第四話
麦の刈り入れも終わって、いよいよ暑さも本格的に蝉が泣き始める。鉱山の創立記念パーティーから2週間後、隣国のシュリアス連邦国のマリマス郡に向かって僕の住んでる国であるカノッサ皇国が侵攻を開始するらしい。僕らが住んでいる地域周辺は高山帯によって三つの国の領土が分けられている。南に行けばシュリアス連邦国。西に行けばアウグスト王国。シュリアス連邦国は僕らの国と同じくらいの大きさだけど、アウグスト王国はシュリアス連邦国やカノッサ皇国に比べれば小国だ。聞いた話によるとここには父の親戚がいるらしい。
カノッサ皇国とシュリアス連邦国の間を分ける高山帯には少しだけ切れ目があって、それを塞ぐ形でそこにはシュリアス連邦国が建設した砦。イルハン城砦がある。
僕らの住んでる、この一体の地域は鉱脈が走っていて、僕らの街の鉱山はまだ採掘量が小さい。そこで皇国としてはイルハン城砦の向こうにあるマリアス郡の鉱山を狙っていると言う訳だ。
こうなったのも一週間前、皇帝陛下が崩御されて皇帝の兄君と弟君のどちらが次の皇帝になるのか決まっておらず強硬派の宰相が軍隊の運用権を握っている為だ。
そういうことで、僕らの住んでいるラーズ市にも今日、軍が進駐してきた。吹奏楽隊の軽やかな音楽で皇国兵が行進して行く。明後日にさっそく城砦に向けて進軍するらしい、行進して行く兵士の人の一部は死者の列に加わらねばならないのだろう。
戦況は我が軍、有利である!!そう軍は発表した。でも噂によれば部隊の約三割を失う敗北だったらしい。それは軍の出した命令にも現れていた。
『ラーズ市ニ居住スル12歳以下ノ子供、及ビ婦人ハ、シャクセン郡ヘ疎開スルモノトスル。ソレ以外の皇国男子ハ軍ノ後方支援ヲ担当スル事を命ジル。』
おそらく、大勝利したシュリアス連邦国はこの流れに乗って、ラーズ市含む、この周辺地域に攻め込むつもりだろう。要はこの周囲の地域は戦場になると言うことだ。女性と子供は三日後に北のシャクセンへ疎開するらしい。もちろん学校は休校になった。
その二日後、僕とアニスは街を見下ろす丘のササギの木の下で待ち合わせをした。待ち合わせの時間の少し前に来たつもりだったけど、アニスはもう既に木の下で座っていた。丘の緑にアニスの来ている白い服が映える。
「遅いな〜。コーネフ何やってたの??」
彼女は僕を見上げれば頬を膨らませてそう言う。
「だって、まだ街の鐘は鳴ってないよ。アニスが早いんだよ。」
僕は小さくため息をつけば肩を竦めた。アニスは「まあいいわ」と夕日色の長い髪を掻きあげる。
「明日、ついにいっちゃうんだね。疎開先で、いくら珍しい食べ物があったってドカ食いしてお腹壊したなんて事にならないようにしなよ。」
僕はアニスの傍に座ると、顔をニヤつかせながらそう言った。
「うるさいわねー。コーネフこそ身体がひょろいんだから、兵糧運んでる途中にぶっ倒れるなんて事にならないように気をつけないとね。」
彼女も負けじと言い返す。僕らは顔を見合わせるとケラケラと笑った。何でだろう、なんかとても可笑しかったんだ。
しばらく雑談をしていると、彼女は唇を動かすのを止めて黙り込んだ。
「どうしたんだい?アニス?」
そう聞くと、彼女の細い指が僕の肩をギュッと掴む。
「コーネフ、絶対に死んだりなんかしたら駄目よ。敵が攻めてきたら逃げるのよ。かっこ悪いなんて思ったら駄目。小さい頃から弱虫のあんたなんかが勝てる訳ないんだから。」
何故かそう言った時の彼女は迫力があった。僕は目をきょとんとさせたまま、「う、うん解ったよ」とだけ、なんとか声に出し頷いた。
姉に買い溜めを頼まれて、それを終えた頃にはすっかり日が傾きかけていた。僕は自分の部屋で必死に勉強をしていた。だって休校中でも勉強を欠かす事が無いようにって、アドルフ先生がたっぷりと宿題を出してくれたからね。
日が沈んで、しばらくたってから父が帰ってきたらしく父の声が聞こえる。そうしてしばらくたつと僕の部屋の扉がノックされる。
「父さんだ、ちょっと大切な話がある。入るぞ。」
僕はどうぞ、とノートに筆を走らせつつ言うとドアを開く音がする。
「率直に話すぞ。今からお前はこの子を連れておじさんの所に逃げなさい」
「はぁ?」
そう言って振り向くと、いつもと違って厳しい顔をして立っている父の隣に少年、いや髪を針のように短く切ったアニスがいた。
やっと、序章が終わり物語が動いて行く感じです。




