【掌編】白いヘヤ
俺は三人のオレを殺し、自分を貫き通すのだ。
俺――直樹は扉のドアノブに手をかけた。そして、その真っ白な扉をゆっくりと開けた。
そこは真っ白なヘヤだった。人一人が住むには十分な広さだ。でも、そのヘヤは真っ白な壁、真っ白な天井、真っ白な床があるだけで、生活感のなさを物語っていた。
そのヘヤには三人のオレがいた。いや、三人もいるのだからオレらというべきか。もちろん、姿かたちは違う。その中の一人――緋架流が睨みながら俺の方に向かってきた。緋架流は俺とは真逆で、チャラチャラした服装をしている。要はチャラ男だ。そのオレが切れているのは向かってくる様子から明らかだった。だから俺は先に口を出した。怖かったから。
「今寝たから戻ってきたよ」
緋架流は俺の胸ぐらを掴み、白い壁におもいっきり押しつけた。
「ふざけんなよ、なにノコノコと寝てんだよ!」
緋架流は続けざまに俺に怒鳴りつける。
「クソ!てめぇが何もしねぇんならオレが向こう行って義父を殺してくっからな!!」
「そんな、勝手なことはやめてよ!」
俺がすかさず反論した。
「君のせいでいつもいつも迷惑してるんだ。それに今度は殺人だって!?もう勝手なことはやめてよ!!」
「てめぇがうじうじしてるせいで美咲がどんな目に会ってると思ってんだ!見て見ぬ振りしてんじゃねーよ!」
美咲――俺の唯一の兄妹だ。
「今頃アイツ、美咲の部屋で服でも脱いでんじゃねーのか」
「・・・・・」
一瞬の静寂が貫いた。だがすぐに緋架流の声がヘヤ中をこだまする。
「お前兄貴だろ!美咲はどうなってもいいのかよ!」
「・・・・・けない」
「あ?」
「・・・いいわけないだろ。俺の唯一の家族なんだぞ」
「じゃあなんで守ろうとしない!!」
「守ろうとしてる。俺は・・・!!」
バッ!!
緋架流は俺の服をまくりあげた。そこには、たくさんのアザ――そう、俺は義父から虐待を受けていたのだ。
「ちげぇよ、てめぇは逃げてるだけだ」
「・・・・・・」
「美咲を守りきれず、一方的に暴力を受けて、そしてこんなの自分じゃないってずっと言い聞かせて逃げてんだよ。だからコイツらがいるんだよ」
緋架流はヘヤにいる他の二人のオレに目を向けながら続けて言った。
「約束」
「え?」
「お袋との約束、てめぇは覚えてっか?」
「・・・ああ」
覚えてるさ。忘れるわけがないよ。
「美咲を・・頼んだよ・・・」
病院のベットで母はそう呟いた。最後の言葉だった。
「オレは、お袋に誓った。絶対に美咲を守るって。今も苦しむ美咲を見たくない。だから美咲のためなら、美咲を守るためならオレはなんだってする。それだけの信念がある」
「・・・信念・・・」
そんな言葉、緋架流の口から聞くなんて思わなかった。もしかしたら緋架流は誰よりも美咲のことを考えていたのかもしれない。たとえその行為が悪だとしても・・・・。
「オレは行くぜ・・・アイツを殺しに・・・」
緋架流はぼそっとつぶやき、白い扉の前に立った。
そして、ドアノブに手をかけようとしたその時――
「――待って」
誰かの声がこだました。それは、直樹だった。
直樹は緋架流を押し退け、ヘヤを出た。
1分ほどで直樹は戻ってきた。手に包丁を持って――
緋架流はただ黙っていた。顔色ひとつ変えず。まるで何かを悟ったかのように。
直樹の口が開く。
「美咲は俺の手で守るよ。何があっても、例えそれが悪だとしても。ありがとう、緋架流。もう君の助けはいらない。自分の意志で美咲を守るよ」
直後、緋架流の胸元を鋭利な刃物が刺さる。
緋架流は最後まで何も言わず、そっと目を閉じ、その場に倒れた。緋架流の体は徐々に透け、何も無くなった。
鮮血を浴びた直樹は他の二人に目を向けた。
「俺は自分の意志で美咲を守りたい。だから、もう逃げ道は作りたくないんだ」
体育座りしていた一人の少年は何かを悟ったのか、コクリと頷いた。
「・・・ありがとう、本当に」
直樹はそう言うと赤い液体が滴るその包丁で二人を刺した。二人とも体が徐々に透けて緋架流と同様に何も無くなった。
ヘヤには直樹だた一人。奇妙な静寂の中、刃物からこぼれ落ちる液体が淡い音を奏でた。
「――よし」
直樹は覚悟を決めた。美咲は俺が守ると。緋架流の意志ではなく、直樹の意志で守ると。
一つの人格となった直樹は今、ヘヤの扉を開ける。
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