思わずそんな言葉が口から漏れてしまった。
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