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第五章 そう、これぞ夢の新婚生活?

「お、おはようございます、なのだ」

その日の朝、駈が目を覚まして最初に見たものは、りんごみたいに真っ赤になったシャルの顔だった。

「……何でお前が俺のベッドにいる?」

表面上は怒ったかのように喋る駈だったが、その内心はパニック&カーニバル状態だった。

美しく枝毛一本ないさらっさらの髪。大きく透き通った赤い瞳。そして、りんごのように赤らめた顔。仄かに香る甘い香り。美少女。そう、BISYOUJYOが自分のベッドにインして、顔をレッドにしている。これは、駈の『脳内起こってほしいイベント』のトップスリーに入る出来事であった。そう、例えそれが自分の嫌っている相手でも。

美少女なのだ。美少女とはそれほど素晴らしい存在なのである。駈の頭が、お花畑状態に突入するのも無理はなかった。

しかし、駈は鋼(もしくは漫画やアニメに出てくる伝説の武器になりそうな素材、まあ、とても固いということであればなんでもいい)の意志を持って、何とかそれを表に出すことを防いだ。

「もう一度聞く。何でお前が俺のベッドで寝てるんだ?」

威厳に満ちた(つもりの)駈に、シャルが顔を赤らめたまま呟いた。

「ひ、引っ張り込んだのは駈なのだ」

「何?」

「駈を起こしにきたら、『ワイスちゃーん』とか言って、いきなり引っ張り込まれたのだ。出ようとしたけど、腕、放してくれないし……」

そこでようやく、駈は自分がシャルの腕をずっと掴んでいたことに気が付いた。駈は慌てて手を離す。

「そ、そうか。そいつは悪か……」

そう言いかけて、駈が止まった。そして、脳内で瞬時に審議が開始される。

待てよ、よくよく考えたら、何故自分が謝らなければならないのか。そもそもこいつが勝手に自分を起こしにきたのが原因ではないか。自分が謝る理由などどこにもない。そう、自分は被害者なのだ。よって、自分には当然の如く精神的慰謝料を請求する権利がある。

これが駈の脳内で瞬時に議決された結論だった。

この傍若無人ぶり。基本ドMだが、ドSにもなれる地球外生命体。それが西岡駈であった。

「おい」

「は、はい!」

いきなりの偉そうな駈の態度に、シャルが一瞬怯む。

「お前、俺の嫁だって言ったよな?」

「あ、う、うん。嫁にしてほしいのだ」

シャルが顔を真っ赤にして答える。

「じゃあ、俺の言うこと何でも聞いてくれるよな?」

「え? うん。難しいことじゃなければ……」

悪代官の笑みで尋ねる駈に、シャルは健気に答えた。

「俺に奉仕しろ」

「え? 奉仕って何なのだ?」

「簡単なことだ。お前の○○で俺の○○○を丁寧にペロペ……ゴハ!」

一八歳未満お断りの暴言を吐こうとした駈に、小恋愛のフライパンが唸った。今日もしっかりスナップが利いている。

そして、小恋愛は女神のような(見る人にとっては悪魔のような)ニッコリ笑顔で駈に言った。

「おはよう、愚兄♡ 朝ごはん出来てるわよ」


「まったく、朝っぱらからシャルに何させようとしてんのよ、あんたは」

目玉焼きに醤油をかけつつ、小恋愛が言った。基本的に西岡家では目玉焼きには醤油である。

ちなみにシャルはケチャップ派。

「何って、決まってんだろ? 朝の……」

「キッ!」

「な、何でもありません」

石化しそうな小恋愛の視線に、駈はそれ以上続けるのを控えた。シャルはおいしそうにクロワッサンにかぶりついている。基本的にシャルはご飯よりもパン党であった。

「節度ってもんがあるでしょ。節度ってもんが」

「いいだろ、別に。嫁だって言ってるんだから」

「ダメよ。いくら嫁とはいえまだ未成年なんだから。今後、西岡家ではエッチなこと禁止。どうしてもやりたければ、エロ本と人形相手に一人寂しくやってなさい」

その言葉に駈がニヤリと笑う。

「エッチなことって具体的にどんなことだよ?」

「そ、それは……」

実は、小恋愛自身、そういった異性とのスキンシップについてそれほど詳しい訳ではなかった。もちろん、今まで付き合った男はいない。

つまり、そういう話は学校の友達か、モデル仲間から聞いた程度でしかない訳で……

「具体的に言ってくれないと分かんないなー。俺、ば・かだからさ」

馬鹿を強調しながら、駈は質問を繰り返した。

「それは、ほら、あれよ。そのエッチなことっていうのは、その、き、キスしたりとか、それから、その胸とかお尻とかを……」

そこまでが限界だった。小恋愛の頭からプシューッと湯気が噴き出す。

「と、とにかく、過度のスキンシップは禁止。分かったわね?」

「過度のスキンシップって何? はっきり……」

「愚兄」

調子に乗っていじろうとする駈を、小恋愛がレーザーでも出そうな強烈な視線で睨み付けた。

「朝から血の海に沈みたいの?」

「以後、気をつけます」

その時、シャルは三つ目のクロワッサンにかぶりついていた。


▲▲▲

午前一〇時。駈の部屋のドアが静かに開く。開けたのは駈ではない。駈は今、学校に行っている。そして、むさい男の部屋に盗みに入った奇特な泥棒でもなかった。

侵入者はシャルであった。シャルは若干顔を赤らめて、緊張しつつも、駈の部屋の物色を始める。シャルの目的は、駈の好みを知ることであった。

自分なりに頑張ってみたものの、今のところ良い成果は上げられていない。どうにかして、駈に自分を嫁と認めてもらわなければ。それにはまず情報だ。現代社会では情報こそが、勝利を掴むための必須条件である。という訳で、シャルは駈の部屋を訪れていた。

駈の部屋は、男の部屋にしては割と片付いている。男の部屋はもっと散らかっているものだと思っていたが。どうやら、小恋愛が定期的に掃除をしているようだ。

あの変態に、こまめに部屋を掃除するまめさがある訳がない。シャルは改めて、小恋愛の偉大さに感心していた。

っと、違う、違う。感心している場合じゃない。自分の目的は他にある。そう本来の目的を思い出したシャルは、部屋の隅から順に探索を開始した。

まずは戸棚。人形がところ狭しと並んでいる。駈がフィギュアと呼んでいた人形。

その一つを手にとって見ると、顔の表情からパンツのしわまで非常に精巧に造られていた。もちろん、全部女の子。しかも、皆別々の衣装で華麗にポーズを決めていた。

自分と同じゴスロリ服もあれば、スクール水着にナース服。ウエイトレスに学校の制服。何故か裸にエプロンを付けているものもあった。

はて、何故裸にエプロンを付けているのだろう? あれでは、油が飛び散った際、肩を火傷してしまうではないか。しかも、当然後ろは丸見え。これではお箸を拾おうと前屈みになったら全部見えちゃう訳で。自分が着たところを想像して、シャルは耳から蒸気を吹いた。

駈はこういったものが好きなのだろうか? ナース服やウエイトレスは無理だが、裸にエプロンならできないこともなさそうだ。一応メモしておこう。シャルが自前の猫メモにカリカリと書き込んだ。さて、ここはもういいだろう。

次にシャルが目を付けたのは、本棚だった。学生らしく、一応は教科書や参考書、辞書などが並んでいる。まるで使ったことがないように綺麗なのはこの際置いといて。

シャルはその中から、適当に本を一冊取り出した。分厚いカバーに入ったそれは、生物の図鑑のようであった。面白そうだ。前々からこの世界の生物には興味があった。ちょっと見てみよう。そう思ったシャルが、カバーから本を引き抜く。

しかし、中から出てきたのはカバーに書かれていたのとは全く違うタイトルの本であった。表紙にセーラー服を着た女の子が写っている。これは女子高生だろうか?

何だ、これは? 制服のカタログなのか?タイトルは……何々、『濡れ濡れ女子高生のマル秘初体験』? はて、別にこの女子高生はどこも濡れてなどいないが。まさか、この格好でプールにでも入るのか? まったく、この世界のことはよく分からん。そう思いつつ、シャルは本を開いた。

ピュー!

そして、開いた瞬間、やかんのような音と共にシャルが○ャア専用になった。顔だけでなく全身真っ赤。体に熱が篭りすぎて、思わず服を脱ぎそうになった。

結論からいうと濡れていた。確かに濡れていた。というか、濡れ濡れだった。一八歳未満の方にはとてもお伝えできないハードな濡れ濡れだった。そういったことに、全くと言っていいほど免疫のなかったシャルが瞬時にフリーズしたのも仕方の無いことであった。

だ、ダメだ。ここは自分にはレベルが高すぎる。駈の好みを知る前に、自分が体の熱で溶けてしまいそうだ。ここは、戦略的撤退を行う。そう脳内で判断したシャルは、フラフラとした足取りで駈の部屋を後にした。階段を下りると、靴箱の上に小さな包みが置いてある。

これは、確か……

▲▲▲


「はあーー」

現在学校の休み時間、駈は自身の所属する二年F組の一番後ろの席で、今日何度目か数えるのが嫌になるくらいのため息を吐いた。

「駈さん、珍しいっすね。ため息なんて」

声を掛けたのは牙だった。駈のことをさん付けで呼ぶのはこの男だけだ。今日も自前のおピンク特攻服とハチマキのフル装備である。この男ほど学校というものを舐めきっている者もいないと思ったが、自分も人のことは言えないので黙っておいた。

「いや、大したことじゃないんだけどさ」

その言葉に、牙が笑顔で返す。

「まあまあ、話してみてくださいよ。同志じゃないっすか」

そう、この二人はSGYを神と崇める、桜の木(花は咲いていなかったが)の下で義兄弟の契りを交わした同志であった。

「実はさ」

「うんうん」

「嫁ができたんだ」

「「「何―――――!」」」

その時叫んだのは牙だけではなかった。クラスの大半、普段は駈をゴキブリのような目で見る女子達すらも、まるでUFOでも見つけたかのような驚愕の表情を駈に向ける。男子が駈の席に雪崩れこんだ。

「てめー、嫁ってどういうことだ!」

「ねえ、嫁の意味分かってる? 何か別の言葉と勘違いしてない?」

「……死ね」

クラスの方々が皆、口々に好き勝手なことをおほざき下さっている。

そんな中、一番最初に冷静さを取り戻したのは、意外なことに牙であった。

「まあまあ、落ち着け皆。話は最後まで聞くもんだ」

学校に特攻服で来る馬鹿者に至極まともなことを言われ、クラスが一時平静を取り戻した。

「やだなー、駈さん。ほら、いつものあれでしょ。ももはちゃんとかワイスちゃんとか二次元の嫁のことでしょ。そりゃ、俺だって心に決めた俺嫁はいますけど、いきなり嫁ができたなんて言ったら……」

「本当に嫁ができたんだ」

ピシリ!

その言葉で牙は石になった。かんっぺきなまでにコチコチになった。動く石像ではなく喋る石像となった牙が、カタカタと口を開く。

「嫁って女の子?」コクリ

「三次元の?」コクリ

「幽霊とか幻覚ってオチじゃなくて?」コクリ

「生きてんの?」コクリ

「触れんの?」コクリ

「にゃんにゃんできんの?」コクリ

「バカヤロー!」(牙渾身の右ストレート)

「グハ!」(駈、掃除用具箱に激突。降ってきたモップにより追加ダメージ)

そこが牙の限界だった。再び教室が阿鼻叫喚の嵐となる。

「嘘だー! 嘘だー! う・そ・だー!」

「神様、どうか嘘だと言ってください。お願いします」

「ありえねーだろ。それはありえねーだろ!」

「ははは、大丈夫、これはきっと夢だ。僕はきっとまだ自分のベッドの中で眠っているんだ」

「……死ね」

本当に好き勝手言ってくださる皆様に、さすがに収拾がつかなくなると思ったのか、駈がポツリと言った。

「でも、ブサイクなんだ」

「「「なーんだ。じゃあいいや」」」

その瞬間、クラスの男子の大半が興味を失ったかのように席に戻った。残ってまだピーチクパーチク言っているのは特殊な性癖を持つ○専と呼ばれる珍獣のみ。このクラスの男子は、嫁と聞くと嫉妬に荒れ狂うが、それがブサイクと分かると、とたんに興味を失う方々なのである。女子はまだ多少こそこそと何かを言っているものの、一定の冷静さは取り戻している。

何とか収まったか。駈がそう思った矢先、教室のドアが開き一人の少女が入ってきた。

「お、おじゃまします。なのだ」

教室に入ってきたのは、ハーフパンツにボーダーの入ったTシャツ、そして、青いパーカーを羽織ったシャルだった。ハーフパンツから見えるすらりとした素足が、健康的な色気を醸し出している。女子も含め、クラスの全員が目の前の美少女に釘付けになっていた。

そんな視線などお構いなしに、シャルはとことこと歩いて駈の席までやってきた。家の靴箱の上にあった小さな包みを持って。

「……あ、あの」

「……何だよ?」

遠慮がちに口を開くシャルに、毎度の如く駈がぶっきらぼうに答えた。

「こ、これ、忘れ物なのだ」

そう言って、シャルが持っていた小さな包みを駈に差し出す。

「あっ!」

そこで、ようやく駈は自分が小恋愛から渡された弁当を忘れていたことに気が付いた。

しかし、駈には素直に礼を言うことができなかった。

「ちっ、無いなら無いで適当に食ったのに。余計なことしやがって」

「あ、ご、ごめんなさいなのだ」

駈のきつい物言いにシャルがシュンとなった。駈の良心がチクリと痛む。

「よ、用は済んだんだろ? さっさと帰れ」

「えう、分かったのだ。じゃあ、家で待ってるのだ」

シャルは僅かに目に涙を浮かべて教室を出て行った。

再び教室には静けさが戻ったが、それは俗に言う嵐の前の静けさというやつであった。

牙が静かに口を開く。その顔には何の感情も映ってはいなかった。

「駈さん」

「な、何だよ?」

再度、自分の周りに寄ってきたのは牙だけではなかった。クラスの男子全員が○イオ○ザードに出てくるゾンビのように駈の席に押し寄せる。

「自分は駈さんのことを信じてるっす。尊敬する同志である駈さんなら、これからする質問に絶対ノーと答えてくれるはずっす」

牙の目は本気と書いてマジだった。駈の頬を一筋の汗が伝う。

「だから、何だよ?」

「まさかとは思いますけど、さっきの子が駈さんの嫁ですか?」

「そうだよ」

「バカヤロー!」(牙渾身のサマーソルトキック)

それが合図だった。クラスの男子全員(プラス一部の女子)が一斉に駈に襲い掛かる。

「てめー、あれのどこがブサイクなんだよ。目え付いてんのか? 眼科行くか、眼科? つーか、そんなガラス球みたいな目、いらねーだろ。俺が取ってやるよ」

「馬鹿なの? ねえ、君は馬鹿なの? 自分の身の程をわきまえなさい。というか俺に謝りなさい」

「おいゲシ! (←蹴る音)お前バコ! (←殴る音)、今すぐグキ! (←極める音)ググってドサ! (←投げる音)ブサイクのバシ! (←追撃)意味をダダダ! (←さらに走る音)調べやがれーーーズゴオオ! (←超必殺技炸裂の巻)」

「夢だ、そう、これは夢なんだ。おーい、誰か俺のほっぺたをつねってくれ。それかもしくはこの馬鹿をミキサーにかけて粉々にしてくれ」

「……死ね。というか燃えろ。というか朽ちろ」

全員が駈を殴る蹴るのフルボッコ。完璧に目が血走っている。彼らを止めることはBSAAでも不可能に近かった。

教室に着いた、次の授業を担当する古文の那覇教諭は、その光景を見てこう思ったという。

「次の授業は自習だ」と。


「お、おかえりなさいなのだ」

学校から帰って来た駈に、リビングに座ってテレビを見ていたシャルが声を掛けた。

「……ただいま」

小恋愛から釘を刺された駈は、しぶしぶ挨拶を返した。しかし、やはり気分が悪いのか自分の部屋に向かおうとする。そんな駈に、シャルが慌てた様子で声を掛けた。

「あ、あの……」

駈は、無言で視線だけをシャルに向ける。

「え、えと、その……」

その視線に押され、シャルが黙り込む。

「何だよ?」

焦れた駈が不機嫌そうに先を促す。その声にはやはり険があった。

「……何でもないのだ」

駈の雰囲気に、やはりシャルは何も言えなかった。

「だったら呼ぶな」

駈の言葉に、シャルの目に少しだけ涙が滲む。

「ご、ごめんなさいなのだ」

「ちっ」

釘を刺されているため、駈はそれ以上強くは言わなかった。

「おい」

「な、なんなのだ?」

声を掛けられるとは思ってもいなかったのだろう。シャルが思わず身をすくませる。

「もう、小恋愛に妙な真似はしてないだろうな」

「も、もちろんなのだ。小恋愛は恩人なのだ。そんなことしないのだ」

「前はしただろうが」

駈の言葉に、シャルが俯いて肩を落とす。

「そ、それは、ごめんなさいなのだ」

「あの鎌はどうしたんだ?」

「あ、今はしまってあるのだ。かまっちは念じれば腕輪になるのだ」

そう言って、シャルが腕輪をはめた右手を軽く振ると、大きな鎌が現れた。

「……いちいち見せなくていい」

「う、ごめんなのだ」

初めて会った時には考えられないほど殊勝な態度のシャルに、駈も若干良心が痛む。

「まあいい、でも、また小恋愛に変な真似をしたら、今度こそ叩き出すからな」

しかし、結局態度を改めることはできず、駈は自室へと戻っていった。


▲▲▲

 深夜、小恋愛はトイレに向かう途中に客間からもれ出る明かりに気づいた。

 どうやらシャルがまだ起きているようだ。ここにきてからのシャルは本当に健気に駈に尽くしている。

 どれだけ駈に邪険にされても、謝り、笑顔を浮かべてまた尽くす。そんなシャルを邪険にした愚兄に○―ンナックルをかましてやりたい衝動に駆られるが、シャルが泣きながら止めに入るためそれもできない。

 こんなに遅くまでまた料理の本でも読んでいるのだろうか? さすがに三時過ぎまでまで起きていては、その日の行動に支障が出るだろう。そう思い、小恋愛は一声かけようと客間に向かった。

 しかし、料理の本を読んでいたわけではないらしい。客間からは微かな明かりと共に小さな声が聞こえてきた。どうやら誰かと話をしているようだ。

『シャル、良かった。なかなか連絡をくれないから心配していたのよ』

「えう。ちょっと忙しかったのだ。連絡遅れてゴメンなのだ。クロ姉さま」

 どうやら相手はシャルの姉のようだ。しかし、家族と話しているにも関わらず、シャルの声は沈んでいる。

『少し痩せましたね。大丈夫ですか?』

「え、えう。大丈夫なのだ。わっち、こっちでちゃんとやれてるのだ」

 出会って日の浅い小恋愛でさえ、一発で空元気だと分かる声。

 それは当然、シャルの姉も察したようだった。

『シャル、私の前でまで無理をする必要はないのですよ』

「え、えう……」

『姉の前でくらい、愚痴ってもいいのです』

「えう、ぐす……」

 それまで耐えていたシャルの声に嗚咽が混じる。

「クロ姉さま。やっぱりわっちは落ちこぼれなのだ」

 そして、終には涙声になった。

「ね、姉さまがせっかく生贄を見つけてくれたのに、わっちはうまく契約できなかったのだ。生贄の妹さんが協力してくれてるけど全然うまくいかないのだ。ごめんなさい、姉さま。ごめんなさい……」

 泣きながら何度も姉に謝罪を繰り返すシャル。小恋愛の胸が痛いくらいに締め付けられた。

『シャル、謝らないで。謝らなければならないのは私の方です。あなたがこんなにも苦しんでいるのに私は何もしてあげられない。ごめんなさい』

「う、うあ、姉さまが謝ることないのだ。わっちが落ちこぼれなのがいけないのだ」

『そんなことないわ。あなたが自分なりにがんばっていたのを私はよく知っていますよ。でもねシャル、もう時間がないの。あなたの寿命はあと一ヶ月ちょっと。それまでに契約しないとあなたは……』

「…………」

 一ヶ月という単語を聞いた小恋愛の体に衝撃が走る。

『あなたの体は、私の見つけた生贄以外の寿命を一切受け付けないわ。だから、がんばって何とか契約を……』

「え、えう。だ、大丈夫なのだ。わっち、もっともっとがんばるのだ。がんばればきっと……」

 涙ながらに聞こえる悲痛な声。それ以上聞いていられなくなった小恋愛は、そのまま逃げるようにして自室へと戻っていった。

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