七章『いざ、外の世界へ』1
〜少し戻って8時30分 車内〜
「あ〜なげぇなぁ」
軍用車の中で、暁は読み終えた資料を枕にして椅子に寝っ転がっている。車に乗り込んでから3時間が過ぎようとしていた。
「まあまあ、そう言うなよ。国の端っこまで来てるんだ。それに、外に出るってのは色々な手続きもあるんだからさ」
向かい側に座る久我が、嗜めるように声をかけてくる。その肩には、資料を片手に寝ている水嶋が寄りかかっていた。話によると軍の方も忙しかったようで、寝ずの出動らしい。
当たり前だが、作戦の開始が昨日の今日で大変なのは俺だけじゃないようだ。
「にしても……」
そう言って近くのボタンで窓を開ける。中にあるモニターから前を見ることができるが、やはり自分の目で見たかったので、顔を外に出す。日の昇る前から車の中いたので、太陽の光が眩しく感じられる。
「こんなもんがこの国にあったとはな」
目線の先、車の正面には縦横6メートルほどの大きな鉄製の門が1つあった。周りが壁に覆われているわけではなく、門の周りに映し出されている風景からはこの門の先にも普通にビルが並んでいるように思ってしまう。
今、意識下ではビルの並ぶ街に、ポツンと門があると認識されている。門といっても開きそうな気配はなく、一切加工の加えられていない一枚の鉄板の周りを、仰々しく飾ったような感じだ。
「不思議だろ?なぜそんなとこにあるのか、ここが国の端ではなくまだ先があるように感じるのかって」
「これは視覚的なもんだけじゃねぇな。精神にも干渉してきてやがる」
「俺も詳しいことは知らない。『GATE』ってもんだとしかな」
「GATEねぇ……こりゃまた変な国に生まれちまったもんだ」
そう言って暁は中に戻り、窓を閉める。その時、車内に久我の携帯端末の着信音が響く。その音で水嶋は、ビクッと体を跳ねさせた。だが、そこで久我が頭に手を置くと安心した顔でまた眠りにつく。
上司と部下というよりは、父親と娘って感じだな。
「はい。了解しました。ありがとうございます」
着信に出た久我は数回の応答をした後、電話を終えると、
「暁、GATEが開くぞ」
久我がモニターを指差して言う。それに従って目をやると、一筋の線も見られなかった鉄板の中央で、1つ正方形が奥へ沈む。その後、そこから複雑に線が入っては、スライドを繰り返していく。
しばらく待つと、中心から開いていった鉄板は、その姿を消した。
「あれ、一枚の鉄板だったよな?」
「そのはずだ」
「分かろうとするだけ無駄ってわけか……」
「この門の設計者は成宮だ。今度聞いてみたらどうだ?聞いたら俺にも教えてくれ」
地形のことといい、一度成宮にあって色々なことを聞かなければならないな。会いに行くと何かしらの実験に付き合わされるから面倒臭いのだが。
そんな話をしていると、ゆっくりと車が動き出す。
「おっ、やっとか」
「軍や政府関係者以外で外に出るのはお前が初めてかもな」
「そりゃ、光栄なこった」
速度は上がらず、ゆっくりなまま進んで行く。このまま門を抜けるつもりなのだろう。
「ほら、水嶋。起きろ。GATEを通過するぞ」
「んん〜〜」
ペチペチと久我が頬を叩くと、水嶋は目をこすってから思いっきり伸びをする。普段でも主張の強い胸が、さらに張り出される。久我、見過ぎだ。分からなくもないが……
瞬間、精神と肉体が離れたような不思議な感覚が体を襲う。
「心配にするな。あの魔法のせいだ。何も害はない」
顔をしかめたのを見たからか、久我が笑って言った。それから得意げな顔をして、横にあったボタンで自分側と暁側の窓を開ける。
「ようこそ、外の世界へ」
──────────────────
窓から見えた風景は、リベルアスでは見たことのないものだった。長い木の棒に平たい鉄の板を付けた道具で、土を耕す人。井戸から水を組む人。木製の家。
久我の話では、この国─ギルラミナには電気がないらしい。何をするにも人の力で、しかも魔法のないこの国では本当の意味で人間の力を使って行われているという。今のリベルアスでは、食べ物の生産は全て機械による自動式。手作りといっても魔法を使って行われる。
そんな光景を横目に、しばらく走ると1つの大きな建造物が見え始めた。
「なんだありゃ」
「城ってもんだ。権力の強い人間が建てられる要塞で、この国に他にもいくつかある」
「大企業の高層ビルみたいなもんか」
「俺たちの感覚からするとそうだな。ちなみに今から行くあれは、今この国で一番権力のある人間の城だ」
鉄ではない灰色の歪んだものが屋根に並び、コンクリートとは違う白い壁。外見からするとこれも基本は木製のようだ。
城の敷地に入る前に、石が積み上げられた壁がある。魔法を使えば簡単に超えることはできるが、普通の人間ではまず無理だろう。そう考えると、魔法がどれだけ強大な力であるかを実感させられる。
車は、石積みと石積みの間にある木製の門を前まで来ると、その傍に止まった。
「ここからは歩きだ。2人とも車を降りるぞ」
「分かりました」
「へいへい」
水嶋が先行して後方のドアを開けると、久我、暁の順番で車を降りる。
異邦人を一目見ようと、すでに野次馬は結構集まっているようだ。そんな中、2人の子供が親の制止を振り切って暁の元に駆け寄って来る。
「ねぇねぇ!」
「んだ?がきんちょども」
「にいちゃんって不思議な力が使えるって本当か?」
「見せて!見せて!」
目をキラキラさせて、暁の服を引っ張る。自分の好奇心と興味に忠実な無邪気な子供の瞳。そんな目を向けられてはやるしかあるまい。
「しゃあねぇなぁ。よっと……」
2人の前で両手を縦に合わせる。
『アイス・フォーム・レプリカ』
その言葉と共に両手の平に魔法陣が現れる。周りに冷たい白い冷気を漏らしながら、ゆっくり手を離していくと、魔法陣と魔法陣の間に氷の塊が現れた。それは人の形をしていて、着物を身につけ、刀を二本身につけている。
「おぉぉぉ!白峰様だ!!」
「すげぇ!」
出来た氷の人形を2人の子供に手渡す。今氷で作ったのは、昨日会ったギルラミナ代表の白峰 雪姫を模したものだ。何を作れば子供達が分かるのかわからなかったので、ギルラミナで思いついた白峰にした。
「それは溶けちまうが、また機会があればまた何か見せてやるよ」
「絶対だよ!」
「あぁ」
「じゃあまたね」
手を振って親の元に戻っていく子供達に、暁は手を振り返す。
「子供には優しいんですね」
後ろからその様子を見ていた水嶋がニヤニヤしながら近づいてきて言う。
「別に俺だって全員に厳しいわけじゃねぇよ。ただ、周りにはどうしても敵が多いんでな……」
余裕がないんだよ、と心で付け足してから振り向き、門へと向かう。それに合わせて水嶋も横に並ぶと、興味があるようでそのまま話を続けてくる。
「学校で友達とか作らないんですか?仲のいい友達が出来ると楽しいですよ?」
「友達ねぇ……」
脳裏に桜やアリスの姿がよぎる。まさか自分に、あんなに関わってくる人間がいると思っていなかった。
周りの人間は全員、敵。近づいてくる人間は全員、敵。この考え方も少しずつ変わってきているのは確かだ。去年までの状況なら、絶対にあり得なかった。そう考えると久我に、少し感謝しないこともないが。
「お?なんか俺に感謝してそうな顔だな」
先に門の前にいた久我が、横に来た暁の顔を見て何かを察したかのように言ってくる。
相変わらず、感の鋭いおっさんだ。いや、もしかして俺が顔に出やすいタイプなのだろうか。後者なら気をつけなければいけない。
「してねぇよ。調子に乗んな」
「可愛くねぇなぁ」
三人が並んで門の前に立つ。さっき通ってきたGATEよりひとまわり大きい木製に門がゆっくり、ギギギッと音を立てて開かれる。
そこには先ほど氷で作った白峰本人と会議の場にいた青峰が、並んでこちらを向いて立っていた。
次話で軽いバトル出せたらいいかなと思ってます




