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ディットルベルガー 3

 燃え盛る飛空船の観覧者達は、逃げ惑い、叫び声をあげる。救急隊員は命を賭して、乗客を救い出そうと炎上する飛空船に近づいていく。熱さに飲まれた飛空船からは飛び降りる人もいる。炎で身を焦がされる人もいる。鮮烈な光景。


 美緒は余りの凄まじさに、ディットルベルガーの意図も忘れて、切なげにその映像に惹き付けられる。


 言葉を無くし、呆然とスクリーンを眺める美緒。するとディットルベルガーがまるで、彼女の心持ちを見切ったかのように、誘惑にも似た口調で語りかけてくる。



「人間とは探究心と好奇心の塊でね。大海原に乗り出したかと思えば、空を飛ぼうと知恵を働かせる。空を制覇したと思えば、ついには宇宙にまで進出してしまう。人間とはそんな生き物なんだよ」



 ディットルベルガーの話は人類史、いや文明そのものについてまで言い及んでいる。美緒はその内容の大きさに固唾を飲み、ただただ炎に巻き込まれて、墜落する飛空船を見つめるしかない。ディットルベルガーは、口元を一度左手で覆い、痛々しさを押し殺す。



「いつの日か人類は、地球など捨てて、新しい星に移り住むかもしれない。人間とは勇敢でありながらも、薄情な生き物なんだよ」



 美緒は、ディットルベルガーの話の意図を図るべく、ひたむきに彼を見つめる。スクリーンの映像の一部が、美緒とディットルベルガーの顔に反射し、飛空船の燃え盛る音、人々の悲鳴などを凄絶に室内へ響き渡らせる。


 ディットルベルガーは美緒の心を推し量りでもするかのように、艶めかしく、指先を立てる。彼の横顔には、炎に体を包み込まれ、のたうつ飛空船の乗客の姿が映っている。



「これは君の心がどれだけ自由な状態にあるのかを確かめるテストだ。薄情だが、自由な人間であることを選べるかどうかの。君は自由な人間であるのを望むかい?」



 「自由な人間」。それは抽象性に満ちた表現で、空想物語のようにスケールが大き過ぎて、すぐにはイメージがしづらい。だけど美緒は、まだ成長期にはあっても、一人の人間として答えなくてはならない質問だと、直観した。


 美緒は気が付くと、本心を口にしていた。



「私は。私は薄情ではあっても、『自由な人間』でありたいです。どんな仕打ちを受けてもでも。私は前へ進みます。それが、上手く言えないけれど人間だと。そう、思うんです」



 美緒の慎重でありながらも紡ぎ出した答えに、ディットルベルガーはしばらく沈黙する。やがて彼は口元に軽い笑みを浮かべると、美緒の答えに満足した意思を伝える。ディットルベルガーの尺度がどこにあるのか、美緒には分かり兼ねたが、彼は美緒を評価したようだ。



「なるほど。素晴らしい。君の覚悟と、自由への渇望。そのどちらも賞賛に値する。さて、知りたいだろう。なぜ私がこんな質問を君にしたのかを」



 美緒は、彼から一度も視線を逸らすことなく、真っ先に応える。



「はい。どうしてですか? 私はただの一人の女の子でしかない。なのに、どうしてそんな大げさな質問をしたんですか?」



 すると天井のスクリーンの映像、燃焼し尽し、灰と化していくのみの飛空船の映像が消失する。食卓には静寂が染み渡り、ディットルベルガーが穏やかに口を開くのを促すかのようだ。彼は鷹揚にまた一つ不思議な謎かけをしてみせる。



「それは薙が、この夢世界の意思そのものだからだよ。薙は突出した人物であり、何者にも妨げられてはならない。だから彼の『共連れ』である君が、自由でなければ困る。そう思ったからだよ」



 輪郭をはっきりとは掴めない内容に美緒は戸惑うばかりだ。



「薙がこの夢世界の意思そのもの」



 夢世界の仕組みなど何も知らない美緒には、分かりづらいディットルベルガーの話だったが、彼の言わんとするところが、ぼんやりとではあるが、辛うじて美緒にも伝わる。


 ディットルベルガーの話を汲み取るに、薙はこの夢世界の中心らしい。薙の夢世界が美緒にとって、もちろん薙にとって何を象徴しているのか、美緒にははっきりとはしない。だが、薙が夢世界の中心だからこそ、薙は自由に、奔放に前へと進まなければならない。美緒はそう敏感に感じ取っていた。


 ディットルベルガーは、美緒の心の内を察したのか、美緒の考えを補ってみせる。



「薙には速やかに、目的を達成してもらわなければならない。『共連れ』である君が助けることはあっても、邪魔するようではいけないんだよ。君は適度の距離を薙と保っている。君ならば薙の良き助言者にも、パートナーにもなれるだろう」


「パートナーだなんて。そんな」



 「パートナー」。少し大仰おおぎょうな表現が出て、美緒が少し躊躇いがちに俯くと、ディットルベルガーは、半ば彼女を鼓舞するかのように言葉を掛ける。



「私は、今の質問の答えに充分満足している。君は一流の思索家としての一面も持っている。それはこの旅に限らず、君の生涯にとっても必要なことだ。大切にしなさい」


「思索家?」



 またもや大げさな表現に、美緒は思わず動揺して、眉をひそめる。だが美緒は、ここでディットルベルガーの質問責めが一段落したと見計らうと、気掛かりだったことを、ついにディットルベルガーへと切り出してみせる。



「『薙の目的』って一体何ですか? 私は何も知らずに、ろくに尋ねもしないで、ここまで来てしまったけど。薙の、この夢世界での目的って?」



 ディットルベルガーは、話の目線を美緒と同じ高さに修正しようとしている。彼の話は、先の思弁めいた話よりも分かりやすくなる。彼は優しげに口元に人差し指をあてる。



「何。『薙の目的』とは極々普通のことだよ。大丈夫。君が心配するような大変なことなど何もない。薙の目的とは誰もが経験する、成長と、独り立ちについての問題だ。ある人はそれを容易く成し遂げるだろうし、ある人は苦労するかもしれない」


「成長と、独り立ち」



 美緒は、この旅で幾度か頭を掠めたキーワードを前に、センシティブな響きを感じる。薙の旅の目的、意味合いを推し量り、少し心が揺れる美緒とは裏腹に、ディットルベルガーの口振りは淡々としている。



「そう。成長と独り立ち。それは美緒さん、あなたにとっても大切なテーマだ。決して避けては通れない。だから気持ちの整理がついた時、薙にもっと詳しく訊くといい」



 そう話を締めくくるとディットルベルガーは、美緒が初めて見る、物珍しいフルーツを口に運ぶ。ディットルベルガーの意識は、一連の話題の核心に迫っているようだ。彼は布巾で口元を拭い、その妖艶な瞳を大きく見開く。



「さて、最後の質問だ。若干生々しいが、重要だ。君の素質を見極めるためにも大切な質問になる」



 美緒はディットルベルガーの立て続けの、心の内を暴くかのような質疑の数々に、大きく神経を払っていたので、つい言葉に棘を含ませて問い返す。



「何ですか?」


「直截に言うと『お金』の問題だ。私が君から訊き出したいのは本心だと、前もって分かっておいて欲しい」



 そう前置きして、ディットルベルガーは指を組み合わせる。ディットルベルガーの様子から察するに、今度は遊び心に近い要素は入らないようだ。先の天井のスクリーンからは紙幣のホログラムが舞い落ちてくる。それは幻想性に満ち、蠱惑的で、誘惑の香りを豊穣に漂わせていた。美緒は息を飲み、言葉を重ねるしかない。



「お金」


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