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その望みを叶えたい。

 どんなに力のある鬼火でさえも、息子同然に可愛がっている時雨から書店へと今日は帰れとそう言われてしまえば逆らうことが出来る訳もなく、残念そうな顔をしながらも言われた通りに書店へと帰って行く姿を見て、紀一は苦笑いを浮かべていた。

 鬼火を追い出すかのように書店へと帰してから数時間の間、ずっと男の子を膝枕をしながら、綺麗な透き通った男子とは思えない声で子守唄を歌い続けている、そんな時雨に寄り添うように肩に頭を乗せて眠っている紀一の姿があった。


 内心では客室で寝れば良いのにと、少しつれないことを思いながらも本当は同時に嬉しいとも思っていて、そんな少し素直になりきれない自分の態度に、人間の誰も信じることの出来なかった頃の紀一への態度と照らし合わせて見れば、これくらいのつれない態度など、そんな態度を取り続けていた自分に対して諦めずに接してくれたこの人にとっては、痛くも痒くもないだろうなと時雨はそう考えていれば絶妙なタイミングで、噂していた当本人が目を覚ました。

 まだ寝惚けているのか、子守唄を歌っている時雨を抱き寄せて、首筋へと顔を埋めてグリグリと頭を押しつけてくる紀一を見て、器用ながらも寝惚けている時の春彦と同じ動作をしてる……とだんだん微笑ましくなってきていた。

 それでも、男の子が少しでも穏やかな夢を見られるように子守唄を歌い続けている声を聞いているうちに、寝惚けていた紀一の頭も冴えてきたのか、抱き寄せるのをやめた後、先ほど時雨が考えていたことと同じことを思っていたのか、恥ずかしそうに頬を掻いた後、心配したような表情へと一変してこう言った。


「シグ、声が枯れてきてる。無理しすぎだ、お前は充分な程にこの子に対して子守唄を歌い続けたよ。

だから頼む、もうそろそろ休憩してよ」


 そう言われて時雨は子守唄を歌い始めて、初めて今が何時なのか時計を確認すればもう午前三時になっていた。

 ……もう何時から歌い始めたのかもわからない状態に、紀一の意見に対してそれもそうかと納得した時雨は子守唄を歌うのをやめて、男の子の頭を撫でる。

 その後、視線を紀一へと戻し、時雨はにっこりと微笑めばつられたかのようにお互いに微笑み合った。

 不意に大学を辞めたことを思い出した時雨は、紀一の襟を握りしめた後、男の子を起こさないように小声で問い詰めるような厳しい口調でこう話しかけた。


「どうして大学を辞めたんですか。大学を辞めて、どうするつもりなんです?

本格的にここに住むつもりですか。

……紀一が側に居てくれるのは嬉しいです、親切にしてくれて純粋に親友だと思ってくれている人がずっと側に居てくれるって言ってくれて……、嬉しくない訳がないでしょう?

ですが、紀一はしたいことがあって大学に入りました。そのことを諦めさせる程、側に居て欲しいとは望んではいません! お願いだから考え直して下さい、これからずっと嫌になるくらいの年月を過ごして行くのですから……。

その見た目に周りから違和感を感じさせないうちに、貴方のしたいことをして下さい。……僕の側に居てくれるのはそれからだって良いんですから……!」


 と、先ほどしたかった質問をした後、言おうとしていた言葉をそう言えば、紀一は苦笑いをしながらも頬を掻きつつ、穏やかな声で小声でこう言う。


「今から、シグの側に居ても後悔しないって思ったから大学を辞めたんだ。

今でもその気持ちは変わらないよ?

でも、そこまで言ってくれるなら二、三年カメラの勉強をしてくるよ。

……そしたらたくさんの思い出を皆で一緒に撮ろう、たくさんの思い出を忘れてしまわないように……」


 その紀一の言葉に、時雨は幸せそうに微笑んで、そうだねと返事をした。



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