第一章 そう、それは運命の出会い?
二〇一四年五月。空から女の子が降ってきた。いや、正確にはパンツが振ってきた。
学校からの帰り道、あまりにも突然の出来事に駈は足を止める。そのパンツには可愛い子猫の絵がプリントされており、その子猫は徐々に拡大していって……ミシッ!
見事に空を見上げる駈の顔へと着地した(非常に残念ながら着地したのは足の裏、つまり靴の裏であっておしりではない。おしりから落ちてくるほど、現実は優しくはなかった)。
無事に着地を果たした女の子は、周囲をクルクルと見回しながら嬉しそうに言った。
「へー、ここが人間界かー!」
この辺にくるのは初めてなのか、女の子はしきりにふむふむ頷きながらなにやら納得したような顔をしている。
そろそろ首と顔のライフゲージが点滅してきたので、駈は顔の上に載った女の子の体をゆっくりと持ち上げ、地面に下ろした(どんなに怒っていても駈は紳士である。少なくとも美少女の前では。もっとも、これで顔が可愛くなかったら、北斗○衝波をお見舞いするのだが)。
「わわっ、何をする!」
今まで人の顔の上に載っていた自覚がなかったのか、女の子は慌てて飛びのき距離を取った。
駈はそこで初めて女の子の顔を見る。そこにいたのはまぎれもない美少女だった。
身長は一五〇センチくらいだろうか。カラーコンタクトでも付けているのか、ぱっちりとした赤い瞳に艶やかな金髪。今は触れただけで簡単に折れてしまいそうなほど華奢な体をゴスロリ服で包み、こちらの様子を伺っている。駈は思った。
(いい、いい。ゴスロリ服サイコーであります。何を身に纏っていようが、美少女なら基本的に自分は何でもオーケーなのであります。例えお胸が無くても。そう、例えその女の子の胸に洗濯板が装備されていたとしても。お胸(正式名称おっぱい←違う)は女の子のステイタスであり、昨今は、確かにひんぬー方面に流れるお方も増えてきたけれど、基本的にはやはり大きいに越したことはないのであって、やはり、ないのとあるのとではできるプレイに幅がありすぎゴン!)
「痛った! 何すんの?」
突如として受けたゴスロリ少女からの一撃に、駈は悶絶しながら抗議した。
見ると、少女は自分の体ほどもある巨大な鎌を易々と振り回し、こちらを睨んでいる。
「お前、今私の胸のことを考えていただろう?」
女の子の瞳が険悪さを増す。駈の脳裏に「何で分かんの?」という言葉が浮かんだ。しかし、
(いい、いい。いいんですよ。例えエスパーであっても、鎌を振り回す不思議ちゃんであっても可愛ければいいんです)。
と、どこまでもおめでたい男、それが西岡駈であった。
しかし、今は言い訳を考えねばならない。せっかくのフラグが折れてしまう。
「いえ、とんでもありません。君があまりに可愛いので呆然としてたんです」
ちょっとあからさま過ぎたかなとも思ったが、駈の言葉に女の子は顔を真っ赤にしてあわあわしだした。
「ふぇ、そ、そうか。か、可愛いか。いやいや、そんな安い言葉を真に受ける私ではないが、反省しているようだし、特別に許してやらんこともな……ムフ、ムフフ」
必死に平静を保とうとしつつも、明らかに真に受けている少女の言葉を聞いて、駈は内心安堵する。よし、まだフラグは折れていない、と。
「ありがとうございます。で、あなたのお名前は?」
下手に出つつも、さりげなく名前を聞いてみる。女の子は上機嫌で答えた。
「うむ、私の名前はシャーレッド・クロニクル。シャルでよい」
女の子は(ぺったんこの)胸を張って答えた。どうやら外国人らしい。
(いい、いい。いいんですよ。例え外国人であっても可愛ければいいんです。)
「へえー、シャルちゃんですか。とっても可愛いお名前ですね。日本語も上手だし」
「うむ、いっぱい勉強したからな」
そう言って、シャルは得意げに洗濯板装備中の胸を張る。
「あれ? でも、何でこんなところに落ちてきたんです?」
駈の言葉を聞いたシャルは途端にションボリと落ち込みだした。しまった、選択肢を誤ったか。と、一瞬駈は焦る。
しかし、残念なことに現実世界にはロード機能は無い。ここは何とか事態の修復を試みなければ。と、何か言おうと口を開いた駈より先に、シャルがポツリと喋りだした。
「うむ、実はな。住んでいるところを追い出されたのだ」
シャルがガックリとうなだれる。
「へっ? 住んでるところをですか?」
「うむ、私の一族は代々死神をしているのだが、私が未だに生贄を作らないことに業を煮やした母様が、さっさと生贄を探して来いと私を人間界に叩き落としたのだ」
(へえー、死神ですかー。変わった職業ですねー。いい、いい。いいんですよ。例え死神だろうが厄病神だろうが要は可愛ければいいんで……ってよくないわ!)
「あ、あのつかぬことをお伺いしますが」
「んっ、何だ?」
「本当に死神さんで?」
「んっ、そうなのだ」
シャルはさも当然のように頷く。
どうやらこの子はお脳の病気のようだ。しかも、かなり深刻なレベル。いや、もしくは本人はまだ寝ぼけて夢の中だと思っているのでは。これは、どうやってこちらの世界に呼び戻してあげようか。
「むっ、もしやお前、信じておらんな?」
鋭い。しかし、駈には「はい、全く信じておりません。とりあえず病院は向こうです」とは言いづらかった。相手が美少女だけに。ここは……
「いや、そんなことはないこともないようでないんですけど」
そんな駈の言葉に、シャルは頬を餅のようにプクッと膨らませた。
「よかろう、では証拠を見せてやる」
そう言って、シャルが取り出したのは先ほどの巨大な鎌。今の今までどこに隠していたのか、急に出現した。シャルは鎌を構える(ダジャレではない)と、そのまま駈に振り下ろす。
あまりの展開の速さに付いていけなかった駈は、為すがままに両断され、真っ二つに……ならなかった。
「あり、何ともないみたいだけど」
駈はとりあえず申し訳なさそうに言ってみる。自信満々にやられただけに、何かこちらの方が悪いみたいな気がしたからだ。しかし、シャルは表情を変えない。
「それはそうだろう。今の一撃はお前の体を傷つけるためのものではない。今の一撃はな……」
シャルは不敵に笑って言った。
「お前の寿命を削り取るためのものなのだ!」
そして、シャルが再びぺったんこの胸を張る。
(なーんだ。そっかー。いい、いい。いいんですよ。例え寿命を削られようがなんだろうが可愛ければいい……訳ないだろーが。)
「マジかよ。困るよ。死んじゃったらどうすんの?」
「安心しろ。今削り取った寿命はせいぜい〇、五秒ほどだ。生贄以外の寿命を喰らうのは違法だからな」
「〇、五秒かよ。じゃあいいよ」
駈は必死になって損した気分になった。
「不服そうだな。何なら全部削ろうか?」
「申し訳ございません。カンベンしてください」
駈は土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。
「あのー、ちなみにそのでっかい鎌は……」
「これか? これは私のデスサイズ。大鎌のかまっちだ」
「かまっちって……ベタベタですな」と、駈は思った。もちろん、口には出さなかったが。
「デスサイズって何ですか?」
「何だ、そんなことも知らんのか。死神が生贄から寿命を削り取るための標準装備だろうが。まあ、形状はその死神によって異なるが。お前達の世界で言うエアバッグみたいなものだな」
「そんな設定知る訳ないだろうが。それにしても、何故エアバッグを知っているんだ? 確かに今の車にはエアバッグは標準装備だけど」と、駈はツッコミたかったが、そこは美少女限定紳士、西岡駈。気遣いダンディである。
「そ、それでさっき生贄がどうとか言ってましたけど」
駈は、とりあえず話題を変えることにした。
「うむ、それだ」
駈の言葉にシャルは一つ頷いて答える。
「私が元いた世界、死神界に帰るためには、自分の生贄を探し出さねばならん。その生贄候補がどうやらこの街にいるらしいのだ」
「すみません。そもそも生贄って何なんですか?」
「何だ。そんなことも知らんのか?」
シャルが小馬鹿にしたような目で駈を見る。駈は「すみません。さすがの自分もあなたのぶっ飛んだ脳内設定までは理解しておりません」と言いたかったが、また寿命を削られてはたまらないので黙っておいた。
「すみません。無知なもんで」
「生贄とは簡単に言えば、死神にとっての燃費の良い燃料のようなものだ」
シャルが突然メガネを掛け、教鞭を持って先生モードで語りだした。ちなみに、黒板は近所の家のコンクリート壁。見つかったら後で怒られること確実である。
「はあ、燃料ですか」
「うむ、死神とは基本的には不死の存在なのだが、無条件で不死というわけではない。先ほどやって見せたように、人間の寿命を削り取って自分の寿命を延ばすわけだ」
「へー、どこかで聞いたような設定ですな」
「まあ最後まで聞け。しかし、やたらめったら人間の寿命を奪って良いわけではない。当たり前の話だ。そんなことを許せばたちまち寿命の乱獲が始まって、人間が滅亡してしまうからな」
シャルが一旦話を切って、片手でメガネをツイと上げる。
「そこで死神法では、寿命を奪っていいのは契約した生贄唯一人。その契約が終了した後にのみ、新たな契約が可能というふうに決められている」
「でも今、僕の寿命削りましたよね?」
駈の問いに、シャルは全く動じずに答えた。
「ああ、あの程度なら問題ない」
「はあ、そうなんですか。あれ? でも、よく死神が死んだ人間の魂を喰らうって話がありますよ……ゴンッ!」
そんな駈の問いに答えたのは、シャルの口ではなく鎌だった。
「そ・れ・は、お前ら人間が勝手に作った話だろうが。死んだ人間の寿命はゼロだぞ。そこからどうやって寿命を奪うんだお前は。んー」
「す、すみません」
怖すぎる。シャル自体は可愛くて怖くも何ともないのだが、持っている鎌が恐ろしい。
「えーと、じゃあ結局、死神ってのは何なんですか? 神様じゃないんですか?」
「うーむ、一言で説明すると……ちょっと待て。確かここにメモが……」
シャルは着ているゴスロリ服のポッケをまさぐり、そこから一枚の紫色の紙を取り出した。
「えーとだ。『簡単に言うと、死神をいうのは、神の名こそ付いているが神ではない。生まれ方も人と同じ。体に必要な栄養素も人と同じ。ただ、死神は生贄の寿命をもらって自分の寿命を延ばすことのできる種族だと認識してもらえればいい。もし、人間に説明を求められたそう答えなさい。妹想いの美しい姉より』だそうだ」
「思いっきり読んだだけですね」
駈の頬を一筋の汗が伝う。
「あれっ、でもそれだと問題がありますよね?」
「ん?」
「だって、それだとさっさとその生贄から寿命を奪い取って、次に行けばいいじゃないですか」
「うむ、良いところに目をつけたな」
シャルが鷹揚に頷く。駈は「いちいち上から目線ですな。まあ教師スタイルが可愛いから許すけども」と、内心思った。
「そうさせないために契約という決まりがある。契約とは簡単に言えば、生贄が一定の寿命を差し出す代わりに、死神が一定期間生贄に奉仕、または服従するというものだ」
「ほほう、服従ですか。なかなか良い響きですな」と、思わずニヤリとする駈。
「まあ、契約に関しては生贄の方が立場が上になるわけだ。契約内容は死神によって異なるが、例えば一年尽くしてくれたら一分寿命をあげるとかいうふうにな。もちろん生贄側には契約を拒否する権利があるし、死神は契約を強要することはできない。死神法でむやみに人間を殺したり、傷つけてはならないと決まっているからな。大体は、生贄側の要求を死神側が呑むというのが一般的だ。まあ、生贄は死神の労働力に自分の寿命という対価をもって応える訳だな」
「い、一分っていくらなんでも短すぎないですか?」
駈の言葉にシャルはやれやれといった感じで首を振った。
「最初に言ったろ?生贄とは燃費の良い燃料だとな」
「はあ……」
「つまりだ。生贄の人間にとっては一分にしかすぎない寿命でも、相性によってはその死神にとって一年にも一〇年にもなるということだ」
「へー、うまいこと出来てるんですね」
「うむ、だから我々死神は慎重に生贄を選ぶ必要がある。より効率的に寿命を確保するために生贄候補をしっかりと定め、その中から選ぶのだ」
「死神さんも色々と大変なんですねー」
「うむ、大変なのだ。契約の効力は絶対で、死神は従うしかない。ちなみに、死神が契約を破ればその場で灰になる」
「ま、マジで?」
シビア過ぎる世界であった。
「うむ、マジなのだ」
シャルはこっくりと頷く。
「じゃあ、人間が契約を破った場合は?」
「うむ、その場合は、死神がその人間から好きなだけ寿命を奪うことが許されている。まあ、死神としては生贄が契約を破ってくれた方が助かるな」
「ハハハ」
駈は乾いた笑いしか出なかった。ここまで話がぶっ飛んでいると、もはや笑うしかない。
「まあ、そんな訳で生贄選びは重要なのだ。幸いなことに、姉さまが私と相性の良い生贄がこの付近にいると調べてくれたからな。後はそいつを探し出して契約するだけだ」
「へー、どんな人何ですか?」
駈はその生贄とやらに興味を掻き立てられた。
「待て待て、確かここにメモが……」
そう言って、シャルがポッヶから紫色の紙を取り出す。
「何々、年齢一六。ガキだな。性別、男。何だ男か。身長一七〇センチ弱。チビだ。中肉中背。特徴が無い。容姿、中の中。ダメダメだな。学校の成績、下の下。死んでしまえ。趣味……」
「あの、いちいちメモ見ながらツッコむのやめてもらえませんかね」と、駈はこの生贄候補さんに心から同情する。
「趣味、エロゲー、フィギュア収集、アイドルの追っかけ、アニメ鑑賞、ネトゲー。…………。特徴、二次元とアイドルをこよなく愛する俗に言うオタク。しかも、本人はそれを周囲に公言しており、彼の家族、とりわけ妹は彼を兄ではないと弁解して回るほど迷惑している。簡単に言うと、ゴミ。シャーレッド・クロニクルとの寿命適合率九九,九パーセント。氏名にし……グシャ!」
シャルが肩を震わせながらメモを握り潰す。駈には、その背中に阿修羅が見えた。
しかし、顔は笑顔である。もっとも目は全く笑っていないが。
「もー、やだなあ。姉さまったら♡」
駈にとって、ここまで怖い笑顔は人生初であった。
「まったくもう、おちゃめさんなんだから。こんな糞・・もといゴミが私との適合率九九,九パーセントな訳ないのに。きっと、寝ぼけて解析を間違えたのね。今度あったら八つ裂きにしてあげなきゃ♡」
シャルが笑顔のままそう宣言した。
(こ、怖ええ。笑顔って嬉しい時に出るものじゃないんだ。こりゃ、その生贄さんは契約する前に八つ裂きだな。ご愁傷様。でも、何か俺、その生贄さんには心当たりがあるような気がするんだけどな。まあ、いいか。)
と、内心思う駈。
「で、その人生半分あきらめてる、通称ゴミさんは何ていう名前なんですか?」
すでに、半分あっちの世界にイキかけてるシャルに、駈は興味本位で尋ねる。
「むっ。そういえばまだ名前を見てなかったな。いかん、いかん。姉さまの前に八つ裂きにする相手がいたのを忘れていた」
どうやら八つ裂きは確定らしい。
シャルはクシャクシャにしてしまった紙をもう一度キレイに伸ばし、生贄の名前を確認する。
「何々、氏名、西岡駈。何だ。平凡な名前だな」
…………。
「すいません。もう一度名前を教えていただけますか。ちょっと、聞き取れなかったもので」
「むっ。そうか。では、もう一度言ってやろう。その、クズで、ゴミで、カスで、トンマで、アホで、マヌケで、生きているだけでも社会に不利益な存在で、見つけ次第八つ裂きにしてミンチにし、近所にいる野良猫の餌にした方がましな男の名前は西岡駈だ。分かったか?」
…………。
「何だ。また聞き取れなかったのか。しょうがないな。じゃあ、もう一度……」
「い、いえ、大丈夫です。ちゃんと聞き取れました」
駈は何とかそう答えた。可能な限り平静を装ったつもりだったが、声が少し震えていたかもしれない。
「むっ、そうか。ならばよい」
どうやらシャルは駈の動揺には気付かなかったようだ。
「ふう、あぶない、あぶない。って、マジかよー!」と、駈は内心で冷や汗をダラダラと掻きながら、とりあえずその場からの離脱を試みた。
「それじゃあ、あの、僕はこの辺で……」
そう言って、駈はシャルと距離を取る。
「ふむ、そうか。ではな」
シャルは別段駈に興味など無かったのか、そのまま別れを告げた。
駈は心の中でガッツポーズを決めて、足早にその場を去ろうとしたが……
「ああ、ちょっと待て」
シャルの突然の待ったに思わずその足を止めた。ギギギとブリキのような音を立てて、駈はシャルの方へ顔を向ける。
「お前、この西岡駈というゴミに聞き覚えはないか?」
「いいえ、全く、微塵も、そうこれっぽっちもございません」
駈は千切れんばかりに首を横に振った。
「そ、そうか。ならばよい。呼び止めてすまぬな」
少し戸惑い気味の表情を浮かべるシャルを残して、駈は最大速度でその場を離脱した。