零章 追憶Ⅰ 『未熟』
マンションやビルの立ち並ぶ都会。陽はとうに落ち、街灯が仕事帰りの人達を照らす。だが、その人たちは歩いていない。全員の目線が同じ場所へと向けられている。
数十分前に爆発音と共に上10階が吹き飛んだ100階建てのビルだ。ヘリコプターが出動し、上から光を当てて様子を確認しているのが見えている。
誰しもが立ち止まって眺める中、一人の少年は背を向け、パーカーのフードを深く被って歩く。
パーカーの下にはボロボロになってしまった制服。2年間お世話になった中学校の制服だったが、三年目を迎えることなく終わってしまった。学校にはもう行けないので、新調するつもりはない。
制服だけでなく、身体中に傷を負っているのだが、どの傷も浅くほぼ血も止まっている。
そこにあちらこちらをヘコませた黒のワゴン車が一台、少年の前にドリフトをして横向きに止まる。もちろん少年が歩いているのは歩道なので、車は歩道に乗り上げていることになる。
「よくもやってくれたなぁ!!」
柄の悪そうな男達が車を降りると、その少年に銃を向ける。10人くらいいるが、全員がすでにボロボロで必死に追いかけて来たことが分かる。
周りの人達は、ビルを見ればいいのかこちらを見ればいいのか分からない様子だ。
「なんだ、わざわざ追いかけて来たのか」
少年はフードを取ると、ご苦労なこったと付け加えて言う。
「お前が最近組織を潰し歩いているやつ三神 暁か」
「その通り。もう名前が流れてるとはありがたいねぇ」
「目的は何だ!正義の味方でも気取っているのか?ビルまで爆発させて何のつもりだ⁉︎」
「何って……生活費がなくなったんでな。金を取るなら悪人の方がいいだろ?」
5ヶ月ほど前に国から命を狙われた暁は、隠れて生活していたのだが、どうしても生活費がかかってしまう。
銀行強盗やら指名手配犯の確保やら色々考えたが、結果として犯罪組織を潰して金を頂戴するのが手っ取り早いという結論に辿り着いた。
指名手配犯の確保なんぞ捕まえる相手より自分の方が賞金が高いまである。
「貴様っ……」
「なんだ?自分達はデカイ組織だから潰されないとでも思っていたのか?そりゃあ奢りってやつだ。いつ何時も油断した時に寝首をかかれるのがセオリーだぜ?」
警備は厳守で、別に相手が油断していたわけではなく、暁が正面から突っ込んで言っただけなのだが。煽りとして十分だったようで
「撃て撃て撃てぇぇぇぇ!!!」
激しい弾幕が暁を襲う。周りの人間も、今までは目の前で銃を使った争いという非現実的な光景から、銃声によって現実に引き戻される。
「きゃぁぁぁぁ」
「離れろぉぉ」
ちょうど仕事帰りの人が多い時間帯だったせいで、周囲は混乱に陥る。
マシンガンからショットガンやら多種多様な銃を使って攻撃をする男達だが、必死に暁を殺そうと撃っているせいで、あることに気づいていなかった。
まだ一弾足りとも周囲に影響を与えていないという事実に。
五分は続いただろうか。激しく鳴り響いた銃声は止み、残ったのは男達の息を切る音のみ。
周りの人達も逃げ終えたのか悲鳴はなく、すでにパトカーのサイレンが遠くから聞こえている。
(前方だけからなら大丈夫なんだがなぁ……)
今の自分の能力の状況を感じ、先ほどまでのビルでの戦いを思い出す。
全方向からの銃撃は捌ききれなかったが、なんとか大怪我は避けることができた。普段はもっと念入りに計画を立てるのだが、さっきの自分の言葉は自分に対する戒めでもあった。
「おいおい、もう終わりかぁ?」
男達の足元にはいくつもの薬莢が、暁の足元にはいくつもの弾丸が散らばっている。
バキバキ バキバキ
暁は、ゆっくり一歩一歩男達へと近づいて行く。金属が踏み潰される音が男達に後悔と恐怖を芽生えさせる。
「く、クソがぁぁぁ」
男の1人がナイフを取り出し、暁めがけて特攻を仕掛ける。刃渡り10cmほどの折込ナイフだが、人に刺されば少なからず痛手になるだろう。それを信じた男は、ナイフを暁の腹へと伸ばした。
パキンッ
そんな軽い音と共にナイフは半分に折れる。火事場の馬鹿力とも言える全力でナイフを突き刺しにかかった男は、ダイヤモンドでも切ったかのような錯覚を覚え、返ってきた衝撃に自分の手を抑える。
「向かってきたことは評価してやるよ。だが、時には自分の命のために逃げ出すことも大切なんだぜ?こんな風になっ……と」
暁が男に蹴りを入れると、男の体は容易く吹っ飛び後ろの車に凹みを作る。死んではいないようだが、男は気絶し力なく地に落ちる。
「人を殺そうとしたんだ。それなりの覚悟が出来た上でのことなんだろうなぁ?」
傷だらけの見た目でありながらも、余裕たっぷりの不敵な笑みを浮かべる。男達が重ねて見たのは鬼か悪魔か。
後に着いた警察官が見たものは、血を流し倒れている男達とぐちゃぐちゃに潰された車だけだった。
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「ただいま……っても誰もいないか」
自分の部屋の前に着いた暁は、ドアを開くことなく部屋に入る。正確には開くドアがない。ドアとして機能していたはずの鉄の板は、外れて入り口の横に落ちている。
だが、そんなことは一切意に介さず暁は部屋の中入る。
「また派手にやられたもんだなぁ」
窓ガラスは全て割られ、壁には『死ね』や『殺す』の文字が書かれている。被害がその程度しかないのは、このような嫌がらせが初めてではないからだ。
嫌がらせが始まって以来、電化製品はもちろんのこと家具類はソファしか置いていない。住むという目的はすでに無く、寝るというためだけに使っている感じだ。なのでドアをつけ直すのも面倒くさくなり、5回前の襲撃あたりから外れっぱなしになっている。
「さみぃ……」
昼間はもう寒くはないのだが、夜に外から流れてくる風はまだ少し肌寒い。
暁はなんとかまだ使えそうなソファの上のガラス片を払うと、フードを被って寝っ転がる。
見上げた天井には割れた電球が見えた。部屋の中が見えているのは、月明かりのおかげだ。
「あいつら元気にやってんのかなぁ」
頭に家族の姿がよぎる。暁には母と父、それと姉と妹がいた──いや、それでは語弊になる。今もいる。法的に家族では無くなっただけで、死んだわけではない。
国との殺し合いがあったあの日、暁の戸籍はこの国から抹消された。そもそも『三神 暁』なんて人間は存在しない。悪人どもを潰すたびに声を大にして宣伝したおかげで、最近裏の世界では名が通ってきたのだが、ただ勝手にそう名乗っているだけなのである。
戸籍の削除は、家族の了承を得て行われたのか。おそらく答えはYESだ。
姉と妹は、いわゆる天才という枠組みに入る。何をやっても出来て、魔法の才能もある。だが、暁の家の収入は一般的な家庭より少なく、もちろん二人を良い学校に入れる余裕などなかった。
そこに訪れたチャンスだったのだろうと思う。そうでなければ割りに合わない。
「気にしないって決めたはずなんだがなぁ」
体勢がしっくりこなかったため、体を横に向ける。床に図書館から借りた本が無傷で落ちているのを見つけた。
最近は能力の使い方を模索するために、図書館に通っているのだが、自分の能力に似たものなどあるわけもなく、あまり進展はない。
魔法の才能がないので大技を使うことも出来ず、魔力量も多くはないため、連続して使うのも難しい。
正直、お先真っ暗だ。
悪人に殺されるのが先か国に殺されるのが先か、現状そのレベルでしかない。
「神がいるってんなら、絶対許さねぇからな」
誰にも押しつけられない怒りの対象を、創り出して怒りをぶつける。
いつからこんなに怒りっぽく、強い口調にはなってしまったのか。もっと引っ込み思案だった昔の自分を思い出す。
起きて警戒していなければ殺される──そんな状況でろくに眠れぬ日々が続いていた。
過去話を書きたくなったので、書いてみました。
次話は本編に戻ります
また書きたくなったら過去話書きます




