三章『正義と悪は紙一重』5
廃ビルは外から見る限りでは、かなり年季の入ったもののようだ。窓は割れ、壁も崩れている。
「交渉の場としてはあまり安全じゃないんじゃないか?」
暁は廃ビルの正面ドアの前で呟く。
確かに崩れそうならば誰も近づかないかもしれないが、万が一にも崩れた時のリスクは高い。
特に今回のように襲撃された場合だ。逆にだからこその可能性もある。
「いくら崩れようが俺には関係ないんだがな」
馬鹿にしたような笑いながら正面ドアのノブに手をかけようとする。だが、その手は何にも触れることなく通り抜けた。
「あ?」
もう一度触ろうと試みる。しかし、ノブに触れることは出来ない。
「なんだこりゃ?」
次はドアへと手を伸ばした。やはり、その手がドアに触れることはない。その代わりに、通り抜けた先で何かに触れた。
ペタペタとそれを触れるが、ただの冷たい壁だ。なんの凹凸もない平らな壁。そこにドアなんてないかのように。
瞬間、ドアにノイズが走る。
「!?、おいおいまさか、これ全部偽物だっていうのか……」
暁は下から廃ビルを見上げる。やはり違和感を感じることが出来ない。なぜならしっかりと凹凸まで全て再現されているからだ。
「さっきエコーロケーションをした時に真っ平らにしか感じられなかったからまだまだだと思ったが、マジで真っ平らだったのか……」
おそらく平らな壁に、廃ビルの風景を投影しているのだろう。科学によるものか、魔術によるものかはわからないが、おそらく科学の方だ。
廃ビルだと思ったものが、実は最先端の物だったとは驚きである。
ドアが偽物だったとなると入口がなくなってしまった。
「まあ、いっか。こんなところにドアを映し出したんだ。ドアとして使われても文句はないだろ」
暁はそういって壁を蹴り抜いた。カモフラージュのための存在しないドアは無理やりに開かれ、歓迎しない客を招き入れた。
「お邪魔しまーす」
ドガガガガガガガガガガガガガガガ
出迎えてくれたのはマシンガンによる弾幕。真っ白の廊下に入った暁を双方から蜂の巣にしようとしているらしい。
撃っているのは人ではない。天井から伸びた銃身が機械的に侵入者を迎撃しているのだ。
誰がこんなところを廃ビルと言ったのか。撃ち込んでくるマシンガンは毎秒40発撃てる最新式。一般的には手に入らない類の銃で、そこそこ値の張るものだったはずだ。
「資金援助を受けてるのは確実か……」
銃自体を知っている暁にはすでに銃弾を気にする必要はなく、無視して廊下を進む。
天井も壁も床も真っ白な廊下からはありとあらゆるトラップが作動する。
噴射する毒霧は風壁で近づけず、
全方位から投射された矢は、体に刺さることなく床落ち、
飛んできたミサイルの爆風にも一切動じない。
何も起きてないかのように、暁は歩く。
「この階には誰もいないみたいだなぁ……」
一階をあらかた見て回ったのだが、1人としてメンバーらしき人間がいない。
暁を構ってくれるのは自動防衛システムのみで、警報も鳴らないので応援も駆けつけて来ない。
「まさに交渉中ってか?それにしては手薄すぎませんかねぇ。しかも、階段もなければエレベーターもなし。どうやって移動しろっていうんだよ……」
廊下に立ち止まって今後の方針を考えていると、さっきまでうるさかった銃声が止む。
周囲に何千発という弾丸を散らした末に、弾切れで動けなくなったようだ。
「武器の売買は港が相場だな。運んできた武器を受け取るためだが、今回は港は近くない。つまり、武器は運び終わった後か……となると、下か」
今回は戦車やミサイルなどの大きな武器も多いし、上にあるとは思えない。淵城は初めて大きな商売をするのだから、実物を見て交渉したいはずだ。
暁はしゃがんで床をコンコンと叩く。
「下に空間があるのは分かるが、人がいるかどうかまでは分からないか……」
もっと練習しなきゃな、と呟きながら暁は立ち上がる。そして再び暁は、脚で入口を作った。
地下へと落ちる暁の目に、大量の武器や戦闘兵器に武装した護衛達、そしてその真ん中で話し合う2人の男の姿が映る。
「ビンゴ!!」
そう叫んだ暁に、護衛達全員の銃口が向けられる。それに合わせて話し合っていた淵城とフレガルが前に出てきた。
「お前何者だ?」
先に口を開いたのは淵城の方だった。淵城は普通の服装にジャンパーを羽織っただけのまさに成り上りといった感じなのに対し、フレガルはしっかりとスーツを着ている。
フレガルの後ろには、顔を覆うマスクを着け、黒いマントを身に纏った護衛が2人、ぴったりと付いている。
「おたくらの交渉を邪魔しに来た暁様だが、交渉は終わっちゃったのか?」
「あいにくな」
「そりゃあ残念。じゃあ全部ぶっ潰さないとなぁ」
「何言ってんだお前、正気か?」
淵城は笑って、周りに並ぶ兵器を見ながら言う。
「この状況分かってるのか?そっちは1人。こっちは50人以上で、さらに強力な兵器がある。戦力は圧倒的に違うだろ?」
「ああ、確かに圧倒的だなぁ」
それに合わせて暁もいたずらな笑みを浮かべて笑う。
「俺の方が圧倒的に強すぎる」
「舐めやがって……お前らやつを撃ち殺せ!!」
淵城の部下全員が暁に向かって銃撃を始める。ショットガンやサブマシンガンにミニガンと多種多様な銃が地下に騒音を響かせる。
だが残念なことに、暁はその全ての銃を知っている。
いくら頑張っても傷一つ付けるのは不可能だ。
「ここに来たってことは、自動防衛の銃を凌いだってことだろ?考えろよなぁ」
暁は片手をポケットに入れ、ゆっくりと一歩一歩前に進む。
魔法で銃を壊せばいいのでは?と思う人も少なくないだろうが、そうはいかない。新たな武器が出てきた時に、対処出来るように気を張らなくてはならないからだ。
現在暁の行使している能力は、固有能力の『絶対勝者』と下級魔法の『風壁』と『身体強化』の3つ。
魔法の同時発動には欠点がある。(そもそも同時発動自体、暁が無言発動を出来るからこそ可能なのだが)
同時に発動するとどうしても威力が落ちてしまうのだ。
威力の弱くなっている銃弾の速度すら『風壁』で止めることが出ないのがいい例である。
そこに攻撃用の魔法を使えば、同時発動の能力は4つとなり、さらに威力は弱くなり注意も散漫となってしまう。
(なんだかんだで不便な能力なんだよなぁ)
なんて贅沢な悩みを考えながら、暁は少しずつ近づいていく。
「俺は殺そうが生かそうがどっちでもいいって言われて来てんだ。早めの投降をオススメするぜ?」
「ちっ……おい!お前ら!!戦車を出せ!いい機会だ、実戦といこうじゃねぇか!」
淵城の近くにいた数人のメンバーは銃撃を止め、後ろに並ぶ5台の戦車の内、1台に砲弾を詰める。
(88㎜の56口径ってとこか。砲弾は徹甲弾。物としては新しい方だが、俺の知ってる範囲だな)
暁は戦車の形と主砲の大きさと砲弾の種類から脳内の知識と照合する。
「お前ら離れろ!」
淵城が叫ぶと、全員が散り散りになり耳を塞いで伏せる。ただ、フレガルを含む3人だけは微動だにしていない。
「吹っ飛んで死ねぇぇ!!」
主砲が火を吹く。
徹甲弾は、装甲に穴をあけるために設計された砲弾である。弾体の硬度と質量を大きくして装甲を貫くその砲弾は、暁に向かって牙を剥く。
この距離では、もはや音はついてこない。
目で追うことさえ不可能なその砲弾を、
───暁は片手で掴んでいた。
次回は暁の無双!
三章のクライマックスです!!
p.s
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