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第三章 そう、再会は突然に

「ただいま、ハニー。いい子……に……」

帰宅後、いつものように挨拶(最近のお気に入りフィギュアは格闘少女ラジカルももは)をしようとした駈は、ドアを開けた瞬間フリーズした。駈の部屋には先客がいた。小恋愛ではない。

平らな胸に、ちっこい体。ぱっちりお目目に、長い金髪。そのくせ、自分の体には明らかに不釣合いな大鎌を傍らに置いているのは、以前に空から降ってきた少女、シャルだった。大きな鎌を床にほっぽりだし、我が物で駈のベッドに寝そべっている。

まくれ上がったスカートのすそからライトグリーンの下着がしっかりと見えていたが、シャルは気にも留めない。シャルは今、駈のハニーであるももはを見るのに夢中になっていた。駈に気付いた様子はない。駈は、このままドアを閉めて逃げようとしたが……

「おい、何をしている。入らないのか?」

さすがにこの距離でドアから入ってきた人間に気付かない訳はなかった。

「さっさと、入ったらどうだ。お前の部屋だろう?」

さも当然のように駈のベッドを占領して、シャルはそう口にする。

「あのー、何をしてらっしゃるんですか?」

「見て分からんのか。この人形を見てる」

「いや、それは分かるんですが……」

美少女が自分のベッドで美少女フィギュアのスカートの中を見ている。いつもの駈ならば、はあはあ言いながら写メを撮る場面であったが、部屋の空気と目の前の少女の視線の冷たさに圧されて動けなかった。

「いやー、しかし、分からんものだよなあ」

シャルが底冷えするような笑顔で言った。

「まさか偶然に、ほんとに偶然踏んづけた男が私の生贄候補とは。ほんとに人生分からんものだ」

そこで一旦シャルは言葉を切り、怒りを押し殺したような表情で続けた。

「しかも、そいつはオタクと呼ばれる一般人には敬遠されがちな趣味を自慢げに周囲に言いまわるようなミジンコで、いや、こんな男と一緒にされてはミジンコが可哀相か。まあ、そんな一緒の空気を吸っているという事実すらも不快な男が、あろうことかこの私と相性抜群とは。ふふふ、ほんとに人生は分からんものだ」

ついには大声で笑い出す。しかし、次の瞬間にはその顔は能面のような全くの無表情へと変わっていた。

「さて、一応確認しておくか」

シャルが鎌を片手にゆっくりと駈に近づく。

「お前が西岡駈だな?」

「いいえ、違います」

駈はピシャリとドアを閉め、全力でその場から離脱した。


駈は先ほどの光景が信じられなかった。何故あの少女が自分の部屋にいる? しかも結構くつろいでいた。思い切り頬をつねってみる。頬はしっかりと痛い。一瞬夢オチを期待したが、残念ながら夢オチではなかった。

とりあえず、頭を冷やそう。そう思い立った駈は洗面所へと向かう。

ガチャ!

ドアを開けた先は桃源郷だった。風呂から上がったらしい小恋愛が、ちょうどバスタオルを巻くところだったのだ。バスタオルを巻いたところではない。巻くところ、である。つまり、徐々に実り始めた形のいい胸や、みずみずしく程よい肉付きの太ももなどといった、小恋愛の大事な女の子の部分が完全に見えてしまっている訳で。(そして当然の如く、よくありがちな光による視覚の遮りはない)

もちろん、駈が目をつむる、もしくは顔を逸らすといったエロゲーのうぶな主人公のような行動を取るはずがなかった。当然、ガン見である。

両者とも無言の時間が流れた。小恋愛は突然の乱入者に驚いて固まっているだけだが、駈は目の前の素晴らしい光景をしっかりと心のフィルムに焼き付けるためである。

「ぐ、愚兄、あんた何やってんのよ?」

駈は間髪入れずに答えた。

「お前の裸を見てる」

「そんなこたあ、分かってるわよ!」

小恋愛は思わず絶叫していた。

「普通、こういう場面では謝ってすぐにドアを閉めるでしょうが!」

「馬鹿を言うな。そんなことができるか」

駈がきっぱりと言い切った。駈のあまりに真剣な表情に、小恋愛は思わず言葉に詰まる。

「いいか、小恋愛」

駈はキリッとした顔で小恋愛に言った。

「美少女の裸には敬意を。こういったハプニングには神への感謝を。これが俺の人生哲学だ。今、この場にデジカメを持ってきていないのは痛嘆の極みだが、だからこそ俺は、この素晴らしい光景をしっかりと心のフィルムに焼き付ける」

小恋愛の駈を見る目が徐々に冷たくなっていく。元々冷たかったのだが、今は氷点下に突入していた。駈はそんな小恋愛の視線など気にも留めず、優しく小恋愛の肩に手を置いた。

「ところでな、小恋愛」

「何よ、変態」

「まだ、生えてないんだな?」

小恋愛渾身のデンプシーロールが決まり、駈の意識は闇に飲まれていった。



チュンチュン

小鳥の囀りが聞こえる。清々しい朝。駈にとって悪くない目覚めだった。

ゴチン!

訂正、目覚めは最悪だった。何かが高速で駈の頭に振り下ろされたのだ。駈は一瞬にして覚醒する。駈が眠っていたのは、リビングにあるソファーだった。どうやら昨日気絶した後、ここまで運ばれたらしい。気絶から覚醒して間もないにしては、状況把握が迅速であった。この男、もはや気絶が日常茶飯事になっている。

目の前には小恋愛が立っていた。今日は休日。小恋愛もいつもの制服ではなく、お気に入りの水色のシャツとジーパンに身を包んでいる。右手にはおたま。左手には包丁を装備。

そんな小恋愛は何故か不機嫌そうな顔をしていた。

「ちっ、おたまで起きちゃったか。もう少しぐずってくれたら包丁使えたのに」

駈の背筋に悪寒が走る。どうやら、すぐに起きたのは自分にとってかなりのファインプレーだったらしい。

「あのー、愛しの妹君」

「何よ、変態の愚兄」

「気のせいか、段々僕の扱いが酷くなってないですか?」

「大丈夫よ。気のせいだから」

小恋愛はあっさりと言い放った。あまりにさらりと言われたので、駈はそれ以上何も言えなかった。

「起きたんならさっさとご飯食べちゃってよ。いつまでも片付かないでしょ」

「はい」

駈は素直に従った。基本的に、西岡家では小恋愛の方が立場が強い。リビングから良い匂いが漂ってくる。どうやら、今日は和食らしい。しかし、テーブルに着こうとした駈が、先に朝食を食べていた先客を見て、またもフリーズした。目の前でシャルがご飯を食べている。いつものゴスロリ服を身に纏い、器用に箸を使って、魚の骨を取っていた。

駈は何がなんだか分からなくなっていた。何故シャルがここにいる? いや、いるのは昨日から分かっていたことだが、何故こんなにも堂々としているのか? ここには小恋愛もいるというのに。

そんな駈の考えなど気にもせず、シャルは納豆をかき混ぜていた。金髪美少女が納豆をネバネバとかき混ぜて口に運ぶ様はかなり興奮するものがある。いつもの駈ならやはりはあはあ言いながら写メを……

ゴチン!

駈の思考を現実に呼び戻したのは、またもおたまの一撃だった。気が付くと、すぐ隣に小恋愛が立っている。

「さっさと座りなさいよ。ほんと手間がかかるわね。」

駈は何を言っていいのか分からなかった。頭の中を様々な考えが交錯する。

シャルのことをどう説明する? 本当のことを素直に話すか? 却下だ。シャルが死神で寿命を延ばすために、自分を生贄にしようとしているなんて話、信じてもらえる訳がない。話したところで呆れられて、病院に行けと言われるのがオチだ。いや、それ以前に、何故小恋愛はこんなにも堂々とご飯を食べているシャルを見て何も言わないのか?

駈は本当に何を言っていいのか分からなかった。

ズボ!

「のおおおお!」

そんな駈を再び現実に引き戻したのは小恋愛の踵だった。足元を見ると、いつの間にか小恋愛が全力で駈の足を踏み抜いている。

「さっさと座れって言ってんでしょ。あーら、もしかして久しぶりに帰国した許婚に見惚れてらっしゃるのかしら。ほほほ、仲がよろしくって大変結構ねえ」

気のせいか、いつもより小恋愛の機嫌が悪いような気がする。足をグリグリする力もいつもより三割増しに強い。

「あーんたがどーこで許婚作ろうが、私の知ったこっちゃないですけどね。いきなり家に連れ込まれても困る訳ですよ。このうちの家事はわ・た・し・がひ・と・り・でしてるんですからね。誰かさんが全くしないから」

嫌味の刃がグサグサと駈の心に突き刺さるが、当の駈はそれどころではなかった。

恐る恐るシャルに声を掛ける。

「あのー、何をしてらっしゃるんですか?」

「見て分からんか? 味噌汁を飲んでる。ここのは白味噌だな」

シャルは駈にチラリと目を向けた後、再び味噌汁をすすり始めた。

「いや、それは見れば分かるんですが……」

「分かっているのなら聞くな。まったく、本当に頭の悪い奴だな。お前は」

シャルはそう言って大げさに頭を振った。

「そうじゃなくて、何で俺の家でご飯を食べてるんですか?」

「空腹だったからに決まっているだろう。馬鹿か。お前は」

「だから、何で昨日殺そうとした男の家で、暢気にメシ食ってんのか聞いてんだよ!」

美少女には優しく、そしてフラグが立つのを待とう。それがモットーの駈ではあったが、さすがにこの状況では我慢の限界だった。

しかし、シャルは全く動じず、

「昨日のあれか? あれは冗談だ。面白かったろう?」

と、さらりと言ってのけた。

「ああ、もちろん殺したいというのが本音だ。正確には両手両足をぶった切って動けなくしてから、殺してくださいと泣いて頼むまで火あぶりにして、その後、頭をかち割りたい」

笑えない。人事ならば笑っていられるが、それが自分のこととなると、とても笑ってはいられなかった。

「まあしかし、残念ながらそれができんのだ。そう、非常に残念ながらな」

そう言って、シャルは肩を落とす。

美少女が自分を殺す殺す言っているのには結構精神的にダメージを受けたが、駈の心の中はカーニバル状態だった。SGY上位三名の握手券が同時に当たったような気分である。

「あのー、ちなみに何で僕を殺せないんですか?」

駈は興味本位で聞いてみた。

「初めて会った時に言っただろう。死神法で定められているのだ。むやみに現世の人間を殺したり、傷つけてはならないと。破れば私が灰になる」

駈はさらに心の中でガッツポーズを決めた。どうやら、問答無用で殺されることはないらしい。

「まあでも、たまにいるよな。死んでも殺したい奴というのは」

駈の背に悪寒が走る。シャルの目は大マジだった。駈は話題を変えるべく、別の疑問を投げかける。

「あのー、さっき小恋愛が許婚とか言ってましたけど……」

「ああ、そう伝えたのは私だ。非常に遺憾だが、私はお前を生贄にすることに決めた。お前のような息をしているだけでも人様のご迷惑になるような変態は、こういうシチュエーションが好きなのだろう。昨日、お前の部屋で見た本に書いてあった」

シャルが若干顔を赤らめながら続ける。

「まあ、そういう訳で私が今日からお前の嫁になってやる。もちろん、私と契約すればの話だが」

一般人の場合、このような一生ものの話をいきなり告げられれば普通は戸惑うだろう。しかし、駈にはそんな戸惑いなど微塵もなかった。嫁、そう嫁である。しかも、二次元ではなく、三次元の本当の嫁ができるのである。おまけに美少女。胸と性格に若干問題はあるが、それ以外はほぼ完璧。顔もストライクだし、スレンダーなロリッ子ボディもこれはこれで悪くない。

そんな美少女が俺の嫁。今まで生きてきた人生=彼女いない歴の駈にとっては、まさに夢のような話であった。はぐれ○タルが一〇匹ほどまとめてやってきたような感覚である。

「あのー、本当に僕の嫁になってくれるんですか?」

駈は実はドッキリでしたのオチを恐れて、再度聞いてみた。

「だから、契約すればな」

「ちなみに、嫁っていうのはどういうものか知ってます?」

「バ、バカにするな。それくらいちゃんと知っている。ほら、あれだろ。ご飯を作ったり、身の回りのお世話をしたり、その、あとは、よ、夜の相手をしたりとか……」

真っ赤になって喋るシャルの言葉は、最後の方は声が小さくてよく聞こえなかった。

「つまり、今言ったことを全てしてもらえると?」

「だ、だから、契約すればな」

「ちなみに、渡す寿命って……」

「それはお前が好きに決められると言ってるだろうが。そうだな、姉さまの話では、お前にとっての一日が私にとっての一年ということになるらしい」

「契約します」

駈は即答した。つまり、一週間なら七年。一ヶ月なら三〇年。三〇年なら問題ないだろう。老後の一ヶ月でこんな可愛い嫁ができるなら自分にとっては悪くない取引だ。

これで、自分の人生はばら色、いや、虹色である。

「いやー、しかし、よく小恋愛が許婚なんて信じましたね」

駈がニヤケ面で言った。リア充の余裕である。ついに自分もリア充の仲間入りを果たしたのだ、という余裕が完璧なまでに顔に出ていた。

「ああ、ちょっと脳をいじったからな」

「何?」

その言葉に、突如駈の表情は急変した。駈の表情から急激に熱が引いていく。

しかし、シャルはそんな駈の変化に全く気付かず、そのまま続けた。。

「当然だろう。素直にお前の嫁だと言っても信じてもらえる訳がないからな。ちょっと、記憶を操作させてもらった」

シャルは笑って続ける。

「別にかまわんだろ? そんなに大したことじゃ……」

シャルが言い終える前に、駈が割って入った。先ほどまでとは打って変わった冷たい表情で。

「お前、俺の妹に何してんだよ!」

「…………」

先ほどまでとはまるで違う、怒りに満ちた声。そのあまりの変化に、シャルの顔が驚愕に染まる。

「契約の話は無しだ。すぐに出て行け」

「何を怒っている? 別に体に異常は……」

駈の急変とあまりにも急な展開の変化に、シャルは全く付いていけなかった。

「出て行けと言ってるだろうが!」

駈のあまりの剣幕にシャルは思わず後ずさる。

ただならぬ空気を感じたのか、小恋愛もキッチンからやってきた。

「ちょっと、どうしたの? 大声出して」

いつもとは違う駈の雰囲気に、小恋愛も戸惑っている。

「お客さんがお帰りだ」

「え、だってこの子、あんたの許婚なんでしょ」

「んなことある訳ないだろうが。お前、俺に許婚ができるなんて本気で思ってんのか?」

「いや、思ってないけど……」

「こいつは新手の結婚詐欺師だ。昨日、ネットで見たから間違いない。こいつの容姿は目立つからな」

「えっ、マジ?」

小恋愛がシャルと駈を交互に見る。

「と、いう訳で残念だったな。さっさとお引き取り願おうか?」

そう言い残して、駈はリビングを出て行った。残された二人は何も言うことができなかった。


▲▲▲

不愉快だ。ああ、不愉快だ。

シャルの頭は、さっきからその言葉で埋め尽くされていた。

先ほどの会話の後、居たたまれなくなったシャルは、何も言わずに西岡家を出た。

何なんだあいつは。せっかくこの名門死神貴族の次女である自分が嫁になってやると言っているのに。夜の相手だってしてもいいと言っているのに。何だ、あの変わり様は。ふざけるな。誰が結婚詐欺師だ。お前なんかこっちから願い下げだ。

しかし、先ほどの駈の急変ぶりは何だったのか? とてもその前のニヤケ面をしていた男と同一人物だとは思えない。思わず目を疑ったほどだ。妹の脳をいじったと言った辺りから態度が変わった。馬鹿め。別に体には何の後遺症も無いというのに。

ああ、不愉快だ。

再びシャルの頭をその言葉がループした。

▲▲▲


西岡家を追い出されたシャルは、陸橋の下にあるベンチに座り込んでいた。実家からも追い出されたシャルには、他に行くあてなどなかった。シャルの目にじわりと涙が浮かぶ。

「こんなとこにいたんだ」

突然声が掛かった。声の主は小恋愛だった。心配そうな表情でシャルの顔を見つめている。

「探したんだよ。帰ろ」

シャルは涙を拭って答えた。

「帰るってどこへだ? わっちには帰るところなんてないのだ」

「うちにくればいいじゃん」

「……駈が怒るのだ」

「大丈夫よ。あの馬鹿は私に逆らえないんだから」

小恋愛がシャルに笑いかける。その優しい笑顔にシャルの目に再び涙が滲んだ。

「でも、あんた、何で結婚詐欺なんてしてんのよ?」

小恋愛の言葉にシャルが思わず大声で叫ぶ。

「け、結婚詐欺なんてしてないのだ。わっちは……」

シャルが口をもごもごさせて言い淀んだ。本当のことを話そうと思ったが、一瞬駈の怒った顔が頭をよぎる。

「何か事情がありそうね」

小恋愛が一人でふむふむと頷いた。

「聞いてあげるから、話してみなさいよ」

「ふえ、でも……」

「いいから」

小恋愛がシャルの隣に腰を下ろす。小恋愛の声には不思議な温もりがあった。その温もりにシャルが思わず口を開く。

「実は……」

気が付くと、シャルは全てを話してしまっていた。

「ふへー、死神かー。予想の少し斜め上をいったわね。こりゃ」

小恋愛は困った表情を浮かべて頬を軽く掻いた。

「……やっぱり信じられないか?」

小恋愛の言葉に不安になったのだろう。シャルが上目遣いに小恋愛を見る。

「ゴメンゴメン、そうじゃないって。ちょっとビックリしただけ。あんたの目を見れば、嘘かどうかなんてすぐ分かるわよ」

そう言って、小恋愛は笑う。

「しかし、あんたも大変よねー。相性いいのがよりにもよってあの馬鹿なんて」

小恋愛がしみじみと言った。

「でも、しょうがないのだ。あいつしかあてがなくて……」

「他の人じゃ駄目なの?」

「わっちの体は特殊らしくて、他の人間の寿命は受け付けないのだ。だから、何とかしてあいつに……」

「よし、協力してあげる」

「ふえ?」

シャルは驚いた。妹が自分の兄の寿命を縮める手伝いをするなんて思ってもみなかったのだ。

「別に全部の寿命を取る訳じゃないんでしょ?」

小恋愛の言葉にシャルがこっくりと頷いた。

「うん、あいつの一日がわっちの一年にあたるのだ」

「なんだ、じゃあ全然オッケーじゃん」

「オッケー……なのか?」

シャルは不思議そうに首を傾げた。

「だって、そうしないとあんた死んじゃうんでしょ?」

「うん」

シャルが再びこっくりと頷く。

「じゃあ、やっぱり協力してあげる」

「何で?」

「え?」

シャルが泣きそうな声で尋ねた。

「何でこんなに優しくしてくれるのだ?」

すると、小恋愛は照れたような笑みを浮かべる。

「んー、お姉ちゃんの影響かな? 私のお姉ちゃん、困っている人を見捨てて置けない人だったから。きっとその影響ね」

「小恋愛、お姉ちゃんがいるのか?」

「うん、正確には『いた』かな。もう、いないんだけどね」

「ご、ごめんなのだ」

シャルが慌てて頭を下げる。

「ううん、平気よ。気にしないで」

そう言って、特に気分を害した様子もなく小恋愛は笑った。

「で、どうする? うちにくる?」

小恋愛の言葉に、シャルが少し怯えた様子で尋ねた。

「……迷惑じゃないか?」

「全然、行こ♪」

小恋愛がシャルに手を差し出す。

「……それじゃご厄介になるのだ」

そして、シャルはその手をしっかりと握り返した。


無事に西岡家へと帰って来た二人が玄関の扉を開けた。シャルの体にわずかに緊張が走る。リビングに着くと、駈がお気に入りのももはTシャツを着てだらけきっていた。

「ここあ、お腹空いたー。早くご飯を作ってくれなきゃ、月に変わっておしおきよ♡」

一般人にはとてもついていけないノリとポーズでウインクを決める駈であったが、シャルの姿を見て急変する。

「……何でお前がここにいる」

駈の強い視線に、シャルは身をすくませて小恋愛の背中に隠れた。そこに小恋愛が割って入る。

「ちょっと、シャルちゃんいじめてんじゃないわよ」

今度は小恋愛が駈を睨んだ。小恋愛からの反撃が来るとは思っていなかった駈が、一瞬言葉に詰まる。

「何言ってんだ。こいつは……」

「結婚詐欺師なんでしょ。ネットで見たって言ってたよね? どこに載ってんの?教えなさいよ」

「う!」

その言葉に駈が思わず口ごもる。

「やっぱり嘘だったんだ。こんな小さな女の子いじめるなんてサイテーね。言っとくけど、シャルちゃんは私のお客だから。今日からここに住むけど、手を出すんじゃないわよ」

小恋愛が仁王立ちして駈に言った。

「何馬鹿なこと言ってんだ。俺は認めないぞ」

「別にあんたの許可なんて求めてないわ。それと、あんた忘れてるみたいだけど……」

小恋愛が鬼の首でも捕ったかのように不敵に笑う。

「あんた、私の裸見たでしょ。私はまだ許してないんだけど」

「う!」

「なんなら、この先ずっとご飯抜きでもいいのよ」

「うう……」

「シャルちゃん、今日からうちで暮らすから。いいわね?」

「……分かった」

駈は不承不承頷いた。


「ありがとなのだ。小恋愛」

一悶着も収まり、シャルは使われていない客間に布団を運んでいた小恋愛にペコリと頭を下げた。

「いいのいいの。それよりさ、さっきから思ってたんだけど……」

「ふぇ?」

「シャルってば、最初にあった頃と比べて、なんか言葉遣いとか雰囲気とか違うよね。最初はなんか怖い感じっていうか……」

「あ、あれは……」

シャルがもじもじしながら言った。

「わっちは小さいから、少しでも威厳が出るように、その、大人みたいな言葉遣いをしてたのだ。そうすれば少しは大人っぽく見えるかと思って……」

「ふーん、そういえばシャルっていくつなの?」

「今年で一七なのだ」

「ウソ! 私より年上? マジで?」

小恋愛が信じられないといった顔になった。

「敬語とか使った方がいい? シャルさんとか」

小恋愛の言葉にシャルが首をブンブン振って答える。

「いらないのだ。小恋愛は恩人なのだ。だから、敬語なんていらないのだ」

シャルの必死な仕草に小恋愛が思わず顔を綻ばせる。そして、二人は笑い合った。


「で、具体的に作戦はあるの?」

夕食を済ませた後、シャルと小恋愛は、小恋愛の部屋で作戦会議へと移った。見た目はただのパジャマパーティーであったが。ちなみに、小恋愛はピンク、シャルはグリーンの縞々パジャマであった。

作戦会議の議題はもちろん『どうやってシャルと駈を契約させるか』である。

小恋愛に釘を刺されたことにより、駈が表立ってシャルを邪険にするようなことはなくなったが、それでもやはりその態度には険があった。

「えと、この前は条件を出して、それにすごく乗り気だったのだ。その後、怒ったけど……」

「ふーん、何て言ったの?」

「嫁になるって」

その言葉に、小恋愛は渋い顔になった。

「あー、許婚がどうとかってやつね」

「うん、駈みたいな変態のゴミ虫野朗はそういうのが好きだって、駈の部屋に置いてあった本に書いてあったのだ」

「あ、あんたも結構言うわね」

当の本人がいないと思って言いたい放題である。

「まあ、それでもいきなり嫁って。シャルはそれでいいの?」

小恋愛の言葉に、シャルは顔を曇らせて答えた。

「でも、他に方法が思いつかないのだ。わっちはあんまり出来がよくないから。死神学校の成績だって、下から二番目だったし。よくみんなから落ちこぼれって言われてて……」

「し、死神の世界に学校なんてあるんだ」

意外な事実であった。

「だから、きっと他の望みを叶えたくてもできないのだ。あんな奴の嫁になるなんてほんとは嫌だけど。でも、でも……」

シャルの目に涙が浮かぶ。

正直、小恋愛は駈に嫁が出来ることが不満であった。何故だか不満であった。しかし、今、目の前にいるシャルの姿や事情を考えると、とてもやめろとは言えなかった。

「……そっか。嫁か」

そこで小恋愛がパッと顔を上げる。

「よし、それでいこう」

「ふぇ?」

「あんたはあの馬鹿の嫁になるの。女版プロポーズ大作戦ってやつよ」

シャルはよく分かっていないのか、頭にはてなを浮かべている。

「いいから私に任せなさい。きっちりあんたをあいつの嫁にしてあげる」

嫁という言葉を口に出す度、心がチクリと痛んだが、小恋愛はそれに気付かないフリをした。

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