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虹の柱 1

 ゆっくりと取り戻されていく美緒の記憶。美緒の穏やかな心持ちと対比して、蘇る記憶は鮮烈だ。虹の柱へと駆け足で向かう大海と川崎の足は速く、とても美緒には追いつけない。持久力でも二人には敵わない。美緒は腰を屈めると呼吸を整える。川崎と大海が、立ち止まった美緒に気づいて、足を止める。川崎は美緒に歩み寄る。



「大丈夫?」



 大海は焦れったそうに、右足を踏み鳴らす。



「美緒! 川崎! 行くぞ! ほら見ろよ!」



 大海が指をさした方へ、川崎と美緒も視線をやると、特殊機関の人々も大勢、虹の柱へ向かっている。彼らの狙いは、虹の柱に集まるヒューマンバードらしい。だが討伐隊が、美緒達に気付かないという保証もない。大海はもどかしげに言い放つ。



「あいつらに見つかったら、また避難所に連れ戻されるぞ!」



 大海の言葉は一聴すると冷たく聞こえるがもっともだ。このチャンスを逃せば、ナナリスの謎を解くことも、ルマルデから抜け出すことも出来なくなってしまうだろう。大海は悪戯に人を急かしているのではない。美緒は気力を振り絞りまた走り出す。


 今度は川崎が、美緒に並んで走ってくれる。その優しさを前に美緒は思わず「川崎君、何て優しい! 大海なんて知らない!」と胸の内で呟いた。大海は、そんな川崎と美緒の様子にも構わずに、ビルの合間に身を隠す。その大海に続く川崎と美緒。三人は虹の柱周辺の動きを確かめる。


 そこでは、銃声が絶え間なく響き、ヒューマンバードと特殊機関の人々が戦いを繰り広げている。だが、どうも様子がおかしい。特殊機関の人々が次々とヒューマンバードを撃ち落としている、のは分かる。なのに肝心のヒューマンバードの方は、虹の柱に飛びこんで、その激しい熱に身を焦がされて、体を焼かれている。


 ヒューマンバード。彼らはまるで火の中に飛びこむ虫のように、自ら命を落としているのだ。大海が足を一瞬止めて不思議がる。



「どうなってる? 自殺か? 人を襲う猛獣じゃないのかよ。ヒューマンバードってのは」



 その時美緒は今一度、あのパブリックビューワーの司会者が口にした言葉を思い返す。



「自傷行為に及ぶか、他者に牙を剥くか、二つに一つですかね」

 


 そう。その通りだと美緒は思う。ヒューマンバードの一部は他者に牙を剥く自分を嘆く余り、自傷行為。いわゆる自殺を遂げているのだと。すると川崎が美緒の考えを補うように、「あくまで推理だけど」と前置きした上で話を始める。



「ヒューマンバード。彼らもただの猛獣じゃない。彼ら自身、苦しんでいるんだ。そんな彼らを『浄化』するのが」



 美緒が川崎の話を引き継ぐ。



「『虹の柱』」


「多分。その可能性は十分にある」



 川崎が頷くのと時同じくして、虹の柱から一際眩しい光が迸る。大海、川崎、美緒の三人は両腕で光を遮る。特殊機関の人々は光に圧倒されると同時に、魅了されてもいる。彼らは、みな攻撃の手を緩めて、恍惚とするだけだ。虹の柱を取り巻くように飛んで回るヒューマンバードは、どこか天使にも似た神々しさを放っている。


 美緒達三人も、光に誘われるように、虹の柱へと近づいていく。最早美緒達に注意を払う人間はいない。美緒達三人は、虹の柱の美しさにただただ見惚れていた。だがその時、言葉を失う三人を待ち構えていたのか、見咎めたのか、ついに「彼女」の声が響き渡る。そう。彼女。ナナリスの声だった。


 ナナリスは、虹の柱を背にして、ゆったりと舞い降りてくる。彼女の声は低く、威圧するようだ。大海と川崎は身構えるも、ナナリスが美緒達三人を襲ってくる気配はない。美緒は、ナナリスの翼が放つ七色の光に魅入られて顔を上げる。ナナリスは左掌を掲げて美緒を諭すように話を始める。



「羽々根美緒。お前はもう充分だろう? お前は満たされている。これ以上何を望むのか。『あの子』は渡さない」



 「あの子を渡さない」。ナナリスがある種の執着心にとらわれているのを見て、美緒はたまらず、これまで溜っていた想いをナナリスにぶつける。



「待って! ナナリス。あの子って。あなたは薙のことを言ってるんでしょう? 私は薙を奪いなんかしない。それに、私と薙の旅は何れ終わる。最後には離れ離れになるんだよ!?」



 ナナリスを説得するには十分な美緒の言葉。だがやはり、ナナリスは美緒の言葉には耳を貸さない。ナナリスとは別のヒューマンバードが二体、彼女の両脇に舞い降りて、美緒達に狙いを定める。ナナリスは抑揚を抑えて口にする。



「私にとってのただ一つの救い、希望である薙を奪わせはしない。決して! 薙から離れなさい! 私のもとへ返すのよ!」


「待って! ナナリス!」



 美緒の制止にも構わずに、ナナリスの声に呼応して、ナナリスの両脇にいたヒューマンバード二体が急降下してくる。狙いは大海と川崎だ。ヒューマンバードは、大海と川崎に牙を剥き出しにして、鉤爪を突き立てる。激しく衝動的な動き。大海と川崎は素早く体を立て直す。美緒は叫ぶ。



「大海! 川崎君!」



 大海と川崎は覚悟を胸に秘めているようだ。決意にも似た何かが二人を突き動かす。大海と川崎は、先に手に入れたナイフを取り出すと、ヒューマンバードの胸元目掛けて突き立てる。叫び、荒れ狂うヒューマンバード。だが「彼ら」の戦意は挫かれていない。


 ヒューマンバードは、大海の肩口に、川崎の右腕に、それぞれ傷を負わせる。痛みに顔をゆがめる二人。叫び、顔を覆う美緒。ナナリスは不敵な笑みを浮かべて美緒を威圧する。



「薙を私のもとへ返す。それが、お前達三人がルマルデを抜け出すただ一つの方法だ。今後一切薙に関わらない。それが条件だ。悪い話じゃない」



 ヒューマンバードに、弾き飛ばされる大海と川崎。美緒は意を決してナナリスに言い抗う。



「大海と川崎君は関係ないでしょ! これは私と薙、あなた。三人の問題なんだから! なら私を傷つけてしまえばいい!」



 ヒロイズムとも取れる美緒の言葉に、ナナリスはほくそ笑む。



「随分健気だね。いいだろう。お前が望むならば、魂の奥深くにお前を沈めてしまおう。簡単なことだ。お前が拒まないのならば」



 その瞬間、美緒の胸に去来したのは、とても、とても不思議な感覚だった。美緒の胸には物怖じする気持ちも、怯えも、恐怖すらなく、大海と川崎を助けたいというその一心だけだった。


 美緒が決意したその時、ふと聞き覚えのある、温もりに満ちた声が聞こえてくる。声は美緒に優しく語り掛ける。



「美緒。ヤケになっちゃダメだ。君にはこれから長い『人生』という旅がある。僕との夢の旅が終わったあとでもね」



 その声の主、薙を目につけるにつけ、美緒はたまらず涙ながらに叫ぶ。



「薙!」



 薙は、遥か空の彼方から舞い降りると、ナナリスに歩み寄る。ナナリスと対峙する薙。そのシチュエーションをナナリスは想像だにしていなかったのか、彼女の表情はみるみるうちに淀んだ、神経質なものに変わっていく。


 薙の穏やかで、落ち着いた顔とは対照的に、ナナリスの目は落ち窪み、頬は痩せこけ、その顔は明らかに憔悴していく。



「薙、薙。どうして? 私がこれほど愛しているのに!」



 美緒の瞳に映る薙は、締まりのある青年の顔立ちをしている。背はまた伸びたようで、顔も面長になっている。彼の瞳は、ナナリスへの哀れみに満ちている。



「母さん。もう二人はお互い自由にならなければならないんだよ。僕は独り立ちの時だ。これは避けられないことなんだよ。全ての生命が死を迎えるのと同じようにね」



 「母さん」。薙はナナリスのことをたしかにそう言った。美緒は耳を疑う。



「お母さん……」



 仄かに勘付いていたとはいえ、薙とナナリスの関係が明らかになるにつけ、やはり美緒は当惑を隠せない。そんな美緒を置き去りにして、薙はなおもナナリスに語りかける。



「さぁ、母さん。もうお休みの時間だよ。手に手を取り合って、互いに別れの挨拶をしようよ。二人とも新しい生活を始めるんだ」



 だがナナリスは、薙の差し伸べた手を拒む。顔を翼で覆い、呻き声をあげる。



「私は愛が枯れるまで、薙。愛を注ぎ続けるよ」



 ナナリスはその言葉を最後に、身悶えすると、連れ立った二人のヒューマンバードと共に姿を消した。大海と川崎は痛みをこらえ、傷口を手で抑えつけている。薙は、恐怖と戸惑いで身動き一つ出来ない美緒へ歩み寄る。



「美緒、左手を怪我しているね。彼ら二人も治療が必要だ。病院へ行こう。大海君と川崎君と他にも、彼らには何か処置を施さなければならないね。それじゃあ。行こうか」



 美緒は、薙の落ち着き払った顔を見て、体中から力が抜けるのを感じる。美緒が膝から崩れ落ちると、薙は彼女を抱き寄せる。そしてここで記憶の再生は終わった。美緒の意識はまた、静まり返った病室へと戻っている。美緒は手が震えるのを感じながらも、確かめるように声を絞り出す。



「これが、この街で起こった出来事の全て」


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