ドルメカ 2
ドルメカのエアポートは、全て機械が自動で取り仕切っている。オートメーション機能は「孔雀」の先導を終えて、薙の身分をも確かめる。薙は幾度かドルメカを訪れているのだろう。慣れた手つきで身分照会を済ませる。
ドルメカの訪問者として薙と美緒は、無事認められたようだ。二人は「孔雀」を降りると、広漠とした街へと足を踏み出す。その間二人はずっと黙ったままだった。美緒は初めて来る街で、薙の旅が終わりに近づいていることを噛みしめている。薙は薙で、この中枢機械都市ドルメカで起こり得ることについ思いを馳せていた。
薙は車道に出ると無人タクシーを止めて、美緒を乗せる。薙も乗り込んだ無人タクシーは音声で行き先を照合しているようだ。薙の伝えた目的地へと走り出す。タクシーがスピードを上げていくと、薙はドルメカがどのような街かについて話を始める。
「ドルメカは僕の世界。つまりは美緒の夢世界の中心だ。ドルメカは夢世界で起こる全てを把握し、管理している」
「中心。それなら、ここは旅の最後の目的地なのね」
美緒が尋ねると、薙は力強く頷く。
「そう。ここ、機械仕掛けの都市、ドルメカは夢世界の実権を握る、正に『中枢』なんだよ。だからこそ僕の旅の終わりに相応しい」
「やっぱり、終わるんだ」
そうため息交じりに美緒か零すと、彼女のその悲しみを拭うように、タクシーの窓を開けて、髪を風になびかせる。薙は車内に吹き込む風に身を委ねると、前方に見えてきた建物を指さす。建物はパイプが幾つも絡み合い、建物のあちこちに凹凸があり、奇抜なデザインだ。
それはディットルベルガーの邸宅よりも奇矯だった。薙は口元に笑みを浮かべる。
「そしてその中枢都市ドルメカの中心が、あの『心理分析機構』と呼ばれる建物だ。あの場所では、全ての人の心が明るみに晒されて、文字通り『分析』される。そこでは人は嘘をつけない」
「嘘をつけない」。その言葉の真意を暗に汲み取った美緒は、深く心の中へと、意識を沈めていく。無人タクシーは建物に到着し、薙は美緒を連れて歩く。
「さぁ。行こうか。二人の最後の心の謎解きへ」
薙はそう口にすると、建物の入り口に立つ。薙の顔が認識されると、薙と美緒の二人は建物の中へと通された。
分析機構。その建物の中も、ドルメカの都市そのもの同様、機械で取り仕切られていて、無人だった。薙は勝手が分からない美緒のことを心配したのだろう。彼は美緒の手を握り、鈍く銀色に輝く廊下を歩くと、エレベーターに乗り込む。
「これからこの分析機構の中心。最上階へ行く。そこで恐らく、全てが終わるだろう」
薙がエレベーターの扉に触れると、女性の声が「了解」と告げる。エレベーターが最上階へと上昇し、薙は美緒に告げる。
「これから僕達が行くのは、『心』と『体』の関係について研究している場所だ。そこで僕は被験者の一人として登録されている」
薙が「被験者」。心と体の研究のための。新しい事実を前にして、美緒は神秘のヴェールが、また一つ剥がされる思いだった。薙が「被験者」だからこそ、この街ドルメカは、そして分析機構は、薙と美緒の二人を歓迎したのだと。
薙は身振りを交えて話を続ける。
「最上階では、僕のあらゆる記憶が集められ、分析されている。僕はまさに被験者。研究対象なんだ。そして今日はそれが終わる日だ」
「終わる日。薙、大丈夫だよね。平気だよね」
美緒の繊細なまでの気遣い、心遣いに薙は微笑む。
「ああ、安心していいよ。美緒。それに物事には全て終わりが来るのだから。それは避けられない」
「終わりが」
その薙の言葉が美緒には、やけに切なく痛々しくもあった。エレベーターは、薙の話が終わるのと交差するように最上階に辿り着く。薙はエレベーターの扉に触れる。
「そして多分彼女も、母さんもここへやってくる。彼女は僕の心の研究が、今日ここで完結するのを知っているだろうから」
薙の母、ナナリスが今日ここを訪れることは、何か大きな変異、変化が三人の身に起こる事を暗示していた。美緒が抱くある種の不安も置き去りにして、エレベーターの扉は開き、薙と美緒の二人を最上階のフロアへと招き入れる。
フロア。そこはドーム状の形をしている。広々としたフロアは美しい銀色の光を放ちながらも、どこか訪問者の意識と心を飲み込む、底無しの沼のような印象がある。薙は、美緒の手を優しくエスコートして、彼女に伝える。
「僕は『心理分析機』と呼ばれる機械に身を委ねて、この旅を終わらせるつもりだ。時に邪魔が入るかもしれない。だからその時は、よろしく頼むよ」
そう言って薙は、美緒が懐に仕舞った短銃に、チラリと視線をやった。「自分には大きな役目が託されている」。そう美緒は思うと、身が震える思いだった。
薙は美緒と共に、フロアの中央に置かれた、半球型のカプセルに歩み寄る。カプセルには、あちらこちらから伸びたパイプがつながっている。薙の話し振りから、そのカプセルが彼の言う「心理分析機」であるのが美緒には分かった。薙はカプセルに触れる。
「今から僕は、このカプセルの中で瞑想状態に入る。自分の心の奥底を僕はこの目で覗き込み、分析を終えたあと、母さんと別れを告げる」
美緒は「一つの道」をひたすらに歩く薙へ、こう尋ねずにはいられない。
「彼女。ナナリスとは本当に別れなければならないの? 薙」
そう美緒に訊かれた薙は心底辛そうだった。だが迷いはない。
「そう。彼女がヒューマンバードに堕した以上。そして僕の独り立ちの妨げになっている以上、別れなければならない」
そこまで口にして、薙は一瞬言い淀み、付け加える。
「父さんとも完全に離れるつもりだよ、独り立ちと成長、そう。この旅の目的を遂げるためにも」
「父さん」。薙が初めて口にした「父」について美緒は、何か尋ねようとして、言葉を飲み込む。
薙の父。それは薙の旅にとって、旅の目標にとって、そしてもちろんナナリスとの関係にとって、重要なキーパーソンであるのは、美緒にも分かっていた。だがその父の存在を、これまで薙が伏せていた以上、何か深い理由があるのだと美緒は察していた。母を振り切り、父とも離れる薙。彼は、そう。名実ともに一人の大人になろうとしている。だから美緒はあえて何も口を挟まなかった。
薙はカプセルの隣にある、青い宝石を指差す。宝石は硬質ガラスで守られている。薙はガラスに触れる。
「この宝石は、分析機構の動力源だ。もし何か起こったらこの宝石を、君のその銃で壊して欲しい。それが出来るのは君だけだ。よろしく頼むよ」
その言葉の重みを、身に染みて感じ取った美緒は短銃にそっと触れる。
「薙。気を付けて」
「ありがとう。美緒」
そう応えて薙はカプセルの中に横たわると美緒に告げる。
「君のこめかみに貼りつけた機械も、大いに役立つだろう。さぁ、僕がこのカプセルの中で何を見て、何に触れるかは、このフロアの天井に映し出される」
美緒が天井を仰ぎ見ると、そこはモニターのようにもなっていた。薙は最後に軽く、美緒へしばらくの別れを告げる。
「それはちょっとしたエンターテイメントにもなるよ。退屈はしないはずだ。それじゃあ、始めようか」
そう言って薙は、カプセルの中で瞳を閉じる。すると分析機が動き始め、無機質な女性の声が響く。
「登録ナンバーD-5731。被験者のデータ照合中。素粒子レベルにおける人体の同一性確認。以上被験者D-5731であるのを認める。システム、作動」
美緒が仰ぎ見る天井のモニターに、色鮮やかな映像が映し出される。それは薙の思い出や、将来の夢、感情などが投影されたものなのだろう。
美緒は稼働する分析機とともにめくるめく映像のイメージに溺れていく。
「薙。ホントに辛かったね。大変だったね。それも今日、全て」




