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ヒューマンバード 1

 さかのぼる記憶。美緒達三人は、ドーム状の広い屋内にいる。そこはどうやら避難所らしい。たくさんの人々が身を潜めてはいるが、みな、特別戸惑った様子はない。彼らは「ヒューマンバード騒動」に半ば、もう慣れているのだろう。それは「この場所」では、ヒューマンバードが人々の脅威に何度もなり得たことを表わしてもいる。


 美緒が辺りを見回すと、イゴルテとレミ・アーノはもういない。大海は壁に寄りかかり、両手を頭の後ろに組んでいて、川崎は本を読んで座っている。美緒が大海に視線を送ると、彼は機が熟したと感じたのか立ち上がる。



「さあ、行こうか」



 このまま避難所に留まるつもりはなかったものの、大海のいう行き先にも見当がつかない美緒は訊く。



「どこへ?」


「決まってるだろ? このルマルデの出口だよ。ルマルデが美緒にとって、俺達にとって、どんな意味があるのかは知らない。でもナナリスがこの街に、俺達を誘い込んだのだけは分かる。彼女は必ずコンタクトを取ってくる。ならこっちから仕掛けるのも悪くない」


 大海は予想以上に落ち着いている。緊急時に先手、先手と手を打つ大海は、美緒にはとても頼もしく映る。川崎も同感のようだ。美緒が川崎に視線をやると、彼は頷いた。


 美緒達三人は立ち上がり、非常口へと向かう。避難所には警備員が待機していることはしているのだが、訓練されていないのか、危機意識が足りないのか、どこかルーズで注意力に欠けている。美緒達は、警備員が席を外した隙に、屋外へと駆け出す。


 ルマルデの街並み。相変わらず人の気配のない街。ボルワナにしてもこのルマルデにしても、人けのない街というのはどこか不気味な印象がする。美緒の夢世界でないのが分かった以上、美緒達三人にとってはそれは尚更だ。


 美緒達三人は、大海のリードのもと、身を屈めながらビルの合間を走り抜けていく。三人は大海のアイデアで、なるべく裏通りを通り、ヒューマンバードに見つからないようにする。行く宛てはないが、この街を散策するしかないとも美緒は思っていた。


 とあるビルの、三人が身を潜められる程度のひさしに三人が来たところで、大海が美緒に尋ねる。



「で、見当はついてるのか?」


「見当って何の?」



 美緒はやや口を尖らせて訊き返す。大海はじれったそうに口にする。



「薙って奴の居場所だよ。俺達が『現実』に戻るには、そいつの力も必要だ。美緒なら分かるだろ?」



 美緒は感情を表に出して首を横に振る。



「そんなの知らないよ。私だってこの街は初めてだし、薙と会えるのは『夢の中』でだけ。それに、このルマルデは私の夢世界じゃないみたいだし!」



 大海は思わず苛立ちを美緒にぶつける。



「ったく! スマホのアドレスとか! 連絡先くらい訊いとけよな!」



 その言葉に美緒もついには腹を立てる。



「スマホなんて『夢の中』にあるわけないじゃん! 連絡先? 薙は営業マンなんかじゃないっての!」



 口喧嘩をする美緒と大海の間に川崎が割って入り、何とか二人を宥める。川崎は顔を突き合わせる美緒と大海の距離を両手で離すと、空を見上げる。



「それより二人とも。静かに。空を、見て」



 川崎が指を指し、仰ぎ見る空には、ヒューマンバードが一体、獲物を探すように彷徨っている。大海が警戒して身構える。



「ナナリスか?」



 美緒はすぐに答える。



「分からない。でも危ないことには変わりないよ。隠れよう?」



 大海と美緒が落ち着いてきたのを見て取ると川崎は、一つのアイデアを提示する。



「もし、このルマルデが、薙という子と関係があるならば、彼はきっと僕らが今どうしているのか、分かっているはず。だから薙という子から接触がない限り、僕らは下手に動かない方がいい」



 大海はいつもの、血気に逸るがターゲットは選ぶ冷静な大海に戻っている。彼のターゲットはルマルデの出口のみ。



「それもそうだ。もめてる場合じゃないな。じゃあ、その前に」



 そう口にすると大海は、ビルの向かい側にある量販店を指さす。大海の意図が掴めない美緒は彼に訊く。



「何するの?」


「ちょっとあの店に寄っていこう。少し探したいものがあるんだ」



 そう言い残すと大海は、通りを駆け抜けて店へと入っていく。



「ちょっと! 待ってよ! 大海!」



 今現在、状況に一番適した判断が出来ているのは大海だ。そう思うと美緒と川崎もやむなく大海を追う。


 大海は、彼の狙いも分からない川崎と美緒にも構わずに、無人の店内を歩いて回る。様々な雑貨や、日用品などが売られているが、特別変わったところのない店。そこで大海は何をしようというのか。やがて彼は目当ての品を見つけたのか、立ち止まり、その品を吟味する。


 見るとそれは鋭いナイフだった。大海は決意したかのように、ポケット大の大きさのナイフを懐に仕舞う。



「何事も用心に越したことはないからな。川崎、美緒。二人も持っておいた方がいいよ。それに、美緒。アドバイスはしたけど、ナイフなんて怖くて持ち歩けなかっただろ?」



 それを聞いた川崎は、期するところがあったのか、無言で大海と同じサイズのナイフをポケットに入れる。ただ美緒だけは事務用のカッターナイフを手に取っただけに過ぎなかった。大海が呆れたように美緒へ忠告する。



「ヒューマンバードだろうが、何だろうが『人』を刺すんだぞ。美緒。そんなんじゃ頼りないだろっ」



 この非常時が、大海と美緒の距離を近づけているのか、大海はいつの間にか美緒を下の名前で呼ぶようになっている。美緒は美緒で、そんな些細な変化には気づかず、静かに大海へ反論する。



「最悪のシチュエーションを想像したくないんだ。臆病だとか、そんなんじゃない。ただイメージしたくない。大海が想像しているようことを。それだけ」



 大海は、意思を強く固めた様子の美緒を見て、彼女を責め立てもせずに、ただ一言こう呟くだけだ。



「美緒が、自分で自分を守れないのなら、俺と川崎が守るだけだ」



 力強くも、頼りがいのある大海の言葉。大海の心情のありがたみが美緒の胸に染み渡っていくと、彼女の記憶はそこでまた途絶えた。美緒の意識はもう一度病室に戻っている。美緒は、相当濃密な経験をしたであろうことだけは覚えているので、記憶を辿るごとに疲労感が重なる。美緒は、記憶を振り返るのを一先ずやめて、ベッドに仰向けになる。


 天井のライトが切れかかっていて、点滅を繰り返している。その光の明滅が、美緒の途切れた記憶を探る心象を表していて、彼女の不安感を少しだけ煽り立てる。


 美緒はもう一度、気持ちを整理していく。ボルワナのカナデ、不条理都市のディットルベルガー、ガルトォのボーイ・エー。美緒と薙の「夢世界」で出逢った人々には何かしら「意味」のようなものがあった。少なくとも薙の旅の何らかを象徴するキーパーソンであったのはたしかだ。


 だがこの場所、ルマルデにはそんな人物はいない。恐らくナナリスを含むであろうヒューマンバードが徘徊しているだけだ。その事実が、美緒により不穏なイメージを喚起させる。美緒は自分を見失わまいとして、軽く両頬を両手で叩くと、意識をもう一度記憶の続きへと向けていく。



「大海と、川崎君に何かが、起こったんだ」

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