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共同幻想 3

 清潔感のある室内。白いベッドに白い椅子。衛生面で過剰なほど配慮されているところから察するに、ここは多分病院だろう。美緒はそう推測すると一つ一つ記憶を辿っていく。「記憶」。それはヒューマンバードが狙撃されたのを見た美緒が、気絶から回復したあとのものだ。


 美緒は一つ一つ思い返していく。あのあと。美緒は、大海と川崎に肩を担がれてイゴルテらに歩み寄った。美緒はヒューマンバードとはいえ「人」が一人射殺された事実にショックを隠せない。大海がヒューマンバードの亡骸を一目見て、イゴルテに訊く。



「ヒューマンバード。酷い。彼女達は、一体どんな連中なんです?」



 美緒は、ナナリスの正体と、ヒューマンバードの謎が解けるかもしれない期待で、顔をあげてイゴルテを注視する。イゴルテはまるで専門の学者のように滔々(とうとう)と答えていく。



「近年の異常気象以来、極一部の人間に生態学的な変化が起こったのです。体は翼で覆われ、歯は鋭くなり、人に危害を加えるようになった」


「何なんです? それは?」



 奇妙極まりない現象に、固唾を飲むしかない川崎と大海。だが美緒だけは一度ヒューマンバードについての話を耳にしていたので、すんなりと呑み込めた。イゴルテの話で「彼ら」、ヒューマンバードへの理解が深まったほどだ。イゴルテは「彼ら」についての詳細を聞かせる。



「初めは奇病の一つとして片づけられていたんですよ。だがいかんせん犠牲者が増えすぎましてね。我々、特殊機関が作られざるを得なかっのです」


「『奇病』? それじゃあ彼女達は、いや彼らは治るんですか?」



 「奇病」。それは美緒にとっても初耳だ。新しい事実を受け取り、解決策の一つを見い出す美緒の言葉にも、イゴルテは冷静に首を横に振る。



「いいえ。治った事例は今のところ、確認されていません。専門家の話によれば、深い嫉妬心にとらわれた人間が、心身に異常をきたして、ヒューマンバードへと変異するようですが。はっきりとした理由は未だに分かりません」



 「深い嫉妬心」。それも以前に聞いた鍵言葉だ。一つ一つ、キーワードを並べ立てて、辻褄が合うかどうかを確かめていく美緒。羽根の生えた女性。薙に近寄る女性へ、深い嫉妬心を抱くナナリス。そしてヒューマンバード発生の理由。その三点から導き出される答えは恐らく一つだ。


 美緒は、声を高ぶらせて、イゴルテの警備服に触れて、懇願するように叫ぶ。その口から紡がれた言葉は、美緒自身意外なものだった。



「ナナリス! ナナリスという女性を知っていますか? 彼女もきっとヒューマンバード! 彼女は苦しんでいます。私には分かる。だから、助けてあげたいんです!」



 今や美緒は、薙と何らかの関係があるナナリスに同情している。美緒は無性に彼女を助けたい一心で溢れてもいた。美緒の懸命な願い。だがそれにも関わらず、イゴルテは頷かない。悔しそうに、首を横に振るだけだ。美緒の前に重い現実が立ちはだかる。



「残念ですが、国の指示でヒューマンバードは、つまり心身に変化が現れた人間は、処分するようになっているのです。今仰った」



 美緒はたまらずに自分の服の襟元を正す。



「ナナリス、ナナリスです」



 イゴルテは残念そうに、業務をこなしていくのみだ。そこに同情心の入る余地はない。



「そう。ナナリスですか。その人物にあなたが、私的なシンパシーを抱いていたとしても、我々は処分するしかないのです」



 すると先にレミ・アーノと名乗っていた女性も話に割って入る。



「冷たいように聞こえるかもしれないけど、彼らヒューマンバードを始末するのが私達の仕事。特例は設けられないのよ」


「でも!」



 手を広げて、抗ってみせる美緒を大海が引き留める。美緒が振り向くと川崎も、大海も辛そうに唇を噛み締めている。二人の表情が、美緒の願いが叶わないのを表わしていた。そう。今は「この世界」のルールに従うしかないのだ。沈痛なムードの中、イゴルテが美緒達を案内する。



「さぁ、とにかく都市中心部は危険です。避難所へ向かいましょう」



 美緒達はイゴルテらに従う。沈んだ表情の美緒をレミ・ア―ノが慰める。



「辛いでしょう? でも私達は感情に流されるわけにはいかないの。分かってくれるわね」



 美緒は無言で頷くだけだ。するとそのやり取りを横目に、大海はまるで謎かけするかのように、イゴルテに尋ねる。


 それは、美緒の置かれた現状を、聞かされているだけに過ぎない大海にしては上出来の質問だった。



「それはそれとして、ここはどこですか? 美緒の夢の中? それともナナリスの『幻想世界』?」



 その質問にイゴルデは怪訝な顔をする。美緒の夢の中、ナナリスの幻想世界。そのどちらもイゴルテには無関係のようだ。大海の謎かけは失敗に終わる。



「ここが『どこか』ですって? 分かりきったことですよ。第五開発都市ルマルデですよ。夢? 幻想? あなたは少し混乱なさっているようだ」



 イゴルテの返事を耳にして、大海はそれ以上何も追求しなかった。分かったのは「この場所」から抜け出すには、イゴルテらはあてにならないということだけ。自分達の力で、もしくは薙の助けで抜け出さなければいけない。大海と川崎は視線を合わせて、そう覚悟を決める。


 実際、美緒は美緒で、薙の顔を心に思い浮かべてもいた。もし、彼がこのルマルデにいるのならば、頼るべきはやはり彼だろうと、美緒もそう思っていたからだ。夢世界でも現実世界でも、そしてこの第五開発都市ルマルデでも薙に頼らざるを得ないことに美緒は一面歯がゆさを感じてもいた。


 ここで美緒の記憶は一旦途切れる。記憶を振り返ることを、一時的に中断した美緒は、ベッドから立ち上がり、病室と思しき部屋を歩いて回る。


 部屋はごくごく質素な作りだ。ベッド以外には何もない。窓から見える花園には、彩り鮮やかな花々が咲いている。その美しさは、今の美緒の虚無的な心情と対比を成している。美緒は部屋の扉に手を掛けて開けようとするも開かない。「誰かいますか」と声を掛けても返事はない。


 花園に囲まれた部屋からは出られず、誰か人が迎えに来る気配も一切ない。刺激の途絶えた部屋で一人立ちすくむ美緒は、仕方なくもう一度、ベッドに腰をおろし、記憶を辿っていく。なぜ美緒の記憶が途絶えているのか分からないが、元に戻った記憶の一部が、またも彼女の脳裏を掠めていく。



「何かが最後に起こった。それだけは、覚えてる」


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