憧れの人 幼馴染の人 2
美緒は帰宅すると早速ベッドに直行した。眠れるかどうかは分からないが、美緒は確かめずにはいられない。
薙という子と夢で逢うのはいい。だが現実にまでちょっかい出されたらたまらない。美緒はそう思っていた。
眠気が来るのをひたすらに待ち、うっすらと夢の中へと入っていく美緒。彼女のターゲットはただ一人。薙。あの少年だけだ。眠りに落ちながら、美緒は口にする。
「人の夢に入ってくるだけじゃないの? 薙は? だとしたら私が! この私が! 独裁的に成敗してくれる!」
やがて深い眠りに就いた美緒は、気付いたら帆船の甲板で横になっていた。美緒の額には濡れタオルが被せられている。上体を起こして、前を見ると薙が甲板の隅で、何やら機械をいじっている。
薙の作業着は真っ黒だ。薙は機械をいじりながら、美緒に視線もやらずに呼びかける。
「起きたか? 美緒。頭打ってしばらく気絶してたからな。無事で良かった」
美緒はさっきまでの怒りが不意に遠のくのを感じる。しばらくして美緒は薙に尋ねる。
「気絶してたの? 私」
「ああ、してたさ。それにしても」
そう言って薙は立ち上がり左の手の甲で汗を拭う。
「美緒は面食いだなぁ。おまけに高望みにも程がある。自分のランクを自覚して相手を選んだ方がいいぞ」
美緒はその言葉を聞いて、怒りの炎が今一度、体中を駆け巡るのを感じる。
「あーっ! あーっ! あーっ!」
「何だよ。うるせぇな」
美緒は立ち上がり、薙に詰め寄る。
「薙、あんたねぇ、夢に出てくるだけならまだしも、現実にちょっかい出して来るなんて何考えてんの!? あなたの居場所はユ・メ・の・中。最低限のルールは守ってよね」
美緒にそう強く釘を刺された薙は、突然、神妙でシリアスな笑みを浮かべる。
「俺の居場所は美緒の夢の中? 何を根拠にそんなことを? むしろ今、この空間は、美緒のものじゃない、俺の夢の中かもしれないぞ」
美緒は、薙のその哲学めいた物言いに少したじろぐ。思索家を思わせる仕草を見せて、薙は口元に手をやる。
「それにこの『俺の世界』だけが現実で、美緒が暮らしている世界こそ夢だったら? 美緒、もう少し深く考えてみろよ。俺の夢に取り込まれているのは、他ならぬ美緒。君自身かもしれない」
美緒は、少し気圧される気持ちを覆い隠して、あえて強がってみせる。
「ややこしいこと言うのね。薙って。ここが『あなたの夢の中』? 冗談。私は今日、家に帰るなり、即行ベッドでご就寝。あんたに会うためだけに眠り込んだんだから」
薙は、極当たり前の、ナチュラルな美緒の物言い、目の付け所に関心がなさそうに相槌を打つと、また機械いじりを始める。
「へぇ。それは大層なこって」
深い話をして、美緒を戸惑わせたと思ったら、軽く美緒をあしらう。そんな薙の態度に、美緒は何だか肩すかしを喰らう。美緒は「怒り」の捌け口を失ってしまった。
美緒は、やむなく平静さを取り戻すと、薙に歩み寄る。少しは薙に合わせてやろう、と心の内で思いながら。
美緒は薙のいじる機械を覗き込む。
「その機械、何なの? ひょっとしてそれが『孔雀』を動かしてるの?」
「部分的には正解。これは発動機の一つでね。こいつのお蔭でプロペラが回るんだ。そうして孔雀は、夜闇の中、漆黒の彼方に飛んでいくんだよ」
「『漆黒の彼方』。何だかいい響き。ねっ、何か私に手伝えることある?」
先とはうって変わって、協力する姿勢を見せた美緒に、薙は少し嬉しそうだ。口元に手をあてがい、考え込む。
「うーん。どれも力仕事ばかりだからなぁ。機械の知識もそこそこいるし。まっ今はそこら辺に座って、くつろいでな。何か手伝って欲しいことがあったら頼むよ」
「うん。分かった」
美緒は薙に至極当然のことを言われて、帆船の縁に寄り掛かる。美緒が格納庫を見上げると、そこには天窓がある。窓の向こうには夜空が広がっている。
美緒は、その眺めにうっとりとして、薙に訊く。
「ねぇ、薙。この『孔雀』を完成させたらどこに行くの? どこに行くか決めてるの? まさか行き先も決めずに、旅に出ようなんて思ってるんじゃないでしょ?」
薙は作業を止めずに、なおかつ美緒の挑発に乗ることもなく、淡々と答える。
「馬鹿にすんなよ。俺の頭には分刻みのスケジュールが組み込まれているんだ。こうやって美緒と話をして、作業が少し滞るのも計算済みなんだから」
さも自信ありげな薙に、さらに興味の湧いた美緒は畳みかける。
「あっそ。じゃあどこ行くの? 私があなたの旅を邪魔しちゃうかも。それも計算ずくだってわけね」
美緒は、機械いじりに没頭する薙に、背中から忍び寄る。薙は何かを企んでいる様子の美緒に気づかない。ただただ無警戒に答える。
「目的地は内緒。これからのお楽しみだ。何も彼も見当ついてんだから」
その瞬間、美緒は薙の背中を押してやろうと両手を伸ばした。彼女は薙の体をひっくり返そうと悪戯心で目論んだのだ。だが薙は何もかも見切ったように、ひらりと体を翻す。
「そう。美緒がこんなイタズラしようって考えてたのもな」
「あらっ?」
両手を薙にかわされた美緒は、彼の手刀で首筋を軽く叩かれると、また気絶をしてしまった。遠のく意識に、薙がこう語りかけるのを美緒は聞いた。
「ほんじゃまた。明日の夜な」




