三章『正義と悪は紙一重』4
黒マントは盛り上がった地面の一つに突撃する。土が砕ける音と共に土煙が上がった。
「手こずらせやがって」
着地した後、黒マントの正体を確かめるために足を進める。土煙がそれに合わせて消えていくのは、暁が周りに展開し続けている風のせいだ。
「なんだ?最後の抵抗ってか?」
不敵に笑う暁は、馬鹿にするように言う。
目の前には剣、刀、槍、鎌など様々な武器の形をした黒い何か。それらは暁の全身を囲うように刃を向ける。
黒く見えるは、別に黒く色塗られているからではないようだ。光を受け付けないかのように、艶も光沢もない。
「せめてもっと遠くから闇に紛れさせて狙うべきだったな。いや、さっきそれをやって無理だったからこうなってんのか」
いくら大量の武器に周囲を囲まれようが、特に暁に問題はない。そのまま足を止めることなく進む。
目の前で倒れる黒マントが必死に上体を起こして、手を伸ばしているのが見える。
「そうか、これは魔法か」
そして、悪いなと続ける。
「もう、認識えてる」
黒いマントが手を振る。それを合図に武器を模した何かが一斉に飛びかかる。
暁はそれに対して何もすることはない。認識えているならば、何も必要がない。
多種に及ぶ様々な黒い武器は、暁の体に当たり、そして自分の勢いに負け粉々に散った。
それを見た黒マントは、諦めるように起こした上体を力なく地面に落とす。
「さてと」
砂煙は消え去り、月明かりが暗闇に光を与える。黒いマントのところまで来た暁は、フードに手をかけた。
「誰ですかなっと」
するりとフードを脱がした暁の目に入ったのは、茶色く長い髪に、月明かりに照らされて輝く金色の瞳だった。
一度しか会ったことはないが、この少女を知っている。学校の庭園にいた九ノ江 雅だ。
「ほお、予想外の人間が来たな。久しぶり」
「お久しぶりです……」
あんな戦いをしたというのに暁のかけた言葉は、まさかの挨拶だった。それにつられて思わず雅も挨拶を返す。
「さっきのはお前の魔法だよな?」
「ええ……あれは私の固有能力『黒影舞踏』で作り出した影の武器です……」
喋るのも辛そうにしている雅は、か細い声で質問に答える。本気ではなかったとはいえ、かなりの力で殴ったので、恐らく骨は何本か折れているはずだ。
「一応、理由を聞いておこうか」
雅を見下ろして尋ねる。特に理由はないが、毎回自分を襲った人間には理由を聞くことにしている。
別に助けてあげられそうなら助けようとは思っていない。決して思ってない。
「言い訳をさせて……くれるんですか?」
「ああ」
「私の父が……借金を背負っていまして……」
話によると、2年前に母親が難病にかかり、父親がその治療をするために大量の借金をしてしまった。結局母親は死んでしまい、残ったのは借金だけ。
家業の花屋では返せるわけもなく、お金を借りていた淵城に実力を評価され、代わりに今回のような闇の仕事をしている、ということらしい。
確かに雅の能力は、隠密性が高く不意を狙うことに向いている。聞こえは悪いが、ある意味天職とも言える。
「父親はそのことを知ってるのか?」
「いえ……多分私が頑張ってバイトしてると……思ってるはずです」
「ふぅん」
借金が理由になることは多々ある。ギャンブルで使ってしまった、騙されて、などと色々聞いてきたが、今回はその中で最もちゃんとした理由があった。
「私は何人も……人を殺しました。ただ自分のために……願いのために……やはりこれは許されないことなのでしょうか……悪なんでしょうか」
雅は口を無理に動かして、途切れ途切れになりながらも、暁の目をしっかりと見つめて言う。こちらを見つめる金色の瞳には、涙が浮かんでいた。
「そんなこと、俺にはわからねぇよ」
そんな大層なことが分かるような人間ではない。
「悪かどうかなんて、判断する人間によって変わっちまう。相手が悪だと思い、自分は正しいと思っているやつもいれば、自分が悪だと思ってるやつもいる」
正解なんてない。そんなものがあるならば争いは起こらない。
多数派が正しいとされるこんな世界。正しくなろうとそれは正義ではない。
「手を汚すのに、足を洗うような世の中だ。やったことはどうにもならねぇ。正義も悪も正解も間違いも分からないんなら……自分が納得出来ることをするしかねぇだろ?」
「納得出来ること……ですか」
雅は目を閉じる。目に溜まっていた涙が頬を伝う。
「俺はもう行くけど大丈夫か?救急車がすぐ来ると思うが」
「はい……これでも少しは回復魔法が使えますので……しばらくは大丈夫です」
「恨んでくれるなよ?」
「いえ、むしろ……これくらいで済んだことに感謝します」
「そうか」
暁は少女に背を向けて、本題の廃ビルへと体を向ける。
それから一言、
「お疲れさん」
労いの言葉をかける。てきとうに生きている暁からの心からの労いだ。
背中から、小さな声でありがとうと聞こえてくる。お礼を言われることはしていないが、素直に受け取っておくとしよう。
「それじゃあ、本番といきますかね」
暁はポケットに手を入れて、万全の状態で廃ビルへと歩き始める。




