三章『正義と悪は紙一重』2
更新遅れました
最近多くの人に読まれているようで、嬉しいです
ありがとうございます!
「暁のやつはどこ行ったんだ」
「この授業中には帰ってきませんでしたわね」
組手の後の授業も終わり、今は昼食の時間になった。みんな教室でお弁当を広げたり、友達を連れて食堂に向かったりしている。
そんな中、桜とアリスは教室前の廊下で暁の姿を探していた。
「どっかで昼寝でもしているのか」
「その可能性は高いですわ。探しに行きますの?」
小首を傾げて尋ねてくるアリスの質問に桜はうーんと、手を顎に当てて考える。
昼寝をしているのであれば、屋上か入学式の時のように桜の木にいる可能性が高い。
だが、見つけるにはかなり時間がかかる。何せこの学校は、広大な敷地を有しているからだ。
実際、入学式の日は見つけるのに小一時間かかった。
「わざわざあいつのために時間を使うのも勿体無い。帰ったわけではないと願って、とりあえず、お昼を食べてからにしよう」
「そうですわね」
「お弁当?」
「はいですの」
桜が廊下から教室に入ろうと、粗方移動が終わり閉められた扉に手をかける。
「うぉぉぉぉ!!!」
その時、廊下の奥から叫び声が聞こえてきた。廊下にいた誰もが驚き、声の主を探してその方向を向いた。
声の発信源は、まさに2人が探そうとして、後回しにした少年だった。
「おおっ!いいところに!!」
暁は、状況を理解できずに固まる2人の前で走る足を止める。
2人が理解できなかったのは、暁が『こっちに向かって』走ってきたことではなく、『何かから逃げるように』走ってきたからだ。
「助けてくれ!」
「助ける?」
桜は頭が追いつかないものの、なんとか質問を返す。
「ああ、そうだ」
「誰にも負けないあなたが、なにから逃げるというんですの?」
今度はアリスが暁の言葉に質問する。
身をもって経験した者には分かる。暁と戦っても勝てる希望なんてものは見えてこないことを。
そんな暁が、逃げ出す相手など到底想像することが出来ない。
「戦いならな。けどあれは流石に……」
暁は、走ってきた道の奥を指す。暁が逃げているという話が伝わり、集まってきたギャラリー達を避けて走ってくる人がいた。
「暁様〜待って〜!」
それは1人の女子生徒だ。明るい栗色のショートボブに、赤色の制服。
両腰に短剣の鞘を付けているが、どちらの剣も抜かれてはいない。つまり、戦っているわけではないようだ。
「あれは?」
「なんか俺のファンらしい」
「「はい?」」
桜とアリスは揃って間の抜けた声を出した。それから改めてその女子生徒を見る。
確かに、手を伸ばして捕まえようとしている上に、目がハートになっていてもおかしくない雰囲気を纏っている。
「そろそろやばい!」
あと教室3つ分くらいまで近づいてきたのを見た暁は、廊下の窓を開けて足をかける。
「2人ともなんとか食い止めてくれ!」
それだけ言い残して暁は、窓から飛び降りた。
ここは校舎の4階だが、暁なら何階だろうとケガをするわけはないのは周知の事実だ。誰も注意する者はいない。
「なんとかってどうすればいいんですの……」
「とりあえず説得しかあるまい」
「ですわね」
「おい!そこの走ってる女子生徒!」
桜が、隣の教室あたりまで来た自称暁のファンの女子生徒に声をかけた、その時
「逃がしません!!」
───女子生徒は廊下から消えた。
「だぁぁ、もう追いかけてくんな!!」
「絶対捕まえます!」
外から暁とさっきの女子生徒の声が聞こえてきた。
2人は急いで開けっ放しの窓から外を見る。それにつられるように、ギャラリーたちも窓へと移動した。
校舎のすぐ横はレンガで舗装された道になっていて、すでにそこでは2人が追っかけあっている姿が見える。
「今のは……」
「おそらく、瞬間移動とかそういう類の固有能力ですわね」
「そんなの私達にどうしろっていうんだ。まったく」
女子生徒は魔法で暁の行く手を阻もうと、暁は魔法で女子生徒の足止めをしようと、走りながら攻防が繰り広げられる。
「まあ、暁なら大丈夫ですわね」
その攻防を目で追いながらアリスは言う。実際には、女子生徒の魔法は暁に当たると壊れるので、見るのは暁の魔法だけだ。
「とりあえずお弁当を食べるとしようか」
「ですわね」
暁を見捨てるという結論に達した2人は、ゆっくりと窓を閉めた。
★
「お前、そろそろ諦めろよ!『ウォータースプラッシュ』」
暁は後ろを走ってくる女子生徒に向かって、水球を放つ。
まだ昼休みが始まったばかりだからか生徒の姿はない。
「お前ではなく、飛鳥!上井草 飛鳥です!」
飛鳥は水球をひらりと避け、ペースを落とすことなく追いかけてくる。
「じゃあ飛鳥ちゃんよ。もう諦めてはくれないか?」
「飛鳥ちゃんだなんて……」
飛鳥は立ち止まって、朱色に染まった頬に手を当ててクネクネと体を動かす。それに合わせて暁も立ち止まり、飛鳥の方に振り返る。
このタイミングでなるべく距離を離した方がいいのかもしれないが、これ以上逃げるのは正直なところ厳しい。
前にも述べたように、暁は体力が少なく、これまでの逃走でかなり限界がきている。
しかも、魔力も相当量使ってしまったので、出来ればここで穏便に済ませたい。
「なんで俺を追いかけるんだ?」
「好きだからだけど……ダメかな?」
「人の恋愛にケチをつけるつもりはないけどよ。なんでよりによって俺なんだよ」
なんでこんな良いところもない人間を、とそう暁は言った。
それを聞いた飛鳥は強く拳を握りしめて、
「私にも分かりません!これが一目惚れというものなのか、運命というものなのか。でもそんなことはどうでも良いんです!」
力強く力説した。
それを見て暁は思う。
「ただ、好きなんです!」
こいつ、ダメだと。
「どうしたら諦めてくれるんだ?」
「諦めるつもりはないですが、しいて言うならば……抱いてください!」
「それって、ハグすればいいってことか?」
「抱いてくれればいいんですよ」
飛鳥がハァハァと吐息を漏らしながら、少しずつにじり寄ってくる。好物を見つけた獣の様にゆっくりと、こちらを見つめたまま。
「お前!その抱くって性的な方だな!!」
「一回でいいんですよ。たった一回。一回で十分足りますから」
「こいつ……やばい!!」
頬を高揚させ、ぐへへっと涎を垂らしながら近寄ってくる飛鳥に、数年ぶりの恐怖を感じる。
「涎を拭いて落ち着けって。な? ほら、俺のこと好きなんだろ?少しくらい話聞いてくれよ」
「むっ。そう言われたら仕方ないですね」
飛鳥はポケットからハンカチを取り出して、涎を拭く。少し自分で言うには恥ずかしい言葉を言ったが、なんとか落ち着いてくれたようだ。
「とりあえず今日は都合が悪いんだ。話し合うにしても一旦引いてくれないか?」
「大丈夫です!私、外でも問題ないですから!」
「問題大有りだよ!!」
このままだと、貞操が危うい。別に大切にしているわけではないが、このままいくと取り返しがつかなくなってしまう気がする。
周りに生徒がいないことが幸いだ。
「こういうのはどうだ?なんでもいいから簡単な要求を飲むから、今日のところは一旦引くっていうのは」
「むむむ。確かにそうすると、少なくとも1つは願いが叶うってことですか……いいでしょう。その提案のりました」
「本当か!」
「はい。私も無理矢理ヤるのは気が引けますから」
ヤることが確定してるかの言い方をされたが、スルーしておこう。時間を開ければ熱も冷めて、考え直してくれると信じるしかない。
「簡単な要求ですが、抱きつくことを容認してください」
「それはハグってことだよな」
「ハグってことです」
最初の要求がヤることだったせいで、軽く思えてしまっているかもしれないが、ハグくらいなら問題はない……はずだ。
その代償で考える時間を貰えるならば、安い。
「おーけー。それで手を打とうじゃないか」
「交渉成立ね。それじゃあ、明日から場所と時間に関係なく抱きつきに行くね」
「いや、それはちょっと」
「じゃあね〜」
暁が抗議をしようとするも、飛鳥は手を振って消える。
明日からあの瞬間移動まがいの能力にどう対処すればいいのかが1番の課題となるだろう。
インターバルはどれくらいなのか。そもそもインターバルなんてないのか。今日数度見たが、全くわからなかった。
というか好きだという割に引くのが早すぎないだろうか。
「最初からこれが狙いだったっていうのか……」
大きな要求を先にしてから、妥協と見せるような小さな要求をする。完全にやられてしまった。
「それにしても、下手に出て喋ったのなんて、何年ぶりだ……」
覚えてる限りでは、中学二年生になる時に先生に挨拶したのが最後だ。
桜のように弱点を見つけた上で狙いを定めてきたわけではなく、強い感情1つで恐怖心を煽られてしまった。
「女こぇぇ……」
絶対勝者を名乗る少年の呟きは、誰の耳にも届くことなく、虚空に消えていった。
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まだ三章と序章なので足りてないところも多いですが、応援していただけると嬉しいです




