三章『正義と悪は紙一重』1
〜校舎3F 応接間〜
「いきなり呼び出して、急ぎの用事なのか?」
黒い革製のソファに座る暁は、足と腕を組み、首をソファに預けて上を向いて対面に座る相手に問う。
組手の授業の終了と同時に、放送が入り暁は応接間へと呼び出された。時刻は11時より少し前。次の授業開始のチャイムはすでに鳴った後だ。
「実はかなり」
対面に座っているのは黒服の女性。さらに後ろに控えるように2人の男性が立っている。これもまた黒服だ。
こんな時間に呼び出すから誰かと思えば政府の職員達だった。
3人との面識はない。
さっき聞いた自己紹介では、女性は名前を水嶋 友希と名乗っていた。
「話くらいは聞いてやる。早く話せ」
たまに、暁の元に政府から依頼がくる。基本的には、犯罪組織の壊滅や極悪犯の逮捕などだ。
暁からすると、バイトくらいの感覚である。おそらく今回もそんなことだろう。
「わかりました。ではまず、この資料を見てください」
水嶋は、鞄から茶色い封筒を取り出して机に置いた。封筒には極秘と赤い判子が押されている。
暁はそれをとって中身を出すと、クリップで分けられた2つの紙の束が出てきた。
それぞれの束には、顔写真が1番上に添えられている。
「こいつらは?」
「上の厳つい顔の男は、私達の国の犯罪者グループのボスで、下の20代後半くらいの若い男は隣国のザーミットの武器商人です」
「ふ〜ん」
ペラペラとめくって中身を見る。
いかにも悪そうな厳つい顔に無精髭を生やした男の方の名前は、淵城 岳。整った顔をして、控えめな茶髪の若い男の方は、フレガル・トレーミス。
他の内容は今まで関与してきた事件やグループのメンバーについて書かれていた。
「淵城……なんか聞いたことある名前だな」
「強盗事件や殺人事件の主犯格です」
「例えば?」
「この前、貿易会社が襲われて5人が殺された事件がありましたよね?」
その事件は確かに一ヶ月前くらいにニュースで聞いた覚えがある。確か、証拠不十分で逮捕しきれなかったって言っていたはずだ。
「あれか。その辺もあって俺んとこに来たって感じか」
「そうですね。凶悪犯はあなたにとの話でしたので」
「便利屋か?俺は……まあ、いい。続けろ」
殺そうとしていた人間を、便利に扱ってくれるものだ。
「私達の調査によって、今夜この2人の間で大量の武器が売買されることが分かりました」
水嶋はさらに鞄から2枚の紙を取り出して、机に並べた。
「淵城の目的は能力を持っている学生、大人の殺害。おそらく、動機は自分達に才能がないことからの嫉妬でしょう」
左の紙には売買される武器の一覧が、右の紙には標的にされそうな学校と施設の名前が書かれている。
中にはここ──聖フィルリード学園の名前もあった。
「戦争でも起こすつもりか?こいつらは」
武器もかなりの量が売買されるようで、マシンガンやロケットランチャー、さらに戦車まで紙に書かれている。
テロで収まる程度ではない。これはもう戦争だ。
「そのぐらいの意気込みなのでしょう。人員もかなりの数が予想されています」
「なるほどな。けどよ、これだけの武器を買うってことはかなりの金額が必要になるだろ。まさかこいつのグループがそんな額、用意出来たのか?」
暁は2つの紙束を机に投げて、そこには書かれていないことを尋ねる。
紙束の内容を見たところ、淵城のグループはさっきの殺人事件含め、かなりの数の事件を起こしている。
だが、いずれもここまで大きなものではない。
「いえ。まあ、御察しの通りです。彼らの後ろには、世界規模で能力者撲滅を掲げている組織があることが分かっています」
「やはりか」
「ですが、名前も拠点もメンバーも分からない謎の組織なんです」
「その組織は、他でも活動を?」
少し興味が湧いてきた暁はしっかり座り直して、体勢を正す。久しぶりにいい暇つぶしが見つかりそうだ。
「他国では何度か。どれもその国の軍隊が対処したようですが」
「そんな話聞いたことないが」
「強大すぎる組織は、ニュースに流してしまうと他の犯罪組織を焚きつけてしまう可能性がありますから。公には出来ないんですよ」
戦争を起こせるほどの武器を買うお金を動かせる力を持ちながら、名前すらばれていないとは。国ぐるみの組織か、それともただただ慎重な組織なのか。
可能性はいくらでもあるが、考えても仕方ない。
「で、今回の依頼は?」
「武器売買の阻止、もしくは淵城グループの壊滅です」
「確保ではないのか」
「確かに確保すれば組織の情報を聞き出せるかもしれませんが、今まで分からなかった組織がこんな簡単に分かるわけもありませんから」
それは一理ある。今まで慎重に動いてきた組織が、こんな下っ端のようなグループに詳しい情報を教えるとは思えない。
確保となれば手間もかかるし、こちらとしてもありがたい話だ。
「生死は問わないってわけか」
「そういうことです。とりあえず目先の問題からって感じではありますが」
「おそらくそれが最善だろうな」
これだけ大量の武器を仕入れて、メンバーも揃っているとなれば、近日中に犯行を仕掛けるのは確か。
犯行を阻止するには、それしかない。
「おーけー。その依頼受けよう」
「ありがとうございます。でも報酬は聞かないのですか?」
「別に金は有り余ってるし、かと言って何か欲しいもんがあるわけでもないしな」
家は国から支給された一軒家。主席合格で学費は無料。
買うものと言っても本と食材と日用品くらいなもんで、あまり高い買い物はしない。
たまに来る国からの依頼をこなしていれば、不自由なく──それどころか優雅に暮らしていける。
「教官の言う通り、優しい方なんですね」
「教官?もしかして久我 雅和(くが まさかず)のことか?」
「はい」
「あいつ、俺のことなんて言ってんだ」
「久我教官からは、暁は初めは怖いかもしれないけど、優しくていいやつだって」
「あのおっさん……」
久我 雅和は、この国──リベルアスの国防軍で教官をしている30代のおっさんだ。
『AI暴走事件』の時の総指揮官でもあり、花森とも繋がりがある。
つまり、暁を殺す作戦の代表者だったわけだ。
「仲がよろしいのですか?」
「あ〜まあ、たまにご飯を食べに行くような仲ではあるな」
殺そうとしてきたとはいえ、その後1番世話を焼いてくれたのは久我だった。
感謝はしているが、性格がガサツな上に適当でそこが尊敬出来ないところだ。
「いい人ですよね」
「タチの悪いおっさんだろ」
「そんな事ないと思いますけど……」
「なんだ?好きなのか?」
「ええっ!?いやいやいや、そそそそんな事あるわけないじゃないですか!!」
水嶋は赤面して、激しく手を振り否定する。後ろの2人が顔を背けて笑っているところを見ると、向こうではバレバレらしい。
「まあいいや。それで取引場所と時間は?」
「はい。ちょっと待ってくださいね。ええっと……」
水嶋はポケットから手帳を取り出し、ペラペラとめくる。
「場所はリベルアス内の廃工場。時間は夜の12時ごろです。あとこれが地図です」
「はいよ」
暁は軽く確認だけして、受け取った紙を折ってポケットへ入れる。
「軍と警察はあまり近づかせるな、警戒される。あとは救急車も用意しとけよ」
「は、はい!」
水嶋は聞きながら、開いたメモ帳に書いていく。様子を見ている限りだと、どうやら水嶋は新人らしい。
「それじゃ」
暁は立ち上がって、出口に向かう。
「あと、別に俺はいいやつじゃねぇよ。ただ暇つぶしをしてるだけだ」
まだソファに座る水嶋に対して、そう言って応接間を出る。
別に暁は誰かを助けたいわけでも、この国が大切なわけでもない。こんな奴をいいやつ呼ばわりとは、本当にいいやつに失礼だ。
そんなことを思いながら暁は応接間を後にした。
暁の圧倒的強さをどんどん引き出していきたい
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