二章『今日も今日とて最強です』6
「もう、完敗ですの……」
アリスは膝から崩れ落ち、手をついてうな垂れた。濡れた金髪からは、ポタポタと水滴が地面に垂れる。
「狂炎は私の使える魔法の中で3番目に強い魔法ですのよ?なのにあんな魔法習いたての初心者が使うような魔法に負けるなんて……」
ドンドンと地面に八つ当たりしながら、アリスは嘆く。
運動しやすいようにか、制服の上着を脱いでワイシャツ一枚だったために、濡れた影響で下着が透けている。
だが、アリスは悔しさのあまりそこまでは意識が回っていないようだ。
「仕方ねぇなぁ」
暁は制服の上着を脱いで、四つん這い状態のアリスにかける。
「な、なんですの⁉︎」
「濡れたままだと風邪をひくだろ。着とけ」
「あなたのせいでこうなったんですのよ。情けなんていりませんわ!」
顔を上げたアリスが、かけられた制服を暁に突き返そうとする。
案の定後ろだけでなく、前からも透けていて上から見下している暁からはよく見える。
「下着透けてるぞ」
「……!!!!」
威勢のよかったアリスは、無言の叫びを上げて暁の上着で胸元を隠す。
それからキッと暁のことを睨みつけた。
「黙っていましたわね」
「いや、だから今言っただろ。本当は言わずに済まそうと思っていたんだが、どっかの負け犬が意地を張るもんだからよ」
「負け犬はやめなさい‼︎」
そういったキャンキャン吠えるところが犬を彷彿とさせる。
「後ろも透けてるから、着るか羽織っとけよ」
「もう、最悪ですわ……」
アリスは涙目になりながら暁の上着を着た。やはり、アリスは反応が面白いので、からかいがいがある。
「まあ、落ち込むなよ。魔法の発動の速さといい威力といい十分な強さはある。ただ、相手が悪かっただけだ」
「落ち込んではいませんわ。あなたの能力に怒ってるんですの!」
「そりゃ悪かった」
暁は座り込むアリスに手を伸ばす。
「なんでそんなに優しくするんですのよ……」
「なんか言ったか?」
「なんでもありませんわ!」
アリスが暁の手を掴んで立ち上がる。ボソボソっと言った一言は小さすぎて聞き取ることができなかった。
頬が赤くなっているが体が冷えてしまったのだろうか。戦った相手が自分のせいで風邪を引いたら後味が悪い。
「どうかしましたの?」
「いや、別に」
アリスは両手で胸を隠して立っている。
胸元に手があるのは、胸が大きすぎて上着の前が閉められなかったからのようだ。
逆にそのせいで大きな胸が強調されて、視線がそちらに流れる。
「どこ見てますの⁉︎」
「ああ、悪い。無意識だ」
「最っ低ですわ‼︎‼︎」
アリスは胸元を必死に暁から隠す。
得意な魔法を掻き消され、水でずぶ濡れにされた挙句に胸を見られる。
暁のせいではあるが、多少の同情はする。
「暁くんも普通の男の子なんだね」
「誰だ?」
聞いたことのない声が、会話に混ざってくる。後ろを振り向くと声の主が水色の長髪の少女だと分かる。
「私は月見 遊奈。君が三神 暁くんで間違いないんだよね?」
「そうだが」
少女はグラウンドの外からこちらに来た。水色の長髪、黒い制服、両足の太ももの辺りには先の尖ったホルスターをつけている。
暁の記憶が正しければ、こんな少女はクラス40人の中にはいない。
「このクラスの人じゃないよな?」
「ええ。だって私は2年生だもの。同じクラスでもなければ、同じ学年でもないわ」
「そんな2年生様が俺に何の用だ?」
「分かるでしょ?」
暁より3歩ほど手前で立ち止まった月見が、微笑んで言う。
身長は暁より低く、髪には三日月とウサギの髪留めを付けている。チョイスが苗字からなのは確実だ。
「なんでこの学校の生徒は、戦うことが大好きなんだ?もっと温厚で楽しい青春を過ごせないもんかね」
暁にもどんな学校生活が正しいかなんて知らないが、少なくとも授業中に他学年の生徒に戦いを挑む奴なんてなかなかいないはずだ。
「あら、それは心外ね。楽しい青春を送ってるわよ?戦いって楽しいじゃない」
「女子高生のセリフじゃないな」
ただ、戦うことが楽しいというのは否定しない。もっとも、暁が楽しんでいるのは、戦っている最中の会話と相手の表情なのだが、意味で言えば同じだろう。
「負けるのが怖いのかしら?大丈夫よ。私の方が一年多く生きているんだもの、負けるのは仕方のないことよ」
「残念ながら煽るのは俺の専売特許なんだ。俺を煽ったところでなんの意味もないぜ?」
「む、つまらないわね」
月見が、頬を膨らませる。
今では、相手が何を言っていようが、これから負けるやつがなんか言ってるなぁくらいにしか思わなくなった。いや、思えなくなってしまったと言っても過言ではない。
昔、どんな性格をしていたか覚えてはいないが、こんな人間のゲスみたいな性格ではなかったはずだ。
「まあいいわ。それで?戦ってくれるのかしら?」
「どうせ断っても攻撃してくるんだろ?」
「よく分かったわね」
「はぁ……ほら、来いよ。アリスは危ないから下がっとけ」
「りょ、了解ですわ」
暁は、ため息をついて面倒臭そうに答える。面倒臭そうなのではない、超面倒臭い。
けど、ここで蔑ろにして後々厄介なことになるくらいなら、今のうちに片付けておくのが最善だと俺は知っている。
「なら遠慮なく」
アリスが後ろに下がったのを確認した月見が右足のホルスターから銃を抜く。サイズはあまり大きくはなく、いわゆる拳銃、ハンドガンと称されるタイプのものだ。
いや、あれは拳銃というよりは剣銃というのが正しいかもしれない。
こちらに向けられた拳銃──および剣銃には銃口はなく、片手剣のように刃が付いている。
「ほう、見たことない武器だな」
「いいでしょ?」
その一言と共に月見は、引き金を引く。すると、刃の先──本来なら銃口のある部分に小型の魔法陣が浮かび上がる。
今のワンモーションで魔法が発動されたのだ。
そして、何かが剣先から放たれた。
「その銃、魔法を唱える必要がないのか?」
放たれた何かは暁の胸に直撃した。氷の塊が地面に落ちる。
今の発動された魔法は、おそらく下級魔法の『氷弾』
だが、そんな事には興味はない。
今興味があるのは、月見の使う銃だけだ。
「攻撃が当たっても無視なのね……まあいいわ。そうよ、これは引き金を引けば登録されている魔法が発動されるものなの。こんな風に」
再び月見が引き金を引く。次は額に当たった。暁は気にも留めないで、話を続ける。
「なるほど。しかし、そんなことが出来るのか。今まで一度も聞いたことがないなぁ」
3発目。次は腹に。
「そりゃそうよ。これだってまだうちの会社の試作品だもの」
「うちの会社?」
4発目。次は肩。
「ええ。お月見カンパニーをご存知ないかしら?」
「あの兎の可愛いロゴしてるくせに、兵器ばっかり作ってるあの会社か」
「そう言われるとなんか嫌ね。けど、その会社で正解よ」
5発目、6発目、7発目、8発目と四回の連射する。どこに当たろうが、どれだけ当たろうが、攻撃が暁に影響を与えることはない。
「流石の私もそろそろイラついてきたわね」
月見が、剣銃を降ろして顔をしかめる。
なんども攻撃しているのに、相手は何も反応すらしてくれてないのだからそりゃイラつきもする。
「これで諦めて帰ってくれると嬉しいんだが」
「これだけ馬鹿にされて、帰るわけがないでしょ?」
「それもそうだな。まあさっさと終わらせて……って俺が中断させちまったんだったな」
暁は、そう言いながら右手をポケットに入れた。お決まりの構え。
なぜこの構えをするかと聞かれると意味はない。ただ立ってるのが暇になって、ポケットに手を入れるのが癖になってしまっただけなのだ。
「それじゃあ、戦いを再開しようか」
次も続けてこっちを投稿します
目安は31日くらいです