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人型機械都市 ボルワナ 2

 瞬く間に遠ざかる薙の姿に、美緒が想い焦がれて瞳を開くと、彼の気配は消え去り、美緒はいつの間にか、現実世界の保健室に横たわっていた。


 保健室の相田先生はくわえ煙草をして、美緒が目を覚ましたのを確かめると、団扇を仕舞い、手をはたいて、埃を払うような仕草を見せる。



「さて、おしまい、おしまい。突然眠りだすなんて、大海君もびっくりしてたよ。まぁ、あの子のお蔭で大した騒ぎにもならずに良かった、良かった」


「突然、眠りだした」



 状況が今ひとつ把握できていない美緒が尋ねると、相田は大げさなことじゃないといった調子で頷く。



「そう。突然。疲れがたまってたんだね。きっと。さあ、立てる?」


「えっと、はい。何とか」



 美緒は少し足を庇いながら、慎重にベッドから降りると上靴を履いた。相田は屈託のない笑顔を浮かべる。



「大海。あの子、随分気に掛けてたから連絡してあげてね。いいところあるんだねー。あの子も。あなたを保健室まで運んでくれたんだよ? 礼の一言でも言ってあげなきゃ」


「大海が」



 美緒は驚きながらも、少し気恥ずかしい気持ちでいた。生徒中の視線を浴びながら、美緒を抱えて保健室にまで連れてくる。それは相当勇気のいることだっただろう。大海はよほど美緒を気遣っていてくれていたのだ。


 「大海。アリガト」。美緒は最早誰に言うのでもなく、確かめるようにそう口にすると、立ち上がり、身だしなみを整える。大海が人の好奇の目も気にせずに、美緒を保健室まで。その事実を前に美緒の心は淡い高揚感で満ち溢れていた。


 同時に美緒には一抹の不安もよぎる。「ナナリス」。彼女からのコンタクトは、多少気味の悪い幻覚のようなものだったが、彼女の現実世界への干渉が続くならそれはただ事ではない。薙なり、それこそ場合によっては、信じてもらえないかもしれないが、警察にも相談しなければならない。美緒は物事を一つ一つまとめると帰宅した。


 美緒は家へ帰るなり大海に連絡を取る。一対一で通話するとなるとどこか畏まったものがあるが、そこは美緒と大海の仲だ。しかもあの緊急時のあと。美緒はスムーズにお礼の言葉が言えた。



「あっ、大海? 羽々根です。今日はホントにありがとう。えっ? 何かあったかって? ううん。ちょっと疲れてただけ。ホント、心配掛けてゴメン」



 いつもなら皮肉の一つや二つを口にする大海だが、この日は違う。本当に心から美緒を労わっているようだった。しっかり睡眠をとったらどうか、しばらく休養したらどうかなどと、美緒にアドバイスをしてくれた。


 美緒は、薙との夢世界での旅について大海に口にするわけにもいかない。ただただ大海を安心させ、感謝するだけだ。



「平気。うん。大丈夫。何かあったら、もしものことがあったらまた相談するから。ホントにありがとう」



 大海は真剣でひたむきだ。いつもの人を茶化すような様子はない。



「隠し事はするなよ。何か大変なことがあったらいつでも相談してくれよ」



 美緒は大海の言葉に力強く励まされ、彼に心惹かれるものがあった。美緒は胸の内を見透かされないように口にする。



「ホントに優しいんだね。大海」


「いつも優しいよ。俺は。それじゃあな」



 電話を切った美緒は、胸がぎゅっと締め付けられるような切なさにとらわれていた。大海があそこまで親身になってくれるとは。頼りがいのある大海に、美緒は正直ほっとしていた。大海に、ナナリスの件で助けを求められると思うと、恋心にも似た感情が、芽生えているのにも美緒は気付いていた。それはとても心地よく甘く切ない感情だった。


 やがて夜も深まり、ベッドに潜り込んだ美緒は、夢世界での薙と美緒、二人の旅についてや、ナナリスについて、もっと薙に詳しく訊くつもりでいた。


 美緒は今日のナナリスの襲来で余程疲労していたのか、彼女が眠るのを妨げるものは何もなかった。美緒はベッドに横たわると、スムーズに夢の世界へと誘われていく。


 薙の夢世界。今度はステファーのオフィスではなく、間違いなく「孔雀」の甲板上に美緒はいた。「孔雀」は雷鳴の中を航行している。「孔雀」は暴風にバランスを崩されながらも、薙の絶妙な舵取りで夜空を駆け抜けていた。閃き、迸る雷は二人の前途の困難さを表わしているかのようでもある。


 美緒はすぐさま、薙の隣に歩み寄り、周囲に何かトラブルがないかを確かめる。「薙」。そう胸の内で彼の名前を、抱きしめるように呟きながら、美緒が薙の横顔を何とはなしに見つめると、ふとした思いが彼女の心をよぎる。



「あれっ? 薙、少し背、大きくなってない? 気のせい? 顔も少し面長になったような」



 そう不思議がる美緒の視線に、薙は気づいたのか、穏やかな調子で美緒に問いかける。



「何? 美緒。僕の顔がそんなに珍しいかい?」



 美緒は素直な感想を口にする。



「薙、ひょっとして背、伸びた?」



 美緒のその問い掛けに、薙は少し笑みを浮かべると、雷が鳴り響く「孔雀」の航行先を、力強く見据える。



「僕の姿はあくまでも仮初め。見る人の、心持ちが投影されるんだ。だから僕の背が少し伸びたように感じるのなら、多分、美緒にはその姿が必要なんだろう」



 また一つ、摩訶不思議な夢世界での仕組みを教わった美緒は、ほんのりとした気持ちに包まれるとともに、薙が自分のことを「僕」と呼ぶようになっているのに気付く。美緒はその事自体は伏せて、薙を見つめる。



「その姿が必要。それって何だが」



 「ロマンティック」と口にしようとして、美緒は何とか口をつぐんだ。美緒は仄かで甘い想いを何とか覆い隠すと、気を取り直して、薙に今一度尋ねる。



「ねぇ、薙。もう一つ訊いていい? ナナリスって、知ってる人? それにこの旅の目的は? 私も知りたい」



 強い意志に支えられた美緒の質問にも、薙は微笑んで一言「秘密」と口にすると、言葉を紡ぐ。



「追々、明らかになるよ。それよりも今はこの旅を楽しもう?」



 美緒は薙の返事に肩すかし、軽い欲求不満を感じながらも、薙が話したがらないのなら、無理に引き出すことは出来ないとも考えていた。


 「それに」と美緒は一つ心を決める。薙との旅が続くなら、楽しむに越したことはないと。「楽しもう」。美緒はそう胸の内で呟くと、薙の旅に協力するつもりで、彼に尋ねる。



「薙、次に行く場所はどこ?」


「東325、北224の地点、『ボルワナ』という都市だ。そこで燃料と食糧を補給するよ」


「補給。『孔雀』も燃料いるんだね。当たり前だけど。ボルワナ」



 美緒が都市の名前の手触りを確かめるように口に出すと、薙は応える。



「そう。ボルワナ。今は無人だけど、かつての繁栄の象徴、アンドロイドの、通称『デザート』が都市を管理する場所だ。そこで充分な休息もとれるよ」


「休息。おお。最近何かと疲れてたから良かったー」



 そう背を伸ばした美緒が、夜闇を駆け抜ける「孔雀」に身を委ねていると、何も彼もが遠くに過ぎ去っていく感覚があるのに彼女は気付いた。


 ナナリスのことも、旅の目的のことも、ヒューマンバードのことも。どこか遥か遠くへ。それは何か危ういことだとは知りながらも、美緒は今はひたすらに薙との夢世界での旅を満喫していた。


 やがて「孔雀」は薙の懸命の舵取り、美緒の手助けもあっって、暴風域を抜け出し、視界が開けた領空に踏み込んでいく。美緒は前のめりになって、少し離れたに場所に視線をやると、サーチライトが点滅しているのを見つける。


 薙は目的地を確認したのか、無言で孔雀を操縦すると、「その場所」に「孔雀」を向かわせる。薙の心強くも逞しい声が、美緒の耳に響く。



「エアポートだ」


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