一章 『絶対勝者』上
「それでは新入生代表による挨拶です」
4月中旬、聖フィルリード学園では入学式が行われていた。
屋内ではなく屋外で行われる入学式なので、満開の桜からは祝福の花びらが、パイプ椅子に座る300人程の生徒達へと散らされる。
色とりどりの髪をした生徒達には、姿勢を正して聞いている者、興味なさそうに寝ているものや髪の手入れをする者など個性的なメンツが揃っている。
「ふぁぁ……」
台上に上がる黒髪の少年は、ポケットに手を入れ、大口で欠伸をする。明らかにやる気なく態度が悪いその少年は今年の新入生代表だった。
「え〜それでは、強者、弱者の方々おはよう」
強者に反応したのか、弱者に反応したのか。
どちらに反応したのかはわからないが、寝ていた者は起き、髪の手入れをしていた者は手を止め、そんな初めの一言に新入生全員がその少年に注目する。
「新入生代表の三神 暁 (みかみ あかつき)だ。代表ってことでお前らよりも上位に位置するわけだが」
入学式会場が殺気立つ。
それもそのはず。いきなりお前らは俺より弱いと言われたのだから仕方ない。
暁は何も気にせず、そのまま続ける。
「別に俺は強いわけじゃあない。実技試験なんてやった日には最下位になってしまうかもしれない。別に俺は弱いわけじゃあない。お前らに負けることはあり得ないからだ」
スラスラと出てくる皮肉やおどけたように笑う仕草に、会場の緊張感は最高潮に達する。
「この中には入学試験で2位だったやつもいるだろう」
前に座っている金色で長髪の少女がピクッと反応する。
「調子が悪かったから1位が取れなかった。なんて思っているなら残念。理由は俺がいたからだ」
立ち上がりはしないものの少女はワナワナと怒りに肩を震わせ、少年を睨みつける。
暁はそんなことには目もくれず、半笑いぎみに続ける。
「この中には3位だったやつもいるだろう」
次は隣に座っていた黒い短髪の少女が反応する。
「今回は残念ながら3位だったな。次はがんばろうか?だが、残念。お前がなれるのは2位までだ。1位には成り上がれない」
不敵に笑う暁はそのまま挑発の言葉を並べていく。黒髪の少女は腰に下げている刀に手を当て、今にも抜かんとばかりに構えている。
「最後に一言だけ言っておこう」
暁はさらに声を大きくして話す。
「俺は強者でも弱者でもない。ただ勝つ者、勝者だ。それじゃあ、みんなこれから2位争いをがんばってくれたまえ」
そう言ってお辞儀もせず、再び欠伸をして、後ろで涙目になりながら司会を務める若い教員を尻目に、台上から降りて臨時的に建てられている壁の裏へと捌けていく。
「ったく、面倒くせぇことやらせやがって……」
「まあ、そう言うでないわ」
壁の裏に立っていた老人、学園長の二階堂 銀次郎は腕を組み仁王立ちで立っていた。
老人といっても白髪ではあるが腰は曲がっておらず、鍛えられた体に堂々とした風貌は老いを感じさせない。
「随分といい挨拶だったぞ。緊張している様子もなかったしの」
「なんで俺があんな奴らに緊張しなきゃならねぇんだよ」
暁は怪訝そうな顔で吐き捨てる。立場が違うんだとそうはっきり言い切った。
銀次郎は、それを聞いて哄笑して笑う。
「それはどういう意味でかね?」
「強者と弱者。あいつらはその枠組みだ。弱者は強者を倒すために強くなろうとする。強者は弱者に足を掬われぬよう、そして自分よりも強い者を倒すために強さを求める」
虚勢でも虚言でもない。ただ、意気揚々と当然のように語る。
「だが、俺は違う。俺は勝者だ。勝者は勝てる人じゃない。勝つ人だ」
その言葉から感じられるのは余裕ではなく確信だけ。
そう言ってから暁は両手をポケットに入れて、銀次郎の隣を通り過ぎる。
それから高らかに告げた。
「俺が『絶対勝者』だ」
あえて生徒達に聞こえるように叫んだ。
確かどこかに席を用意してあると言われた気もするが、わざわざ最後まで出席する義理はない。
(どこか、昼寝できるところでも探すか……)
それから、またふぁっと欠伸をしながら入学式会場を後にした。
★
春の風は心地よく髪を撫で、穏やかな日差しが体を程よく暖めてくれる。目の前で踊る桜の花びらは、春ならではの気分の高揚を誘う。
空は雲が少なく、文句無しの晴天。こんなにもコンディションがいい日はそうないだろう。
もし、文句をつけるとするならば
「そこから降りてきなさい!!」
「早くしろ!」
下から聞こえてくる怒号くらいだろうか。
「こんな日になんだよ……」
「なんだよ、ではないでしょう!! あれだけ馬鹿にしておいて、ただで済むと思って!!」
桜の木の上で欠伸を噛み殺す暁に、金色の長髪を揺らしながら少女──フィルフォード•S•アリスは怒鳴り立てる。
「とりあえず降りてこい」
隣に立つ少女──黒峰 桜は取り乱すほど怒ってはいないものの刀に手を乗せ、今すぐにでも斬りかからんとしている。
「人の昼寝の邪魔しやがって……よっと」
暁は桜の木から2人の前へ飛び降りる。不服そうな声に相変わらず調子に乗った態度が、さらに2人の怒りを焚きつける。
「なんですか、その態度は!」
「全くだ!」
「騒がしい奴らだなぁ……」
めんどくさそうに、興味なさそうに頭を掻く。目線は、2人ではなく周りの桜に注がれていた。
この時期の桜は儚く美しく舞い散る。この光景に今までどれだけの人が魅了されてきたことか。
「こっちを見なさいな!」
「ん?ああ」
桜の木から目線を2人の少女へと移す。アリスは激しく、黒峰はおとなしく、だが2人とも憤怒しているのには変わらなかった。
「おたくは2位のアリスだったかな?そっちは3位の黒峰だなぁ」
「順位で呼ぶのはやめてもらえます⁉︎」
「まあまあ、そう怒るなよ。可愛い顔が台無しだぜ?」
「か、可愛いって……そんなこと言っても許しませんわよ!」
「事実だから言ったまでだ」
ヘラヘラと笑う暁にアリスは地団駄を踏む。
黒峰も半分ほど刀を抜いてこちらを睨んでいる。どうやら黒峰の方はそう簡単にはいかないらしい。
「それで?なんか用か?お茶のお誘いなら喜んで受けるんだが」
「この状況でなんでお茶のお誘いだと思いましたの⁉︎違いますわ!入学式での挨拶に対するお礼に来ましたの!」
「つまり、戦えと?」
「そうですわ!」
「やだよ、めんどくせぇ」
「……え?」
暁は即答した。
3人の間に、しばらくの沈黙が生まれる。
「り、理由をお聞きしても?」
「なんで、俺が意味もない試合に体力を使わなきゃならねぇんだ。勝つって決まってても体力は使うんだよ」
「勝てない試合ならやってくれるということか?」
しばらく話していなかった黒峰が口を開いて問う。
それに暁は哀れそうな目に馬鹿にしたような声で返す。
「ほう。つまり俺が負ける試合があると?」
「私はお前に勝てる」
「はっ、笑わせんな。本気で言ってるとしたら随分と恥ずかしいねぇ。その哀れさに免じて、試させてやろう」
暁は左手をポケットに入れ、態度がより一層調子に乗ったものになる。相手をイラつかせるには十分すぎる行動だ。
「調子に乗るなよ」
「これが普段通りだ」
「外道が……」
怒りが最大に達したのか、もとより4歩分ほどしかなかった間合いを一瞬で詰め、刀で暁を斬った──はずだった。
振られた刀は血を流させるどころか、服さえ斬ることも出来なかった。手加減をしたわけでも、暁の制服が防刃素材なわけでもない。
逆に逆上して、手加減できなかったほどである。
「なっ!」
予想出来なかった結果に黒峰は驚きが隠せない。防がれたり、避けられたりするなら分かる。だが、当たったのに切れなかった。
それを不思議がることなく、当然のように立つ暁は右手で黒峰の顎を触る。
「俺は美しい桜が好きかなぁ」
「ななな何言ってるんだ!?」
目の前でそんなことを言われた黒峰は頬を一瞬で紅潮させ、後ろへ飛び退く。
「いや、桜だぜ?」
暁はヘラヘラと笑いながら桜の木を指差す。
「わ、分かっている」
「大丈夫ですの?」
「あぁ。少し動揺しただけだ」
黒峰は刀を鞘へ戻し、服装を整える。
「それで、まだやるのか?」
「いや、今日のところは遠慮しておこう」
どんな能力でどんな効果なのか分からない今、戦うには不利すぎると判断した。
それに暁は不敵な笑みを浮かべる。
「いい判断だな。まあ、なんだ。ゆっくりお互いのことを知っていこうぜ?桜ちゃん」
「黙れ!」
黒峰の頬が再び紅潮する。暁は相変わらずおどけるようにケラケラと笑う。
「じゃあな。二度寝する気にもならねぇし、今日はもう帰らせてもらうよ」
暁は2人に背を向けて、校門の方へと歩き出す。時計台を見ると時刻は11時45分。30分ほどで家に着くので、丁度良い時間である。
「あなた!午後のクラスの委員決めはどうするつもりでして!?」
「あ?なんで俺がそんなのに出なきゃならねぇんだよ。また、明日な」
アリスは、後ろを振り返らずに手を振る暁を見ていると、校舎から予鈴が鳴っているのが聞こえてくる。
「桜さん。とりあえず早く教室に戻りましょう」
「それもそうだな。放課後、作戦会議といこう」
2人は暁のことは諦めて校舎へと向かって走っていく。
その暁はというと、校門から10メートルほど手前のところで4人の男子生徒にいちゃもんをつけられ囲まれていた。
「なんでこう何回も来るかねぇ……」
「入学試験くらいで調子乗りやがって!」
巨大な斧を携えた男子生徒が叫ぶ。他の3人は銃、鎌と違う武器に、1人は両拳を氷で覆っている。
不意打ちをしてこないだけ、まだ常識があると褒めてあげるべきなのか。いや、そもそも相手にすることが面倒なので、褒めたくはない。
「俺に何かしてほしいのか?」
「お前は動かなくていい。その間にボコボコにするけどな!」
周りの3人は喋らず、斧を持つ男子生徒だけが喋っているところを見ると、どうやらこいつがリーダーらしい。
「何か言うことはあるか?」
「じゃあ一言。お前ら、俺より強いのをやめてもらおうか」
そう言うと暁は出していた右手もポケットに入れる。行動の1つ1つに相手をイラつかせる暁のそれはもはや才能と呼んでもいいレベルだ。
「よく分からないこと言ってんじゃねぇよ!」
斧を振り上げたのを合図に他の3人も構え、同時に攻撃を仕掛けた。
弾丸を受け、鎌と斧で切りつけられ、氷の塊で殴られても、暁は怪我1つ付けられることはない。
特異的な力には通常魔法と固有能力の二種類あり、通常魔法も上級魔法と下級魔法に分かれている。
通常魔法とは、基本的な魔法のことを指し、誰もが練習すれば使えるようなれるものである。
固有能力とは、その人の性格、人格、体格や環境などによって千差万別に発現する能力で、一人一人違う能力を得る。
魔法と能力の違いとしては、魔法は魔力を使って発動するのに対して、能力は魔力の使用なしに制限なく使用できることである。
よって、固有能力には物理的な攻撃を出来るものはなく、自身の強化や他人への干渉などがほとんどだ。
『絶対勝者』───認識出来る範囲のものを自分よりも弱くするという力を持つ暁の固有能力は、他人への干渉の良い例といえるだろう。
「終わりか?」
何事もなかったかのように立つ暁。
暁の固有能力によって"暁よりも"弱くなった四人の攻撃は暁にダメージを与えられたようには見えない。
リーダーであろう斧を握る男の顔が驚愕に染まる。他の3人の顔は見えないが、おそらくそれに近いことにはなっているだろう。
「なんで効かねぇ!?」
「お前らが俺より弱いからじゃね?」
はっきりと当然のように言う。能力上、そうであるのは確かだが、それを知らない男はブチ切れもう一度斧を振る。
「うるせぇ!」
次は斧が無力に服で止まることはなかった。
「んなぁ!?」
まるで自分よりも硬いものを殴ったかの如く、斧は無惨に砕け散る。
「それじゃあ、次はこっちから」
暁はポケットから右手を出して、親指と中指を重ねる。そして、パチンッと指を鳴らした。
「……!?」
声にならない悲鳴をあげて4人はその場に倒れる。リーダーの男子生徒は多少意識を残しているものの、残りの3人は気絶していた。
「な……何しやがった……」
「そんな大層なことはしてないさ。みんな大好き、初歩中の初歩、下級魔法の『フラッシュ•ボルト』だ」
『フラッシュ・ボルト』──下級魔法の1つ。習う魔法の中でも1番目か2番目に習う基本の中の基本。
本来の威力なら相手を怯ませたりする程度であるが、暁の能力下において人によっては気絶させることが出来る。
「何者だ……お前……」
「最低で最強で卑怯な能力者、三神 暁だ。イラついたからって能力も調べずにくるのは、感心しないぜ?以後、よろしく頼むよ」
「断る……」
そう言って男は意識を失う。暁は四人をそのままに、再びポケットに手を入れて校門の方へと歩き出す。
時間を確認するともうすぐ12時を回りそうなことに気がつく。
あんな奴らに10分も使ってしまったと思いもしたが、もとよりすることがなかった暁は暇つぶし程度にはなったかと許してやることにした。
「おぉぉ……」
校門の前で、強く風が吹くと街路樹の桜が散り、目の前をピンクに染め上げる。思わず、その光景には感嘆の声を出さずにはいられなかった。
「そういえば、この学校には庭園があるって言ってたな」
明日行ってみるか、と少し胸を躍らせながら一人勝手に帰路につく暁だった。