第五話
「アニス…。」
喉からようやくその一言だけ搾り出す事に成功した。アニスは黙ったまま俯いている。顔が少し赤いのは少し泣いたのだろうか。
「父さん…??」
そう顔を父の方へ向けた。父は厳しい顔をしたまま話を続けた。
父の話によると、今日、父は仕事が残っていて一人で仕事場に残り仕事をし帰る時に役人の話を聞いてしまった。麦の刈り入れで学校が休みになって父の職場を訪ねたあの日発掘されたのは何かの遺跡だったそうだ。父が役人から盗み聞いた話によるとそこで女、子供を人柱に捧げ何らかの儀式をする事になっていて明日、疎開する話になっている女性や子供はその儀式に使用されるそうだ。それを聞いた父はいそいで自分の親しい友人にその事を話して回ったのだけど、信じてくれたのは事務員のセリスさんと数名だけだったそうだ。
「いいか、父さん達は色々準備して向かう。セリスとも合流しなければならないからな。それに大人数で行くとアシがつきやすい。お前達だけで先に出発しなさい。」
「で、でも…。」
父は僕をキッと睨むと僕の両肩を掴み僕の瞳をみつめた。
「コーネフ、お前はもうすぐ元服だろう?もう立派な大人なんだ。なぁに父さんの子だ、うまくできるさ。」
父は笑うとそういって首にかけた銀細工に石の嵌ったネックレスを取り僕の首へとかける。
「お守りだ。持って行きなさい。」
そういって僕の肩を軽く叩くと軽く頭を撫でた。なんだい、大人なんて言っておいてまだまだ子供扱いじゃないか。
母に目を向けると、母は大粒の涙を流している。僕はそっと母の手を握った。
「母さん心配しないで。向こうでまた会えるじゃないか。」
「そうね…。気をつけるのよコーネフ。あなたはいつだって詰めが甘いんですからね。」
さすが母親、解ってるね。そう思って苦笑すると急に視界が暗くなり顔が圧迫される。
「わっ、姉ちゃん…やめっ…苦しい。」
そう言って、もがくと漸く身体が開放されて、姉の不思議そうな顔が視界に入る。
「あれ?なんで私って解っちゃったの??」
「そりゃあ、あんな胸が小さいのは姉ちゃんしかいないからね。」
すかさずゲンコツが飛んできて僕は頭を抑える。
「もう、あんたってコは最後まで生意気なんだから。軟弱で頼りないけど、ちゃんとアニスちゃん守ってあげんのよ。」
姉はそう言うと母に付き添った。父が茶色くなった古い地図を持ち出し脱出方法を説明しはじめる。
父の話を要約すると、まず僕らはラーズ市を出てまっすぐ西へと向かう。そこには父や一部の人しかしらない昔使われていた坑道があって、そこから山脈の谷間を流れる川へと抜ける事ができる。船は古い船がいくつかあるのでそれを使って川を下り、アウグスト王国に入る。川沿いに街があるので、そこまで行けば馬車でおじさんの住むカマラまで行く事ができるそうだ。
僕は急いで旅の準備を始める、といっても持ち出さなきゃいけないような大切なものなんて僕にはないけどね。それに旅行じゃないんだからあまり大きな荷物は持つ事はできない。最低限の荷物を持てば僕は部屋の扉を閉める。絶対にこの家、この部屋に帰ってくるんだ。
階段を下りるとアニスはまだ俯いたまま心ここに在らずと言った感じだった。
「いってきます。」
家族にそう一言いうとアニスの肩に手を置く。
「アニス…行こう?」
そう声をかけるも彼女からは返事がない。僕は家の扉を開けると彼女の手を強引に引いて家を出た。




