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ドルメカ 3

 モニターに映る暗闇から一筋の光が伸びてくる。光の輪が幾つも美緒の視界に飛び込んでくると、光の中に美緒と薙の意識は、入り込んでいく。


 そこは広大なるイメージの世界。産婆に取り上げられる赤ん坊。産声をあげる赤ん坊の傍には、まだ若く美しいナナリスがいる。彼女の顔は崩れんばかりにほころんでいる。泣き声を室内に響き渡らせる赤子は、薙であろうことが美緒にも窺える。


 それは恐らく薙の深層心理下に残る誕生日の光景。それは薙にとってとても幸せなものだったのだろう。誕生日の想い出は、七色の虹に塗り潰されていく。映像は移り変わり、遠くから人々の歓声と掛け声が聴こえる。


 大きく波打つ海。少年時代の薙は、その海を深く潜っていく。水の泡が、薙に押し寄せては遠のいていく。



「青い。本当に青く綺麗」



 美緒がそう吐息混じりに零すと、色鮮やかな熱帯魚の群れが、薙の体に絡みつく。薙が挑んでいるのは何かの競争だろうか。薙はライバル達を押し切り、海底に突き立てられた赤い旗を手にして、海面に上昇し雄叫びを上げる。


 遠くに留まる船の上の観衆がどよめく。どうやらこれは何かの祭のようだ。観衆の中にはナナリスも交じっている。日傘を差す彼女は心の底から息子の活躍を喜んでいる。



「ナナリスさん」



 美緒の心に一瞬、薙とナナリスの関係が健やかだったことが思い起こされ、美緒の胸は締め付けられる。天井のモニターに映る映像は、亀裂が入り、砕かれていく。次にモニターへ映し出されたのは、どこかの駅、プラットホームだ。


 薙と十代の女の子が惜別の思いで立っている。女の子は薙の恋人だろうか。発車のベルが響き渡ると、列車内からナナリスが薙を呼ぶ。薙は女の子の頬に軽く触れると、列車に乗り込んだ。女の子は寂しげに俯いたままだ。薙は列車の座席に腰を降ろすと、深くため息をつく。


 美緒は、薙が何らかの理由で、恋人と別れざるを得なかったことがその記憶から分かった。美緒は呟かずにいられない。



「薙、一人で寂しかったんだね」



 切り替わる映像。清潔感のあるオフィスで、仕事をしている薙。活気に溢れた職場。嬉しそうな薙の顔。これは薙の将来の夢だろうか。あるいはこれは一人の人間としての、薙の願望かもしれない。


 「薙。ゴメンね。何だかゴメン」。美緒はその光景を見るにつけ、理由もないのに、なぜかそう謝ってしまう。やがて数々の薙の記憶、思い出は、一点に集まり、弾ける光とともに消えていく。真っ白に染まる薙の意識が、モニターを通して美緒には伝わる。



「終わりが近づいてる。薙、あと少しよ。大切な何かがあなたを待っている」



 美緒は意識下で薙にそうひたすらに呼びかけていく。美緒の言葉が届いたのかどうか。次の瞬間には、イメージの中で薙は、大草原の上を歩いている。薙の視線の先、大樹の辺りで陽射しを避けているのは、誰だろう。


 彼らは、薙より少し若い女性と、六才くらいの女の子、そして幼い男の子だった。三人は薙を見つけると大きく手を振って、薙を呼び寄せる。


 これは薙の未来の家族だろうか。ナナリスとの関係が悲しい道を辿った分、薙が思い描いた家庭像が映し出されているのかもしれない。


 やがて映像はコマ送りになり途絶える。極彩色がモニターを覆ったかと思うと、瞬時に場面は切り替わる。そこは風に揺れる「孔雀」の甲板上だった。薙は舵を取り、柔らかな髪の毛を、強い風になびくに任せている。薙は大きな声で美緒に呼び掛ける。


「美緒! 俺は新しい場所、新しい仕事、新しい家族を見つけたいんだ! 外の世界に出て! 新しい自分を見つけたい! だから、君の力が必要だ! 美緒! 最後の後押しをしてくれよ!」



 そう言って薙は気持ち良さそうに、空を仰ぎ見ると、大きく息を吐き出し、「孔雀」の進む道を見据える。美緒は逞しく、繊細な印象すらある薙の姿に、思わず見惚れている。美緒は胸の内で薙に尋ねる。



「薙。私に出来ること、何かある? 私は薙の心の痛手を拭えるかな? 薙。あなたはこんなに悲しい想い出を、一人抱えて、どこを目指していたの? 何をしたかったの? 何が欲しかったの?」



 美緒は気づかない内に、こう力強く薙に話し掛けていた。



「私に出来ることがあれば何でもするよ。薙」



 薙は、恍惚とした瞳で、ひたすら前を見据えている。逆風は止むことはない。それでも薙は前に進もうとしている。美緒はたまらず薙にこう呼び掛ける。



「そうなんだね? 薙。あなたは『前に』進みたいんだね。私が力になれるなら! 何だってするよ! 薙!」



 そう言って美緒は、モニターの向こうの薙に手を伸ばす。するとその瞬間、美緒の背後から女性の語りかける声が聞こえた。美緒は気づく。ナナリス。彼女だと。美緒が振り向くと、そこにはナナリスが悲しげに立っていた。美緒は憂いげにナナリスを見据える。



「ナナリス、さん」


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