第二話
三日後、学校が始まった。僕が通うのはサウスサイド郡中等学校。ここに通う事ができるのは、基本的に、ある程度裕福な農家の子や鉱山で働く管理職や技術職クラスの師弟なんだけど、難しい試験にパスすれば授業料が免除される。僕は前者でアニスは後者だ。
僕は教室に入って友人なんかとおしゃべりを楽しんでいると始業の鐘が鳴るのが聞こえた。いそいで席についてしばらくすると、担任のアドルフ先生が入ってきた。
アドルフ先生は温厚で優しい先生で、この人、実はルドルフじいさんの息子っていうんだから驚きだ。セリスさんとアニスの逆バージョンだね。
先生は開口早々に、みんなに宿題の提出を求めた。周囲はざわついて悲鳴も聞こえる。
僕はというと、宿題は無事に提出する事ができた。なんだかんだ言って結局アニスに何度も頭を下げて手伝ってもらったんだけどね。彼女はこの学校でも三本の指に入る程、成績がよかった。ちなみに、彼女は成績以外でも男子からの人気も上位に食い込んでいた。そばかすはあっても顔は整っていたし、髪も綺麗だしね。あの性格だからラブレターなんて出す男子はあまりいなかったけど。
確か、一度だけ彼女は男子から贈り物を押し付けられた事があるんだけど、細かい装飾がされた櫛だったかな?その処分に困った彼女は、なんとそれを僕に押し付けた。今は僕の姉さんが使ってるけど、まぁ捨ててしまわないだけマシなのかな?
今日の授業は、午前中は皇国史と変化魔法の授業。午後からは生物学と数学の授業だった。実は僕は数学がかなり苦手なんだけど今まで何とかアニスのおかげで何とか赤点を取らずに済んでいた。
用務員さんが最後の授業の終了の鐘を鳴らすと、まわりはため息の嵐。アドルフ先生は苦笑していた。
「よし今日はここまで、休みのせいでみんな少しだらけてるんじゃないか?麦の刈り入れで忙しかった連中は明日までに疲れをしっかり取っておくように。」
そう言って先生は教室から出て行くと、みんなも一様に教科書を鞄へ入れ帰っていく。アニスはと言えば自分の席で、またぶ厚い本とにらめっこをしている。あいつもよく飽きないよな。
「アニス?帰らないのかい?」
そう訊ねるとアニスは顔を上げて僕を見た。彼女の三つ編みが揺れる。
「うん、これをもう少し読んでからね。」
彼女の持ってる本を見ると、これは確か高等部で使う変化魔法の教科書だ。
「真面目だなぁ。アニスは。ちょっと勉強しすぎじゃないの?」
僕は僕なりに彼女を心配したつもりだったんだけど、彼女は「あなたは勉強しなさすぎよね。」と微笑みつつ僕に言葉を返すと、再び目を本へと向けた。返す言葉も無い。
友人と遊んで、しばらく雑談をした後に家へ帰る。玄関の扉を開けると何か甘い匂いがした。階段を上がり部屋を出る途中で、ふと姉の部屋を見ると扉が開いていたので、姉の姿がちらっと見えた。疑われたら困るから言っておくけど決して覗いた訳じゃないよ。姉はアニスの為にプレゼントされたはずの櫛で髪をといていた。きっと甘い匂いは香水の匂いなのだろう。それにしても、二階から玄関まで匂いがするなんて付けすぎだ。
部屋に入って着替えると、僕は居間に寝転んで冒険小説を読み始めた。しならくして、姉が居間に入ってくると姉は呆れたような表情で僕を見下ろす。
「ちょっとコーネフ何やってるの?今日はホークマンさんの家で鉱山設立記念日のパーティーがあるのよ?そんな小汚い格好でいく気じゃないでしょうね。」
姉はそういうと小さくため息をついて、クローゼットから僕のタキシードを取り出した。姉はクドクドと煩いけど何かと僕に世話をやいてくれる。
ホークマンさんっていうのは鉱山の総合管理者。ようするに社長と言ったところかな。何かたまに自己陶酔したような話し方をする人で僕はあまり好きじゃなかった。
身支度を整えて玄関へ向かうと父も母も正装で外出の用意をとっくに済ませていた。僕はパーティーの事なんて、すっかり忘れてたんだけど、やはり僕の家族はみなしっかりしている。辺りは日が沈みかけていて僕らは馬車で街の中心部へと向かった。
街の中心部にある高級住宅街。そこにホークマンさんの邸宅はある。僕の家も一般の人よりは広い方なんだけど、彼の邸宅に比べれば僕の家はウサギ小屋だ。邸宅に近づけば衛兵が招待状と不審な物を馬車に積んでないか調べる。彼らの無愛想さと言ったらアニスといい勝負だろうね。
馬車を駐車し、案内されてホールに通されたんだけど、ここがまた広い。きっと、鬼ごっこなんてしたら楽しいだろうな。そんな事を考えているうちに会場に通される。パーティー会場に通されると色とりどりの衣装に身を包んだご婦人や並べられた料理が目に入った。父はさっそく同僚や上司の人に挨拶をしている。こういうの雰囲気は苦手だし何より料理が無くなってしまわないか心配だったので、僕は早々に料理の並べられたテーブルへと足を進めた。料理の目前にした所で服がグイッっと後ろへと引っ張られる。振り向くと綺麗なドレスに身を包んだアニスがニヤニヤしながら立っていた。髪はいつもの三つ編みじゃなく、そのまま下ろしていてまるで夕日の帽子をかぶっているみたい。
「アニス!!なんでここに??」
僕が目を丸くして彼女を見ていると彼女は得意げな顔で笑って手を後ろで組み身体を少し屈めて僕を見た。
「なーに?なんで私みたいな事務員の娘みたいな身分賤しき者が、こんなトコにいるのかって事?」
僕は慌てて否定する。
「いや、そんな事、思ってないよ。えっと…その…」
何かうまい言い方を必死で考えていると、彼女はクスクスと笑い始めた。
「解ってるわよ。そんな事くらい。」
やられた。完全に彼女の方が一枚上手。
「あなたのお父様に特別ご招待いただいたの。まったく、貴方とは違って優しくて、できたお父様ね。貴方と血が繋がっているなんて、とても信じられないわ。」
その言葉、そのままそっくり返す。




