孔雀 舞う 3
美緒と千羽が扉を開いたその先。簡素で余分なものは何もなく、片付けられたはずの美緒の部屋には、室内を埋め尽くすかのように、孔雀の羽根がうずたかく積まれていた。美緒は動転して、激情の矛先を間違えたのか、思わず千羽を咎めてしまう。
「千羽!?」
千羽にも思い当たる節はない。感情的になりやすい美緒に責め立てられてはたまったものではない。千羽はたまらず弁解する。
「私も知らないわ。チラッとお姉ちゃんの部屋を見たら!」
千羽のもっともな言い分に気を落ち着かせた美緒は、大量の「孔雀の羽根」を見つめて推し量ってみる。根拠は何もないし、動機もはっきりとは分からないが、とりあえずはこんなことを仕出かすのは、美緒に思い当たる人物は一人しかいない。
美緒は千羽の腕を掴んで、素早く彼女を部屋から追い出し、扉を閉めると、大声で「彼」に呼び掛ける。
「薙! こら、薙! あんた何考えてんの!」
夢世界の住民である薙に美緒の声が届くかどうか分からないが、とにかくも美緒は薙を問い咎めるしかない。すると美緒のお叱りに薙が反応してくれたのか、彼女の推理を否定する声が響く。
「俺じゃねぇよ」
そう言われては美緒も返す言葉もない。薙が違うと首を横に振るからには、これ以上追及する意味もなく、美緒は困り果てるだけだ。問題を解決する手立てと、積み上げられた「孔雀の羽根」の真相を知るには薙に会うのが一番だが、残念なことに美緒は今、全く眠くない。
美緒には現実から薙の世界へとコンタクトする方法が、眠る以外には分からなかったし、その上この羽根を放っておいて呑気に夕御飯を召し上がり、淡々と日常生活を送るような図太い神経も美緒は持ち合わせていない。
さあどうするべきかと美緒が迷っていると、不意に部屋中の羽根が、ばたつかせる音を不穏に響かせて宙へと舞い上がっていく。美緒は視界を遮る羽根を両手で押しのけて、何とか前方を見据えると、一点に集まるその当の羽根が、翼を持った人の形へと成り変わるのを見て取った。
「ヒューマンバード」。羽根が集合した人の姿を、美緒は目に焼き付けるにつけて、薙の夢世界から現実へと戻る際に見たあのニュースのことが、彼女の頭を掠める。
「ヒューマンバードはあなたのその世界にも!」
美緒の心に響き渡る、例の博士の言葉と入れ替わるようにして、ただの羽根の集まりから、人の形へと姿を変えたその生命体、いや鳥人間とでも言うべき存在は、美緒を挑発するように話しかけてくる。その声色は少し年端の行った女性のものに間違いない。
「そうかい。あんたが薙の旅の『共連れ』かい。いい夢を見たいだろう? いい想いをしたいだろう? だけどそう簡単にお前達の目的を達成させはしないよ。充分苦しんでもらうから」
その「女性」は、白く透き通った肌、薄紅色の唇、そしてアイシャドウの濃い瞳を持ち、「妖艶」とでも表現出来る魅力を持ち合わせている。その女性は右の翼で顔を覆い隠すと、元の「散らばった羽根」へと成り変わり、風に吹かれるように窓から外へと運ばれていく。
その異様な光景を前に呆然と立ち尽くし、羽根の群れを見送るしかない美緒。半ば自分を見失っていた彼女に、扉を何度も叩く千羽の声が届く。「待って。気持ちの整理をさせて」。そう美緒は思いながらも、否が応でも耳に入ってくる千羽の声に応じざるを得ない。千羽は何度も美緒に訴えかける。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! どうしたの!?」
美緒は、薙の夢世界での出来事に千羽を巻き込むわけには行かないと考えると、あえて取り澄ました顔で扉を開けて、千羽に部屋を確かめさせる。その辺りは美緒も気配りの行き届いている子だ。易々とごまかしてみせる。
「ほら、何もないでしょ? 千羽。何かの錯覚、錯覚。悪い幻覚でも見たと思えば気も晴れようというものよ」
千羽は、少し演技がかった姉の美緒を疑い、訝しげな表情を見せる。その顔からは心から美緒を気遣う様が窺える。
「お姉ちゃん、変な事件にでも巻き込まれてるの?」
美緒は気丈に我が身を奮い立たせて表情を崩さない。千羽の肩を軽く叩いて心配げな妹を安心させる。
「大丈夫、大丈夫。そろそろ夕御飯だよ。千羽。一階に降りよう?」
美緒は冷静さを装い、千羽の背中を押すと、体を半ば引っ張っていくように一緒に階下へと降りていく。実際は、美緒は気持ちを鎮めようと必死だ。だからこそ戸惑いを隠せない。美緒は一つ一つ先の女性の言葉を並べ立てていく。
(薙の『共連れ』? お前達の目的を簡単には達成させはしない? 苦しんでもらう? それってどういうこと? 何を言ってるんだ? あの『人』は)
平常心を保ちながらも不安を隠せない美緒に、姉思いの千羽は尋ねずにいられない。
「ホントにお姉ちゃん、大丈夫?」
美緒は幾つも疑問に思うことがあれども、逞しく返事をするしかない。
「もちろんだとも」
千羽は美緒の芝居めいた態度を目にして、爪先を口元にあてると考え込むだけだった。
夕食を済ませたその夜。美緒は課題を終わらせるやいなや、早速ベッドに潜り込む。今日の謎めいた女性について、薙に訊かなければいけないし、尋ねたいことが山とある。メルヘンチックな「孔雀」の旅にだけなら付き合えるが、現実にまで悪い影響が出るのならかなわないとも美緒は思っていた。
美緒は深く瞳を閉じると、眠りに落ちていく。健やかに寝息を立て始める美緒のもとに、どこか見覚えのある景色のイメージが訪れる。美緒は夢現に呟く。
「んっ? この場所、覚えてる。そう。ヒューマンバードのニュースが流れていた場所」
美緒が立ち尽くし、仰ぎ見るパブリックビューワーでは、またも若い博士と、司会者が言葉を交わし合っている。司会者は指を組み合わせると博士に尋ねる。
「しかし、それにしても狂暴化したヒューマンバードは、なぜ人を襲うようになったのでしょう」
博士。少しカールし、茶色に染まった髪の毛を持つ彼は、軽妙な語り口で身振りを交える。
「簡単ですよ。人間、追い詰められた自分を持て余した場合、どうすると思います?」
司会者は博士から謎を繙くように問いかけられて、一旦口元に指先をあてると、探り探り答える。
「自傷行為に及ぶか、他者に牙を剥くか。二つに一つですかね」
博士は的を射た司会者の答えに満足げだ。博士は流暢に持論を展開する。
「その通り。二つに一つです。人間、追い詰められると人を責めるか、自分を傷つけるしかないのです。それしか解決の方法はないとも言える。そしてヒューマンバードは今現在前者を選んでいる。これは俗にいう『攻撃的機制』という奴です。だから彼らは人を襲う。それだけのことですよ」
パブリックビューワーを遠くから見つめる美緒は一言、「攻撃的機制」と零すといよいよ本格的に、薙の夢世界へと誘われていった。
薙の夢世界へようやくのことで辿りついた美緒は、薙に会いたい気持ちで一杯だ。薙には尋ねるべきことがたくさんある。だからこそ美緒は薙との「孔雀」での旅とはまた別にして、夢世界へ招かれたことに安堵していた。
薙の夢世界に来たばかりの美緒の目の前は暗闇で閉ざされている。美緒が勇気を振り絞り、闇で視界の遮られた場所から足を踏み出すと、次の瞬間には、彼女の服は突風に激しくあおられ、美緒は体のバランスを大きく崩してしまった。
「うわっ!」




