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マガリノモリ  作者: G榴蓮
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第一章 小王子の到来

第一章 小王子の到来



 「報告書という割には、お前の感情的部分が読み取れる内容になっているな」


 「…すみません、大きな村娘と代官の娘のことが、あまりにも印象的だったのです」


 ここは、グラム王国の王城ラストタクにある第三王子の執政室である。


 第三王子ケルナー・フォン・オブライエンは、上の二人の王子に比べとりわけ頭がよか

った。剣術の腕にも優れ、試合では負け無しの腕であると言われていた。当年とって十四歳にもかかわらず、その美貌は異国の魔神を思わせた。


 しかし、剣術の試合では相手にされず、宮廷の女性達には、男として見てもらえない日

々を過ごしていた。


 それは、彼の身長が余りにも低いことに起因している。4フィートと4インチ。メートル法では、130センチメートル程度の身長である。武芸者達は、身長の低いケルナーに敗れるのを良しとしなかった。宮廷の女性達は、ケルナーを愛していたが、その愛し方がケルナーには不快だった。


 王家は、代々長身の家系であり、ケルナーの兄達も、6フィート(180センチメートル)程度の身長はある。


 王子は、長身用にあしらえられた机に、子供用の高い椅子で何とか格好をつけ、部下の報告を聞いていた。


 「…そうか、それでは冬も越せない者が多かろうな」


 ケルナーは、呟いた。部下は、旅人の格好をした男である。容姿的には、とらえどころのない顔立ちをしており、人の記憶に留まりにくいといえる。


 「代官の娘も、相当の切れ者と言う話でしたが、女の代官というのは、前例がありません」


 部下の言葉に対し、王子は答える。


 「そうか。村の男どもが、黙っていないだろうからな」


 二人の間に、沈黙が流れる。長い沈黙だった。言葉を発し静寂を破ったのは、ケルナーでも部下でもなかった。


 「おふたりさん。いつまで、睨めっこしているつもりだい?」


 第三王子の執務室に、ノックも無しに闖入してきたのは、第一王子のクロイツェルである。名実共に王位に一番近い男だが、女癖が悪く、しかも天性の明るさで、それを許されている面がある男だ。昼日中であるのに、感じられるくらいの後光を纏っていた。クロイツェルは再度口を開く。


 「あ、忘れてたな。ケルナー、父上が、呼んでるぞ」


 父上、つまり国王ファードの、呼び出しである。素行の悪い第一王子は、呼び出されると言えば普通お小言を食らうことになる。ケルナーに関しては、まずそういったことはない。


 「ありがとう、兄上」


 ケルナーは、礼をしつつ王の居室へと向か

った。部下は、いつの間にか消えていた。



 王の居室は、国の色である青で統一されていた。


 ケルナーは、王から放置されており、呼び出されることなどそうはなかった。故にケルナーは、緊張していた。


 老いて矍鑠たる王ファードは、謁見を許されたケルナーを、かつて戦場で培われた眼光でもって射抜いた。


 それは、戦場を知らぬケルナーの心を揺さぶった。


 王は、口を開いた。

 

 「この国の成り立ちについては、知っておるよな、ケルナー?」


 「…永遠の冬をもたらす魔女『イゾルデ』を、冷たい鋼の力によって打ち倒し、神より領土を賜ったと聞いております」


 「ふむ、勉強しておるのう。クロイツェルやコペルハウアに、そなたの爪の垢でも煎じて飲ませようかのう」


 未だ、王の視線は、ケルナーを貫いたままである。


 「では魔法が、禁止されるに至った経緯は?」


 「結論から言えば、この地で使用された魔法は、すべからく魔女の力を増大させるからです」


 「よう、出来た子よ、のう。何か罰を、与えなければならんとは、残念じゃ…」


 ケルナーは、この話題が出たときから、悟

っていたようだ。冷静さを取り戻し、自らのやりたいようにする方法を模索する。同時に、考えたくもないあの日の記憶が蘇る。



 王立学院図書館。ここでの出来事を、どのようにしてファードが知ったのか定かではない。勉強を通じての友人であり、図書館の主でもあるシスという女性と共に勉学に勤しんだあの日。


 ただ無目的に知識を、吸収していった。魔法に関しても、知識の一分野に過ぎなかった。学んだ魔法の力も、余程の事態でない限り使用したことはなかった。母が、死んだあの日まで大きな魔法は使わなかった。失敗も、なかった。


 唯一の、失敗。危険な儀式だということは、わかっていた。母の病『冷死病』を、癒すには高等な魔法が必要だった。魔女イゾルデの、呪いが体を蝕み温度を奪っていく病気。対抗するには、イゾルデの写し身と戦う必要があ

った。


母は、ただ優しかった記憶しかない。病気がちで、あまり会ったことがない。


 危険な、招聘の魔術。最も熱き大地の熱をもって、魔女を呼び出す。


 魔女は、雪の降る中半裸であった。彼女の肌は、黒かった。頭につけた二本の角と腰布だけが彼女の、装束だった。


 雪の中に佇むイゾルデにケルナーは、宣言する。


 「貴様の災禍、刈り取ってくれる。今ここにケルナー・フォン・オブライエンの名を持

って、決闘の宣誓をする!」


 その言葉は、魔法の宣誓。精神世界での、戦いの誘いだった。


 宣誓を受け魔女は、やっと王子を認識する。


 「美味そうな、子供じゃ!しかし決闘の宣誓とは、野暮じゃな…わしと、よいことをせぬか?」


 「うるさい。俺を、子ども扱いするな!」


 ケルナーは、懐から大蒜の様な物を取り出し、高らかに宣言する。


 「貴様との決闘、このモーニュをもって宣誓する」


 「わしとの、契約になるぞ…それでよいなら、戦ってやらんことはないが。後正直に言おう。わしは魔女ではない。獣じゃ」


 「いいだろう、貴様を倒せば縁も切れる!」


 「元気のよい子じゃ、少し遊んでやっても よいか」


 ここに精神の戦いが、始まった。


 「ケルナーとかいったな、そなたの願いかなわんこともないぞよ。わしの、奴隷になってくれればのう」


 まずイゾルデは、無造作にケルナーの背を伸ばした。


 「ふふふ、どうじゃ?わしとしては、背が低い方が、かわいいんじゃがのう」


 いきなり高等な魔法を、見せ付けられケルナーは戦慄した。これこそ彼が、捜し求めていた魔法であった。国立図書館の、隅から隅までさがしてもなかった魔法。しかも魔法の詠唱も、焦点を作るための道具も必要ない。かなり高等な、使い手である。しかしケルナーは、気付いた。


 「心の世界で大きくなって、何の意味がある?」


 「ほう、気付いたか。わしも、封印されし身故のう。よばわれたとて、力は落ちよう」


 しかし、彼女にとって精神の世界ならば、やりようもあった。精神的な魔法は、魔女の得意分野である故に。


 「しかし気付いたとて、防ぎきれるかのう?」


 魔女は、蜘蛛の様な印形をつくり、難解な呪文を呼ばわる。


 詠唱は、短かった。しかし博学なケルナーが、聞いたこともない、言葉だった。


 魔女の招聘に応じ、魔女イゾルデが現れる!


 「わしは、欠片故になあ…」


 欠片故に、魔女が他の魔女の欠片を呼んでもいいというのか。


 ここは、魔法を使わせるわけにはいかない。ケルナーは、心の剣を抜き放った。


 魔女達は、けたたましい笑い声を上げながら逃げる。


 いつの間にか辺りは、吹雪いていた。追いかける、ケルナー。しかし悪化していく視界のせいで、魔女の姿が見えなくなっていく。


 そうしているうちにケルナーは、自分がど こを走っているのかすら、わからなくなってしまった。雪盲状態の中、魔女の笑い声だけ聞こえる。声を、頼りに追いかける。


 吹雪が、突然止んだ。洞窟に、足を踏みいれたようだ。依然笑い声が響く中奥へと、歩いていく。洞窟は、すぐに終着点へと着いた。行き止まりの壁に、華美な扉がついている。ケルナーは、これが母のいた離宮にある母の部屋の扉だということに気付いた。扉に、手をかけるケルナー。


 扉の中には、懐かしい光景が広がっていた。幼い頃、一度だけ訪ねた母の部屋だった。しかし中には、母が三人いた。母は、全員笑っていた。魔女の笑いではなく、思い出にある母の笑いだ。母は、三重奏でケルナーに語りかける。


 「ケルナー、私を救って…」


 あたりを、引けば母が助かる仕組みなのか?ケルナーは、眼を凝らして観察する。しかし相違点は、見つからなかった。


 「どうすれば、いいんだ?」


 ケルナーの、頭の中で三人の母の顔がぐるぐると回る。ここは、質問してみるか?


 「では母上、俺とここであった時俺は何歳だったか?」


 「七歳」

 「六歳」

 「わからない」


 母達は、一斉に答えを言う。正解は、七歳の時だ。まず間違いなく、右端の女性が母だとケルナーは決めた。母の手を、引こうとする。


 途端に魔女の声の、哄笑が響き渡る。


 「そなたのははの記憶は、わしが頂いたわ」


 「だから、わからんが正解じゃ」


 「ははも見分けられん子には、罰を与えんとのう」


 「そうじゃ、そうじゃ、そなたから母を、奪ってやろうぞ」


 「さすがわし、名案じゃて」


 「想い出も、消してやろうぞ!少しは、のこしてやろうか、その方が心も痛もう?」


王子の目の色が、浅く暗くなった。思考を、放棄してしまったのだろうか。


 二人の魔女は、王子に迫りその眉間に爪を立てる。


 王子は、抵抗しなかった。


 長くねじくれだった爪が、その白い肌を裂き、血の花を咲かせる。


 王子は、意識を失わなかった。しかし動くことが、出来なかった。母親が、攫われるその様を両の目で見ることが出来た。


 野蛮だが美しい魔女達が、母を攫っていく様を、ただ見ている事しか出来なかった。


 母の面影が、黒く塗りつぶされケルナーは、現実に戻る。



 「どうだ?賢いお主の、ことじゃ。罪を、認めるか?」


  王の言葉を、聴いたケルナーは、呟いた。そうか、母が郁へと、参らんかと。そしてケルナーは、口を開く。


 「では島流しなどで、いかがでしょうか?極北の、ダゴール村などに…」


王は、目を泳がせた。王には、あの辺境の地に流せと言う、息子の心境がわからなかった。しかし王家に伝わる法では、流刑は妥当な判断であった。王族となれば、劣悪な環境に流すわけにもいかない。まったく反省していない様子の王子を見て王は、決断した。


 「この場であるから、はっきりと言おう。他の罰に処した所で、お前は魔術の研究を止めはしまい。また、このままでは、死罪も免れまい。顔を見ればわかるぞ、かの地でやりたいことがあるのだろう?ならば、行って来い。お前を、ダゴール村の代官に命ずる。」


 王は、言葉を発している最中は、親の顔になっていたが、すぐに厳しい仮面を被った。


 王子は、王に恭しく一礼して、立ち去った。双方共に、別れの言葉はなかった。



 辺境の山道を、美しき人馬が行く。しかし馬の方は、驢馬であった。ケルナー・フォン・オブライエン、その人である。騎手も美しければ、驢馬の方も気品に満ち溢れた顔立ちをしていた。


 「もうすぐ着くぞ、フィスラント」


 フィスラントとは、東方より伝わる魔神の名である。一瞬にして七つの丘を、越える程の俊足を持つといわれる、美しき青年神である。


 ケルナーは、この驢馬に目に入れても痛くないほどの好意を抱いていた。驢馬に、神の名前を付け、彼なりに尊敬の念を込めたのだ。


 フィスラントにとっては、どうでもいいことらしく、ただケルナーのことを無視することも多い。ケルナーの言葉を、無視しゆっくり歩き続けるフィスラント。その姿は、人に従属せぬ獣の神々しさがあったが、惜しむらくは体躯の足りなさであった。


 緑が、かなり茶に変じてしまった山間を縫い道は走る。すでに空気は、冷たく湿り吐く息も白い夕刻である。王都では、秋に入った所のはずであるが、この北の辺境ではそれでは済まされない。


 「奴に、村を探らせて正解だったな」


 ケルナーは、王都に残してきた部下達のことを思い出す。代官業務補佐の為に、何人かは着いていくと言ったのだが、王子は単独で向かうと言い張った。結局は王子の、言い分が通り単独で、ダゴール村へと向かう山道を歩いているのだ。


 前方には、そろそろ木々の密生する森は終わり、開けた場所に出るという兆しの光が洩れ出るのが見えていた。


 突如王子は、目を凝らす。遠方に、何か見つけたのだろうか。


 「人影か、村人かも知れんな」


 王子と驢馬は、歩を進めていく。


 どうやら、金髪の少女のようだ。彼の兄のクロイツェルならば、ここで歩調が早まるだろうがケルナーは、何時もと変わらぬ歩調で驢馬を進ませた。すでに日は落ちかけ、周りは暗い。丁度いい距離まで近づき、ケルナーは、口を開く。


 「そこの、村娘。道を、訪ねたいのだが」


 声をかけられた少女は、ケルナーのほうに向き直り、近づいてきた。


 一歩、二歩、三歩と、近づいてくる。まだ、足りない。


 少女は、少し足早になり、こちらへやってくる。


 少女が、近づくにつれ巨大化していく様にケルナーは、唾をごくりと飲み込んだ。


 彼女の顔が、確認できるくらいの距離に近づいた時には、驢馬に跨ったケルナーより、少し上の目線で相対していた。


 話に、聞いていた少女だということはわか

っている。しかし彼の世界観では、少女達は彼より少し、ほんの少し背の高い存在である。また、そうでなければならない。そうでなければ、彼の世界観は崩壊してしまうほどであ

った。


 少女エッダが、可愛くないと言う訳では、なかった。むしろ、城では見たこともないような、二つに後ろで分けられた金髪と男物の服装は、彼の胸を高ぶらせた。緑色の瞳には、体ごと吸い込まれそうになった。しかし、胸が高ぶれば高ぶるほど、彼我の身長差が頭をよぎり、彼を萎縮させる。


 「どうしたんだか、旅の人?」


 エッダが、問うもケルナーの思考は、異次元に飛んでいた。昔聞いた、橋の下に住むトロルという化け物の話。妄想の中で人食いのトロルは、美少女と変わり果てていた。


 「お前は、人を食うのか?」


 ケルナーは、やっとの思いで言葉を発したが、その言葉は意味を成していなかった。


 「大丈夫だか、追い剥ぎにでも襲われたか?」


 心配そうに伸ばされるエッダの手は、ケルナーには、どんな城門すら打ち破る破城槌の如く見えた。


 ゆっくりと伸びてくるそれは、ケルナーには、明らかな破壊力を持っているように見えた。その形状は、野良仕事に耐え抜き強靭なはずだが、目だった胼胝などは無かった。むしろ安寧をもたらす、女性の手だった。しかしその内に潜む破壊力の程、騙されてはいけない。


 しかしケルナーは、避けられなかった。危機を感じると同時に、エッダの例を見ない可憐さに、釘付けにされていたのだ。


 ああ、美しき破壊者(仮)の手が、伸びてくる。その手が、ケルナーの額に伸びてきた時、世界は反転した。何のことはない、ケルナーが、白目を剥いて気絶しただけのことだ。



 暖かく、食欲をそそる匂いがする。ケルナ

ーは、横たえられていた。簡素なものだが、寝台の上である。ケルナーの頭脳は、回転する。村では、藁の上に家族全員が寝る暮らしをしていたはず。ベットが、あるとしたら代官宅ぐらいだったと報告書にあったはずだと。


 思考を、打ち破るように鈴の音のような声が響く。


 「ほら、起きなさい、ミニミニ王子ぃ」


 ケルナーは、凄まじい勢いで起き上がった。


 ベットの脇にいたのは、人馬を越す程の体躯を持つ少女ではなく、人形めいた美しさを持つ黒髪の少女だった。城に仕える者の中でも、珍しい風体ではないが、その言葉に含まれる毒は、この少女特有のものだった。


 「なるほど。噂は、本当だったようね。初めまして私は、代官の娘レジエータ。ケルナー様が来られると言う事は、聴いております。当面は、父の死を隠すためにもあなたを補佐しますわ」


 「…今、すごいこと言われなかったか、俺?」


 「その程度で、めげる様な王子様でしたら、ここでの暮らしには、到底耐えられませんわ」


 「そうかお前が、代官の娘か」


 「有能だと、聞かせて貰っております。知りたい事があれば、何なりとお申し付けください」


 レジエータの、声に重なり複数の足音がする。誰かが、部屋に入ってくるようだ。扉が、開きまず鍋をもった幼い顔をした少女が、入

ってくる。先ほどの匂いの、源であろう鍋からは、濃いハーブの香りが漂ってくる。そのうしろから屈み気味に入ってきた少女は、先ほどケルナーを気絶せしめた存在である。ケルナーは、途端に硬直した。


 「あのう?大丈夫だか?わたす、しんぱいだ」


 エッダは、訛りながらも、ケルナーを心配する。


 硬直するケルナーを、見てにやつきながら二人を、紹介するレジエータ。


 「こちらの、大きくてすっごく可愛い方がエッダ。小さくて生意気な方が、マウダですわ。二人は、姉妹なんですのよ」


 「もう一つ、言っておくとエッダを見て気絶したのは、貴方様が初めて。レディーに、申し訳ないと思わないの?」


 目を、白黒させるエッダ。


 「わ、わたすの、せい!ごめんなさい、旅の方」


 配膳をしていて口を出さなかった妹のマウダが、ここぞとばかりに姉に口を出す。


 「止めてよね、その訛り。さすがにもうそんな言葉、使ってる人ほとんどいないよ?」


 「じっちゃが、使ってるだ」


 「だからって、旅の人の前で、恥ずかしいと思わないの?」


 姉妹共に、口を開きかけたその時、レジエータは言う。


 「えっと彼は、旅の人ですけれどただの旅の人では、ありません。なんと病気で療養中の、父に代わり代官を務めてくれる方なのです」


 姉妹の喧嘩に、発展せずに済んだようだ。興味の矛先は、ケルナーに向かう。マウダは、聞いてはならないことを聞く。


 「代官様、ちっさいですね。何歳ですか?」


 そのくらいなら、何度でも聞かれた事のあるケルナーはだるそうに答える。


 「これでも、一応成人している」


 ちなみにこの国では、十四歳で成人と認められる。王子は、丁度十四歳である。マウダの、追求は続く。


 「へえ、何所から来たんですか?街から、ですよね。いいなあ」


 「王都、からだ」


 だるそうながらも、律儀に答える王子。王都と聞き、マウダの瞳は輝いた。さらに追求の手が、伸びる所でエッダは遮った。


 「スープが、冷めちまうだよ。話は、食事しながらでもできるだ」


 四人は、食卓を囲んだ。スープは、山で採れる根菜とハーブに猪の肉の入ったもので、村の生活レベルでは、大御馳走であった。王子にしても、狩の際の料理によく似ているものの、野趣あふれるような料理は、口にしたことは無かった。


 「美味しい、ですか?」


 とのマウダの言葉を、首肯した後ケルナーは、無口にスープを飲み続けた。他の三人も、それに習った。


 ケルナーは、満腹になった後急に眠くなった。疲れて、いるのだろう。ケルナーは、すぐに寝息を立て始めた。マウダとエッダは、代官宅を辞し自宅へと帰っていった。



 代官であったレジエータの父の寝室で、王子は眠る。しかし額には、玉のような汗が浮かび寝息も荒い。夢見が、悪いのかしきりに「母上、母上」と寝言を繰り返す。


 その枕元に立つ、一人の少女がいた。真夜中では、人形と間違われそうな少女、レジエータである。彼女は、汗の出る額を手のひらで拭った後、静かにしかし強い口調で声を発する。目線は、中空を向いている。


 「次は、私の番だと思っていたのに…王族なら、仕方が無いわ。でも、それだけじゃすまさない。その可愛い相貌が、恐怖に歪んで王都に逃げ帰るまでは、私がいびってあげる!うふふふふっふうふふふ、うふうふうふふふふ…」


 その隠微な笑い声が、子守唄になったのか王子は、いつしか熟睡していた。レジエータは、泣いているような笑っているようなそれでいて大切なものを見るような表情で王子を、一瞥してから自らの寝室へと帰っていった。



 エッダとマウダが、家に帰ると父親のジーグはすでに寝ていた。酷く泥酔した赤ら顔で、エールの子樽を抱えていた。でっぷりとした腹は、シャツを押しのけて露出している。マウダは、ジーグに毛布をかけながら言う。


 「お父さん、また仕事に行かずに飲んでたんだね」


 「おとうも、おかあが亡くなってから、寂しいだよ…わたすが、働けばいいんだ…」


 「でもお姉ちゃん、男のするような力仕事ばっかりさせられて、このままじゃ、お嫁の貰い手もなくなっちゃうよ」


 農村部の女性は、成人と同時に嫁ぐのが慣例であった。エッダは、既に十五歳である。たしかに、行き遅れへの道を、歩み始めていた。


 「だども、働かんかったら、みんな死んでしまうだよ」


 「私だって、お母さんの仕事殆どやってるんだよ。普通の娘だって、手伝いとかはするけれど、近所の奥さんとか手伝ってくれるけど………」


 マウダは、声を殺して泣き始めた。その泣き濡れる頬を、包む感触があった。いつしかエッダが、マウダを抱擁していた。抱擁は、泣き声が止んだあと、二人が眠りに落ちるまで続いた。


 翌朝。久しぶりに、朝食の時間に起きてきたジーグは、呂律は定まらないが意気揚々と話し始めた。


 「なあエッダよお、お前嫁に行く気はあるか?街の旦那さんが、お前を嫁に迎えたいって言ってるんだぁ。しかも銭くれるってんだよ。父ちゃんな、お前を尊重してそこでは決めなかったぞ。どうだ、行ってみねえか?」


 眦上げて怒り出したのは、妹のマウダのほうだった。


 「お父さん、どうしてそんなこというの?小さいころ言ってたよね、街の奴に騙されるなって。お父さん、騙されちゃやだよ!」


 「うるせえ。俺だって、なあ。銭が入って栄養付ければ、樵に戻れんだぁ」


 「栄養って、これのことでしょう?こんなもの摂らなくても、樵できるはずでしょ。現に一週間に一回位は働きに行ってるんだから、そんな物に頼らないでよ!」


 頬を膨らましながら指すその先には、小さな酒樽が両手の指では足りないくらい転がっていた。マウダは、また泣き始める。


 見かねたエッダは、マウダの頭を撫でながら言う。


 「おとう。わたすは、どうなってもかまわんだよ。だどもマウダ、泣かせちゃだめだよ。おかあとも、約束しただよな?」


 二人の娘に邪険にされた父親は、悪態をつきながら家の外へと出て行った。かつては、村一番と謳われた怪力無双の豪腕も今は酒に侵され痙攣が走っていた。表面上は、厳しいことを言いつつも、去っていく背中を見つめる目はまだ希望の火が灯されていた。


 「……もうだめかな?」


 妹の問いに対し姉は、答える。


 「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ」


 宵闇迫る頃のこと。村人達は、代官宅前の広間に集まっていた。村での、イベントがあるときは、大抵ここで飲んだり騒いだりするものなのだ。集まった連中は皆、酒や御馳走のことを想い、期待して待っていた。


 村では、ここの所いいニュースが無かった。

今年は、酷い冷夏で作物の出来は良くなかった上、越冬するためにも指示を出してくれる代官が病気のため街の湯治場で療養中だというのだ。代官のゴーダは、頭はいいが虚弱な男のため、療養するのは仕方ないとの意見が大半だ。さらに樵のジーグまでもが、妻に先立たれたせいで、酒に溺れてしまった。


 このままでは、越冬できないため、村の若い衆が結託し、越冬の準備を進めることにな

った。


 村人達の、沈んだ心を癒すためには、飲んで食らって騒ぐことが必要だった。


 うるさ過ぎはしない、適度なざわめきの中、代官宅の扉が開け放たれた。中からまろび出てきたのは、我等が村一番の美人レジエータ嬢とこれもまた美しい稚児だった。特に稚児の方は、子供とは思えないくらい整った顔立ちをしており、娘達や奥方連中からの黄色い悲鳴が上がった。取り留めの無い歓声を切り裂くかの様にレジエータの、作り物めいた声が轟く。


 「こんばんわ、皆様。今日は皆様に報告がありましてよ。病気で療養中の父に代わり、代官を務めてくださる方が、王都より派遣されてきました。彼の名は、ケルナー!」


 いきなりの出来事に村人達は、打って変わったように静かになる。ジーグなどは、それでも酒が出ないことに対する文句を言っている。


 村娘達は、ケルナーを取り囲み喝采を浴びせかけている。しかし男達の反応は、大半が冷たいものであった。娘達が、ケルナーに御執心なのが気に食わないようである。そんなごたごたを他所に、何食わぬ顔をしてケルナ

ーは、喋り始める。


 「紹介に預かった、ケルナーだ。代官をするのは、初めてのことだが、よろしく頼む。村人、一丸となり収穫高の上昇を目指そう」


 ケルナーの挨拶は、無難そうにしかも簡潔に終わってしまった。


収穫高、などと言われても七割は国に差し出すもの。村人達は、生きるために農作業以外にもやることは無数といっていいほどあった。収穫を増やすなどとは、考えもつかない状況であった。


 村の衆は、一斉に黙り込んだ。


 様子を見ていたレジエータは、ほんの少しだけ眉を寄せた。エッダが,その様子を見て驚きながら口を開く。


 「どうしたんだぁ。何か怒るようなこと、あっただべか?」


 レジエータは、声を潜めながら呟く。


 「もう、エッダには、敵わないわね。そうね貯蔵庫から酒を振舞うから、手伝ってね」


 肌を刺す寒さの中、酒宴が始まる。皆で輪を作り、エールを回し飲みする。一部村人の刺すような視線を浴びながらもジーグが飲みまくる。しかしこの場には、村でも働き者であるジーグの娘二人がいるため、言いたいことのある村人も、文句の言いにくい状況になっていた。


 ケルナーは、輪の中心部で村人達の悩みを聞いたり、疑問に答えたりしていたが、村の外れに住んでいるという、狩人のジョブスだけには質問をした。


 「村の北側にある森の、ことだが古くから魔女の森と呼ばれているのは本当か?」


 やせぎすで震えの止まらない手を、膝の上に置きジョブスは、語り始めた。


 「狩人を、やってた爺様の話なんじゃが、昔々のことほんとうに魔女が、住んでいたと言っておっただ。信じられん話かも知れんが、それより前のこと、女というものは居らんかった」


 ジョブスの言葉を、遮りジーグが茶々を入れる。


 「ジョブス爺さんよ、そりゃあお笑いだぜ女、いねえのにどうやって増えるんだよ。なあ、みんな」


 村人の、中に軽い笑い声が起こる。


 「…太古の人族は、外的要因でしか死ぬことは無かったという。永遠に生きるなら、増える必要も無いのか。しかし数が、どうしようも無く減少したときに、女という存在が生まれたのかも知れん」


 ケルナーが、冷静な顔をして分析すると、村の連中はジョブスを注目した。


 「さあ、ジョブス老。続けてくれ」


 話が、終わったと思っていたジョブスは、記憶の糸を辿りつつ、話し始めた。


 「そう、女の衆は、居なかったのだべ。魔女が、初めの女の代わりとして神さんより遣わされたのじゃ。そうして人は、増え始め女と男の二種類に分かれたのじゃ」


 「そうなると我々が増え始めた起源は、この村ということになるのか。これは、誇ってもいいことだ、村の衆よ」


 ケルナーが、そう言い放つと村の人々は、ざわめき始めた。もしそれが、本当なら王族や町で暮らす豪商ですら、この村を起源とすることになる。


 村人達は、話題という酒の肴を得て、飲みなおしをすることにしたようだ。


 酒が振舞われてから、もう相当の時間が経過した。眠りに落ちる者も、ちらほらと出始めている。眠りに落ちた者や、人事不省とな

った者を、家族や隣家の者が運んでいく。


 宴会に参加した人も、半減し残った者も、泥酔した頃合でレジエータはケルナーの側へと近寄り、耳打ちした。


 「ねえ、王子様。魔女の話しを、切り出したのは何故かしら?魔法に関わることは、御法度だとあなたならご存知のはず」


 「知りたいことが、あった。しかも急ぎの、用件なのだ。それと王子は、やめてくれないか。別に隠している訳では、ないのだが、王族であるとばれると様々な支障が出そうなのでな」


 レジエータは、整った瞳を狐のように細めた。ケルナーは、王城でその瞳に良く遭遇していた。侍女達や、女性文官がしていたあの目だ。


 ケルナーは、戦慄した。報告書で感じた通りの性能を、彼女は持っていた。美しく膨らんだ唇の、下に隠した牙。しかもその牙は、どす黒い毒を、注入することができる。この毒が、注入されたとしても回りはおろか本人さえ気付かないに違いない。それでも、許される。彼女は、そんな人格なのだろう。


 「なるほど、事情があるのですわね。それは、火急の用事でしかも詳しいことは、話せない」


 王子は、静かに首肯した。


 「くだらない事では、無さそうですわね。いいでしょう、このことは腹に飲み込んでおきます。もう遅いですわこの場は、任せてお眠り下さい、代・官・様」


 ケルナーは、この女から解放される安堵感と、もっと構ってもらいたい思いの間で板ばさみにあった。王城でも、似たようなタイプの女は居た。しかしどれも表面を、取り繕うことばかりで、中身の無い者ばかりが、多か

った。このレジエータと言う少女には、叡智の光が垣間見える。


 レジエータは、未だに飲み続けているジーグを心配そうに見守るエッダ・マウダ姉妹の方に、向かおうとしている。


 慣れないアルコールを摂取した、王子の瞼は、重く今にでも落ちてくる様相を呈していた。王子は、寝床のある代官宅へと、とぼとぼとした足取りで歩き始めた。



 レジエータは、エッダ達に優しいトーンで語りかけた。


 「エッダ、もう遅いでしょ。貴方のお父様は私が見ておくから、もう帰ったらどうかしら?」


 「いいだよレジエータ、わたすは。マウダの方は、帰るだよ」


 そういわれた妹は、露骨にしかめっ面をした。


 法もあってない様な、辺境の地のことである。女性が、夜道を出歩いて、何が起こっても自己の責任である。夜中に出会った人間が、村人だとしても、安心はできない。つまり夜中に女性が、出歩く機会など、そうは無いのだ。


 「やだよ、お姉ちゃん。あたし、帰らない」


 しきりに首を振るマウダに、諭すようにレジエータは、言い含める。


 「祭りの夜は、多いのよ。暴走してか弱い女の子を、手篭めにしようって言う、不埒ものが。お祭りの日は、夜遅くまで歩いていい日だけれど、だからって安全なわけじゃないわ。わかるでしょ、マウダちゃん。それとエ

ッダ、貴女も危険だから帰るのよ」


 「わたすに、襲い掛かる男の人なんて…」


 エッダは、悲しそうに瞳を伏せた。


 「何を、言っているのかしら。そんな妄言を吐くのは、この口?この、口かしら!」


 レジエータは、背伸びをしつつエッダの柔らかな頬を、蛙の様に引き伸ばす。


 「貴方の魅力に、気付かないではなくてよ。世の男どもは、貴方の可愛らしさの前に気後れしているだけだと、何度言ったらわかるのかしら?」


 「レジエータの方が、可愛いだよ。レジエ

ータみたいに、なりたかった…」


 「あら、ありがとう。私は、エッダみたいに、なってみたいわ。でもね男達は、徒党を組んで来ることもあるのだから。目的も、行為のためとは限らないわ」


 「だどもレジエータは、危なくないだか?」


 「ああ。私を、襲う人間ね。ここの人間は、街に関係した人間を、敬ってくれるから、大丈夫よ。安心してお父様を、まかせて」


 「………わかっただ。おとうの、ことよろしくたのむだ」


 エッダは、少しの間を置いて、そう答えた。


 エッダ達が、帰ったあと飲んでいる者は、村でも無類の酒好きと呼ばれる者達だけだった。その数四人。彼らは、泥酔し呂律の回らないちぐはぐな会話を続けている。彼らはジーグを除き、身寄りのない独居老人である。


 誰も聞くものが、居ないことを確認してから、レジエータは呟いた。


 「エッダが、酷い目にあう位でしたら、我が身の一つや二つ何を惜しみましょう。しかし、あの王子、思ったより可愛い顔をしていましたわ。このままでは、攻撃の手を緩めてしまいそう…」


 レジエータは、既によろよろと歩くくらいしか出来ない酔っ払い達を、辛抱強く介抱し、代官宅の暖炉のあるダイニングまで、連れて行った。


 その後、自分の部屋に入り、扉の前に家具を置いてからレジエータは、操り糸が切れたように眠りについた。



 翌朝。陽が上るより、早くのこと。水を汲みに行く女達が集まる、渓流の水汲み場。マウダは、水を汲むでもなく、ただ待っていた。もちろん目的は、あった。


 マウダには、通り名があった。ダゴール村の早耳娘。昔から人の隠し事を、見抜くのが得意で、ニュースがあったなら、井戸端会議でそれを流布してしまう。いつもは、人の痛みに敏感とは行かないまでも、決して鈍感ではないマウダだが、井戸端会議中は、言いたいことをずばっと言ってしまう。これは、大人の女と混じって仕事をしている、憂さ晴らしなのである。ちなみに、ここで話されたことは、普通は外には洩れないことになっている。早朝から訪れる者を、待つという事は、余程の特ダネをキャッチしたということなのだ。


 少し時間が経ち女達が、やってくる。女達は、待っているマウダを見ると、皆満面の笑みを浮かべ、会議を始めるべく輪を作った。


 「おはようございます。今日は、昨日やって来たあの代官様についての、情報だよ。」


 話を、聞いていた女性のうち、未婚の女性の瞳が、輝き始めた。


 「昨晩、宴会がもう終わりかけのこと。話しかけてくる人も、居なかったので、代官様は、所在無さげにぼっとしていました。そこに現れたのは、ゴダール村一番の美人との呼び名も高い、レジエータさん」


 ここで若い娘から、落胆の声が洩れる。


 「何か耳打ちを、している様子でしたので、気になって盗み聞きを、してきました」


 耳打ち、という言葉の響きに、落胆が嫉妬へと変化していく。


 「どうやらこの代官様、王子様のご様子。この村には、何か理由があって、来たようです。その前に聞いていた、魔女の森に関係することなのでしょう」


 娘達は、沈黙した。彼女達は、この巨大すぎる玉の輿に対して、情報分析をする必要があった。同時に、どのような情報も、ライバルに漏らすことは出来ない。だから、黙った。


 「みんな。気持ちはわかるけど、あたしも喋ったんだからね。あんまり酷い抜け駆けは、無しにしようよ!」


 この場で、最年少。十二歳の少女である、マウダの発言により、場は活気付いた。


 「ちなみにあたしは、ケルナー様狙ってるから!」


 子供に負けるかと、次々と名乗りを上げていく、少女達。どのような方法で、アプローチするかなどまで、宣誓する娘が、現れ場は大いに盛り上がった。結局その場にいる、未婚の少女達は、全員が嫁候補となった。


 「えっと、ここに来てない娘達にも、教えてあげようね?」


 水汲みの女達は、水とともに村を大騒ぎのどん底に叩き込みかねない情報を持って、帰

っていった。


 

 代官宅前の広場に、黄色い声が飛び交う。その声は、全般的に若く、明るかった。


 その日。代官宅に泊まった者の中で、一番早く起きたケルナーは、鎧戸の隙間から若い娘達が、集まっているのをちらりと見た。あまり気が進まないが、この騒ぎを収めるには、ここから出て彼女達に会う必要がありそうだとケルナーは、直感で感じた。


 「キャーーーーー」


 凄まじい音圧の、叫び声だった。ケルナーは、このハイトーンの破壊音波が、嫌いだった。普通の声で話せば、通じるだろうに、難解な形にして、何が伝わるというのだろう。


 用意のいい者は、プレゼントを用意しており、ケルナーの腕に突っ込もうとする。物のないゴダール村だが、花束だけはいくらでも作れる環境にある。ただし季節が、合えばである。


 冬の準備を前にして、花は咲き終わる季節だった。花束一本作るために、相当の努力が必要である。


 「ありがとう」


 ケルナーは、素直に礼をいってから、本題に入った。


 「何故、ここに居るのだ。仕事は、無いのか?」 


 代表として、マウダが進み出る。


 「あたし。聞いちゃったんです。ケルナー様が、王子様だって。何か、ここですることがあるって。レジエータさんが、手伝うなら私達にも、手伝わせてください」


 ケルナーは、考えた。この娘達から、情報を得られるのなら上策か。しかしケルナーにとって女というものは、いつもついてきては失敗をし迷惑になる存在であった。


 「だめだ。危険になる、可能性が高い」


 その場に居る女性陣は、辛抱強かった。玉の輿パワーである。


 ケルナーは、昔から女性に詰め寄られると、Noと言えない気性だった。しかしここは、考えを変えるわけにはいかない。危険であるということには、変わりは無いのだ。どうするべきか、何だか彼女達の言っていることも、正しいように思えてきた…。


 そこに、鈴の鳴るような、声が響いた。

 

 「みなさん、おはようございます。我が家に、何か御用ですか?」


 寝起きであろうが、そんなことは感じさせない。レジエータ、である。レジエータは、話の顛末を聞き、ため息を漏らした。


 「王子様、我が村の女性は、良く働きます。しかし力が有り余っているのか、時折男顔負けの行動力を、示すときがあるのです」


 レジエータの暗い瞳は、正しくマウダの方を、向いていた。その瞳は、「あとで家の裏においで遊ばせホホホ」と語っていた。


 「しかし危険だ、どの段階まで携わらせていいのかすら、見当がつかない」


 「王子様!あたし、どこまでもついていくよ!あたし達が、死ぬのがいやなら、約束する。あたし達、絶対死なないからっ!」


 マウダ以下数名の娘は、死ぬことすら怖くない様子である。その様子を、気持ち冷ややかな目で見る、レジエータが訊ねる。


 「彼女達は、手伝う気でいるようですが、何をどう手伝えば、いいのか分からないようでは、手伝いようがありません。王子様。私達は、どうすればいいのかしら?」


 「では魔女の森について、できるだけ詳しい情報が知りたい。だが魔女の森を、直接調査することは、禁じる。これは、危険である可能性があるからだと、思ってくれ。安全が確認されるまで、魔女の森は進入禁止とする。俺も、魔女の森については、まったく知らないに等しい。どんな情報でもいいから、集めてくれ。それと、最後に一つ。ちゃんと仕事は、するように」



 男達に混ざってエッダは、働いていた。当然、ケルナーが王子であることなど、知らされていない。石を運び木を組み、どれほどの豪雪が降っても行き来がある程度可能なように、できうるだけ隣家との小道を屋根つきにしておくのだ。


 三年前ならば、エッダの父親であるジーグ   が、陣頭指揮をとって行う作業だが、今は村の若い衆が率先して行っている。


 父親不在の、つらい作業。普段のエッダなら、脳裏に在りし日の父の姿が、浮かんでくるものだが、最近はケルナーの姿ばかりが、浮かんできてしまっていた。


 村のどの男よりも、美しく可愛いそんなケルナーと川沿いで手を繋ぎ、仕事へと向かうのだ………。


 突如エッダは、首を横に音がするほど振って、この可愛らしい妄想を振り払った。村の男達を、馬鹿にしてはいけない、彼らは、村のために働いてくれているのだから。本当は、あの風景に当てはまって、しかるべきなのは、レジエータあたりなのだと。


 それでも仕事を、ちゃんとこなすあたり、彼女は生真面目だった。エッダの思考は、空をさまよう。


 「…おい…エッダ。聞こえて、いるのか」


若者達のリーダーである、エンツの呼びかけに、エッダはやっと我に帰った。


 「もうとっくに皆、休憩してるぞ。さすがのお前だって、働き通しでは、体を壊しちまうだろ」

 

 エッダは、がさつだが誰にも、分け隔てなく接してくれるこの男のことを、悪くは思っていなかった。目つきは悪くぼさぼさの髪型は、まるで山賊をイメージさせるが、エッダはこの男が暴力を振るったことを、見たことは無かった。


 他の村の連中は、エッダに対してどう扱えばいいのか、分からない者が多い。


 エッダは、暖かい白湯を飲みながら、心底幸せそうに白い息を吐き出している。足は、ほんの少し開き気味、男用の上着を着ているにもかかわらず、乳房ははっきりと存在を主張している。


 その姿に、男達のうちの幾許かの視線が、絡む。エッダは、全く気付いていないため、男達は遠慮なく彼女を観察する。嘗め回すどころの騒ぎではない、獲物を狙う獣群の視線であった。その眼圧は、強姦せんとばかりに、彼女の奥底に進もうと足掻いていた。


 しかし、さすがにエッダも、年頃の娘である。数分間凝視されると、気付くことが多く、そのような場合でも、


 「にこっ」


 とあいまいな笑いを返すのが常であった。


 だがしかし今回は、勝手が違った。彼らの視線に、気付いたエッダは、


 「あっ…」


 と小さな声をあげ、村娘がそうするように、自らの体を守る体勢に入ったのだ。


 男衆とエッダの間に、気まずい沈黙が訪れる。男衆の中には、彼女の体勢の意味も分からず、ぶしつけな視線を、ぶつけたままにしている男もいる。


 見るに見かねたエンツは、


 「お前ら、何やってんだ。お前達は、もう十分休んだだろう。さあ働け」


 と男衆をどやしつける。


 男衆は、腰をのろのろと上げ、仕事に向かおうとする。それに追従してエッダも、立ち上がろうとするが


 「お前は、休めと言っただろうが」


 というエンツの言葉に、また座りなおす。


エンツとエッダは、二人並んで湯を飲んでいる。寒い季節ゆえに、働いている最中は、体が暖まっているが、休憩に入ると体を冷やしてしまうため、湯を飲むのだ。本当は、ハーブなどを、入れたほうがいいのだが、越冬をするための備蓄等を考慮にいれ、若者達は湯で我慢することを決めたのだ。


 エッダは、このぶっきらぼうだが内に優しさを秘めた、若者の隣に座り、しきりに考えていた。


 エンツの方は、この口数は少ないが男の強さと女の優しさを併せ持つ少女のことが、気がかりだった。いつか、この娘の魅力に気付く男が現れ、家庭を持つのだろう。しかし村の衆はがさつで、彼女の心を傷つけてしまいそうだ。つい言葉が、口に出る


 「お前は、可愛いな」


 すぐ隣に座っていたエッダは、この一言で凍りついた。


 「お前が望むのなら、普通の村娘のようにしてもいいんだぞ。父親が、飲兵衛だとしても、誰かの嫁になれば、生活くらいしていけるだろうに」


 その言葉が、凍りついたエッダの中に眠っていたマグマ溜りを、つついたようだ。エッダは、堰を切ったかのように話し出す。


 「わたすだって、普通の娘みてえになりてえだ。だども、おとうだってわたすに樵になれっていった。わたすは、おとうのために、樵になりたい。マウダだって、そう望んでるだ。かかさまが死んでから、家のことは全部任せろって。そのかわりに、わたすがおとうの代わりをするんだ。わたすは、可愛くなんかない……可愛くなんか、あるはず無いんだ………」


 「他人のことを考えなけりゃ、やっていけない。厳しいご時世、どこでもそうだ。だが、それにも限度がある。俺には、上手くいえないがお前を、幸せにしてくれる奴が、どこかにいる」


 「エンツさん、わたすはいいだよ。妹やらおとうが、幸せであったら…」


 エッダは、話を断ち切るように、立ち上がり、仕事に戻っていった。エンツは、その様子を心配そうに眺めてから、自らの仕事に戻っていった。



 翌朝、代官宅前の広場で村人達が、宴会場の準備を行っていた。代官歓迎会の、準備だ

った。


 冬を迎える前に、皆で生存を誓い合うという意味でも、毎年宴会は開かれていた。この宴会では、各家に眠っていた食料が、蔵出しされ、皆で分け合う。こうして、備蓄の程度を申告しあい、越冬するための備蓄があるかどうか最終確認するための、重要な儀式でもあった。もちろん富める者が、大っぴらにそれを誇示することはないため、貧する者の生活必需品は、大抵村のもの皆でできるだけ平均的に出し合うことが通例となっていた。先日の宴会で、それが行われる予定であったが、王子のせいで皆の酒が異様に早く進み、それどころではなかったのだ。


 代官前の広間では、篝火の準備が、されている。まだ朝であるため火は、灯されていない。


 女衆は、出し合った食料を、どのように調理しようかと協議している。調味料などは、越冬のために残しておきたいため、ここが腕の見せ所とばかりに、議論は白熱している。


 男衆は、川魚を獲りにいったり、獣を捕らえるために張った罠を、見に行ったりしている。


 ケルナーは、代官宅にいた。いや正確には、代官宅から出ることができなかった。村の若い娘のうちのほとんどと、数名の御夫人方によって邸宅は埋めつくされ、彼は部屋から出ることすら、かなわなかった。


 そんなケルナーの、様子を見たレジエータは、


 「あら若い子、ばかりね。でもほとんどが、貴方より身長が高いわ。こんなちんちくりんの、どこがいいと言うのかしら。でも娘達の男を見る目は、確かね。なんたって、おう…

っ…!」


 滔滔と語っていたレジエータの美唇が、何かの力によって歪められ、言葉は遮られた。


 「レジエータ、その言葉は禁じた。あまりその言葉を、紡ごうとするな、不審に思われるぞ」


 レジエータは、黒く澱んだ瞳でケルナーを見る。ただ見ている、だけなのだが、そこには暗くこの世で、最も深い迷宮の奥底に眠る闇を、内包していた。


 王子は、体が石になったように感じた。この女、魔女では、と思うのも仕方ないくらいの視線だった。その視線は、


 「早くその呪いを、解きなさい。さもないと王子として、さらに後ろ暗い人生を歩ませるわよ…」


 と静かに吼えているようにも、聞こえた。


 「わ、悪かった。一般人に、呪をかけるなんて、どうかしていたな。解いてやる。どうしてこれを、かけないといけない気分になったのか、俺自身にも分からんのだ。すまんな」


 黒く澱んだ、澱みきった瞳は冷たく透き通

った朝の空気に溶け出し消え、明るく振舞うガラス球のような瞳が現れた。


 王子は、小さな木の板を、取り出した。木板の表面には、込み入った正方形の図面が、書かれている。正方形は、九等分されその一つ一つのマスに、角ばった文字が書かれてあった。王子は、布を取り出し、文字をこすり消す。


 「……解けたぞ。話してみろ」


 レジエータは、一言ずつ区切るようにして端正な唇から、言葉を紡ぎだす。


 「こ・の・ば・か・お・う・じ」


 「なんだと!その言葉を、言わないようにかけた呪いなのだぞ。言うな」


 「でも、王子様。もうばれているのに、どうしてそんな呪いをかけたのですか?」


 レジエータは、どうでも良いことのように、言い放つ。


 二人の間に、沈黙が走る。この部屋の中には、二人の他に誰もいないため、静かになる。その期に乗じてか、この邸宅にいる者の会話が聞こえてくる。娘達の、会話である。


 「しっかり仕事をしろといったのに、この村の人間は暇なのか?」


 「いいえ。もうそろそろ、厳しい冬がやってきますわ。その仕度を終え、長い冬篭りに備えて皆で飲み食いし、食料の分担を行いますの」


 「だから今日は皆、暇というわけか」


 「そうですわ。しかし王子様の人気が、それほどとは。村の男達の嫉妬に、気を付けた方がいいようですわね。王子様は、村に不慣れでしょうけれど、彼らは慣れていますものね」


 ケルナーは、一瞬立ちくらみを覚えたが、気を取り直した。ここにいようが、王都に戻ろうが、女にまとわり付かれるのは、変わりがないようだ。


 そこに、控えめながらも、力強いノックの音が響く。レジエータが、応対する。


 「どなた?」


 「エッダ、ですだ。ここから、運び出すものが、あると聞いただよ」


 「あらー、エッダ。お入りなさい。ミニマム王子も、一緒よ」


 「王子、誰のことだか?」


 「申し遅れた。俺の名は、ケルナー・フォン・オブライエン。グラム国、第三王子だ」


 「ひえー、ケルナーさんが、王子。そういえば、品格のある、顔をしておられる…」


 扉が開かれエッダは、中に入ろうとするが、王子の瞳を見ると、それ以上言葉を紡ぐことはできなかった。顔を伏せ、意外に長いまつげを垂らす。


 途端に王子の隣に、灼熱のオーラが発生した。全てを焼き尽くす、怒りの波動である。王子の腰に下げられた、感情探知の水晶球は、どす赤い光点を、点滅させている。力が乱用されぬように、害意にしか反応せぬよう、作られている。


 これは殺意。王子は、悟った。水晶球の映し出す光点は、レジエータのいる場所を、指し示している。しかし彼女は、微動だにせずにこりと笑っている。殺意の塊となった少女は、語りだす。


 「ほほほほほほほほほほほ、そう。エッダ、そうなのね。貴方にも、そのような時が。時が、ついに来てしまったのね。でも」


 言葉を中断し、王子を指差す。その鋭角的な動きには、やはり殺意がa込められていた。


 「このような、チンチクリンとは。貴方ならもっと立派な………人がいるでしょうに。貴方は、女衆の噂を聞いてないでしょうから、この人が王子だと知らされてないでしょうけど、王族と結ばれても幸せになれるとは限らないのよ、処刑台に上ることだってあるの。考え直すなら、今のうちよ!」


 エッダの、いやケルナーの頭の上にも


 「?」


 が、舞っていた。


 「………そう、気付いてないのね。王子の、方も。やれやれですわ、あなた方!」


 レジエータの気合により、理解できずに聞いていた二人の体勢は、正された。


 「分からせてあげるわ、嫌というほどに。これは試練、劇薬を煽り飲み生き残った二人だけが得られる、蜜月に至るための試練。あなた方には、これから死んだ方がましだと思える位の痛みが襲ってくるでしょう……しかしっ!この試練を、乗り越えた先には、素晴らしい未来が、来ることが約束されていますわ。」


 ひとしきり、話し終えたレジエータは、用事があると言って、部屋を出て行った。

 

 エッダは、見た。レジエータの頬に伝う涙と、その震える唇。あの気丈なレジエータが泣くのを見たのは、久方ぶりだった。




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