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君が望むのであれば、

 シグとは時雨が親友の二人のみから呼ばれている愛称である。

 そう愛称で呼んでいる紀一は、時雨を一人にしたくないと“望んで”いた。

 その自分の望みを叶えるためならば、“成長”をすることを魔力を代償として払うことを構わないとそう考えていたし、紀一はそうなることを望んでいた。

 ……時雨は自分達以外の人間の親友を作ることはないとわかっていた。

 それに紀一の弟である空都(くうと)がいるうちは良いが、自分が死ぬことでまた人に対して心を閉ざして生きて行くのは分かりきったことであり、それを紀一は歯痒く思っていた。


 望んでもいないのに代償を払う代わりに、魔力を覚醒することが出来る。

 時雨や紀一の場合、ほぼ不老不死の状態にあるため、喫茶店で過ごせば長い年月を生きることが出来るが、魔力を持つ者がけして長生き出来ない訳ではない。

 魔力が増える度に寿命が延びるのもまた事実であり、魔力量の多い空都は長生きするだろうが、“成長”することを代償を払った二人よりは寿命は短く、紀一は確実に弟である空都の最期を看取ることになるだろう。

 ……それなのに良いんだろうか? とそんな考えが時雨の頭に過る。

 ――紀一には必要とされている人がいる。それなのに家族ではない自分が紀一の側に、弟である空都以上に居て良いんだろうか? と言うそんな考えが。


「……良いんだ。空都にはあの子がいるから、安心して時雨を優先出来る」


 そう紀一は言い、時雨の肩を掴んだ後、真剣な表情をし、視線を向けた。

 その視線を向けられた瞬間、時雨は何も文句を言えなくなり、無言のまま照れ隠しをするように真剣な表情から一変して微笑んでいる紀一を睨み付ける。

 そんな時雨の頬を、機嫌を直して欲しいのか紀一は撫でた後、はにかむように再び微笑んでいた。

 そんな紀一に対して、時雨は拗ねたような声でこう言った。


「……馬鹿。僕じゃなくて、彼女とか一番に優先すれば良いのに。

今さら言った後、後悔したって知りませんからね、僕の側にいるつもりならとことん強くなって頂きますから。……今から、覚悟しておいて下さいよ?」

 そんな照れ隠しなんて痛くも痒くもないのか、紀一は満面の笑みでこう言う。

「……上等だよ。後悔? そんなのする訳がない。そう言った時点で最初から覚悟してるよ。それに今は彼女いないし、これからも作るつもりもない」

 と、紀一のそんな言葉に時雨は女の子にそう言えば良いのにと考えながらも、嬉しいのもまた事実。

 時雨はそんな複雑な気持ちを感じながらもそれでも嬉しさの方が勝ち、口元を緩めるように笑みを浮かべた。


◇◆◇◆◇◆


「馬鹿! 大学やめたってどういうことですか! そこまでして……」

 何故、側に居てくれようとしてくれるのですか? と時雨はそう問い詰めようとした瞬間、ガシャンと何かが落ちてきたような音がして、聞こうとしていたその言葉が遮られた。

 時雨達は妖怪同士が喧嘩したのかと慌ててその音がした方向へと向かえば、そこにはもう先客がいて。

 泣いていたのか、目を真っ赤に晴れさせている小学校入りたてだろう小さな男の子を抱えた博識で有名な鬼火書店の主、鬼火の姿がそこにはあった。


「鬼火さん、さっき凄い音がここからしましたが、どうしたんです? その子、眠っているのですか?」


 細い目を更に細めて、鬼火は時雨を愛しい我が子を見るかのような穏やかで優しい視線で見つめた後、紀一の方へと視線を移し、微笑ましいものを見るかのように微笑んだ後、抱えている男の子へと視線を戻してこう言った。


「知らない場所で、あの世界ではコスプレ? と言うんだろうか、そのような格好をしている人と間違えたんだろうな。物凄い勢いでパニックになってるし、そんな状態になりながらも大泣きしてるわで一旦気絶してもらってるだけさ。

もし、この子がこの世界にとどまることを選んだならば私が最初に見つけたんだ、私が責任を持ってこの子を預かるとしよう。だから、時雨はただ管理人としての役目を果たしてくれれば良い。勿論、時雨は手がかかったことはなかったから皆の協力は必要だが、お前達も手を貸してくれると嬉しい、……この子の兄としての立場でな。

それよりもまずは取りあえずの説明と、怪我の治療をするために喫茶店『狐火』に場を借りても良いだろうか?」


 と、鬼火にそう言われ、ただ返事をするだけで噛んでしまったものの、時雨は他の三人と共に喫茶店へと戻って、軽傷の怪我をしてしまっているその男の子の治療しながら、泣いていたのだろう真っ赤に腫れ上がっている目をハンドタオルで冷やしていた。

 そんな姿をしている男の子を見て鬼火は悲しそうに微笑んだ後、こう言う。


「……あの男、ついに死んでしまったか。奇妙な男だったなぁ、本当に。

一人で育て上げた大事な大事な息子を、妖怪に惚れたと言っても馬鹿にはせず、ただ愛しそうにそれを話す息子を見つめて、けして息子のその言葉を貶すことはなく、そうかそうかとその恋心を認めて、微笑んでいるだけの男だったよ。

その話を死ぬ前の“アイツ”から聞いて、興味を持った私はその男に会いに行った。……意外にも男は私が来ることをわかっていた見たいでなぁ、愛しそうにたくさんのことを教えてくれ、もし孫が“妖怪世界”に来た時には頼むとそう頼まれていたんだ」


 男の子の泣いた痕をなぞりながら、鬼火はそう言葉を呟いた瞬間だった。

 気絶させられていた男の子は、泣きすぎて声が出なくなっていたのか、パクパクと呼吸をしたがる魚のようにしばらく口を動かした後、晴れた目を冷やしていたハンドタオルを額にずらし、風邪を引いたような声でこう言った。


「貴方はおじいちゃんのことを知っているの? 俺のこと頼まれてたって本当?」

「……ああ、本当さ。君の大好きなおじいちゃんと仲良しだったんだよ」


 鬼火からその言葉を聞けて安心したのか、男の子は再び、また眠りについた。



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