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「何者、って」


 ——それはこちらの台詞だ。

 この世界の「神」、それが何なのか。それはどんな生き物なのか。僕はずっとそれが知りたかった。この好奇心の正体がいま、ようやくわかった。僕はどこかで疑っていたのだ。この国の「神」は、本当に「神」なのか。姿を見る前から、その存在が気になって仕方なかったのはきっとそのせいだ。


 そして、その「神」を目の前にしてなお、その特別な力を垣間見てなお、僕はこの「神」を信用していない。


「神」がここにいる訳がない。僕の中の何かが、そう言っているのだ。この「神」という存在は、何かが、違う。そうとしか思えなかった。


「——もう一度聞く、お前は何者だ? ……質問の意図が、わからないとは言わせない。わかるはずだろ、お前なら」

「わ、わかんないですよ」


 身を乗り出されたことで、その顔と僕の顔が近づく。その目は、僕を睨んでいた。生気がないほど真っ白い彼の手が、僕の胸元を掴んだ。


「『予言』がこういう意味だったなんて、予想だにしなかったよ」

 ——低い声。


 さっきまでの明るいトーンが嘘のような、脅しにしか聞こえない声だった。周囲の温度が、急に下がったような気がする。


 なぜか、急に目の前の存在のことが怖くなった。困惑を飛び越えた恐怖で体が満たされる。まるで、心臓が直接その手に握られているようだった。


 ——なんで……僕のほうが体格が良いのに、店でチンピラに絡まれたときだって、ここまで恐怖を覚えることはなかったのに……。


 目の前の「神」が異常に恐ろしかった。体の全てを使って、僕に圧をかけてくる。身を引こうとしたら、僕の首元を掴むその力が増し、そのぶん距離を詰められた。


「……てっきり…………まあいい。それで、」

「待ってください!」

 勝手に話を進めそうな「神」を、僕は半ば叫びながら制止する。


「本当に! わかんないんです! 僕、記憶喪失なんで!」

「……………………………………は?」

「ちょっと前に、『生誕の森』で、倒れてたところを助けてもらってこの国に来たんです! それで、それより前の記憶がなくて……」

「…………じゃあ、何も、知らないのか?」


 その言葉に、僕は首が取れそうになるくらい全力で頷いた。


「神」はポカンと口を開け、脱力したように、座っていた椅子に戻った。蹲るように椅子の上でその姿が小さくなっていく。


「…………嘘だ」


 頭を抱えながら小さくそう呟くと、大きなため息を吐いた。「神」は数秒の沈黙の後、弾かれたように顔をあげると、張りつけたような笑みを浮かべた。


「まったく、それならそうと早く言ってほしかったな。すまないね。今のは忘れてくれ」

 その言葉とともに、「神」は見えている右目でウインクをした。


 ——…………忘れられるわけがないんだけど……。

 というか、その変貌ぶりのせいで、余計に記憶に残ってしまった気がする。


「神」は誤魔化すように咳払いをし、その指を鳴らした。

「——キナ、いるかい?」

「うん。何?」


 音もなく誰かが急に現れて、僕は小さく悲鳴をあげる。今までどこにいたのだろう、僕は全く気がつかなかった。マントを深く被ったその人は、僕と「神」の間に立っている。「神」は、当たり前のように言葉を続けた。


「お客人に飲み物を頼む。君、何か希望はあるかな」

「いえ、何も……」

 すぐに僕は答える。何が出されても、今は喉を通る気がしない。


「じゃあ、ワインでも飲もうじゃないか。乾杯がしたいからね」


「神」がそう言った後、すぐに「キナ」さんからグラスが手渡され、ワインが並々と注がれた。口を挟む間も無かった。


「……あの、僕、自分の年齢もわからいので……」

「ああ、大丈夫だよ。ボクが保証してあげようじゃないか」


「神」が自信満々にそう言ったので、断ることができず、控えめにグラスを掲げて乾杯をした。僕は警戒しながら、まるで舐めるようにゆっくり口に入れる。


「…………美味しい」

 心の声が、自然と漏れた。


 ワインははじめて飲んだが、これは飲みやすくて後を引く。舌に広がっていく余韻がなんだか心地よくて、僕はさっきまでの警戒心も忘れて、また口に含んだ。


「——さて、喉も潤ったことだし、話を再開しようか」


 夢中で味わう僕を見て、「神」はそう言った。さっきの「キナ」さんはもういなくなっていて、完全に二人きりだった。


「聞きたいことは、まだ色々あるからね」

 その口角が、グラスに沿って曲がる。息を吸い、「神」は口火を切った。


「君は『生誕の森』で倒れていた、と言っていたね。それは森に入ったらすぐに倒れてしまって意識を失った、ということかい? それとも、もうすぐ出口だった、つまりようやく脱出できるという時に倒れてしまった、ということなのかな?」

「いや、それもよくわかってなくて、ていうか、どちらでも同じじゃないですか? 『生誕の森』で倒れてたことには、変わりないですし」

「まさか、とても大事なことだよ。『生誕の森』は危険な場所なんだ。『神』ですら一歩足を踏み入れたら、命の保障はない場所だからね」

「……『神』ですら、ですか……」

「そう、ボクらでも太刀打ちができない。それは『生誕の森』がすべての生き物の根源と言われていて、未知の生物が大量に存在しているからだ」

 そう言って、「神」はワインを煽った。


「『永遠』の国なんかは国土のほとんどが無害化された『生誕の森』だから別だけど、基本的には『神』も人も等しく近づくことができない場所なんだよ。そうなると、君が入ろうとして倒れたか、出ようとして倒れたか、それはとても重要なことだと思わない?」

「…………」


 ただの森ではないことは僕も気づいていた。けれど、そこまで異常を内包する土地だとは思わなかった。「恩人」さんは運試しのつもりで近づいたと軽く言っていたけれど、もしかしたらその気持ちは軽く無かったのかもしれない。


「まぁ、でも、君は覚えてない、んだもんね」

「神」は小さく呟いた。その声色は、少し悲しそうだった。


 その様子を見て、様々な衝撃で吹き飛んでいた僕の好奇心が、またかたちを成し始めた。そうだ。「神」は僕に質問をしたのだから、僕だって聞いていいはずだ。


 気合いを入れるため、僕は残ったワインを一気に飲み干す。無駄に広い椅子の手すりにグラスを置くと、「神」は呑気に歓声をあげた。緊張を腹に置いて、僕は口を開く。


「僕からも、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「……うん? なんだい? ボクに答えられることならいいよ」


「——あなたは、何ですか?」

 この生き物が、何なのか。その正体を、どうしても知りたい。


 僕はきっと、ずっとそう思っていた。

 形の見えない恐怖を押し込んで、その光る目を逸らさずに見つめる。


「神」は表情を変えない。


「——……君と同じだよ」

 穏やかな笑みを浮かべたまま、そう言った。至極、当たり前のことであるように。僕の質問なんて、見透かしていたかのように。


「……同じって、」

 ——どういう意味ですか? 


 その詳細を問おうとした僕に、「神」は言葉を重ねる。僕の質問を遮るかのように、間髪入れずに返答をする。

「君と同じで、ボクは人間じゃない」


「……………………え?」

「——おや、もしかして、そんなことも気づいて無かったのかい?」


 思考が止まる。僕は困惑しているわけではない。ただその言葉を理解することができなかった。したく無かったのかもしれない。


 しかし、「神」はワイングラスを持ったまま、僕の胸を指さす。真っ直ぐ、心臓を指す。


「——君の体は、混じってる。君は、『神』でも人でもないよ」

 その行為が、拒んだ言葉を、その意味を、僕に理解させた。僕は、理解してしまった。


 頭を殴られたような衝撃を受ける。数日で積み重ねた常識を、すべて根底からひっくり返された。全部が台無しにされた。そんな気がした。


 僕は思わず、自分の手を見る。それは人間のものと何も変わらない。血が通ったただの手だった。脈動が僕の体の奥で鳴っている。汗が首を伝う。身体機能は、僕の動揺を正確に反映していた。まるで人間みたいに。


「…………う、」

「嘘、じゃないよ」

 漆黒の瞳が僕をのぞく。


「だから、ボクは、君が知っていると思ったんだからね」


 すべてを見透かしているような、そんな「神」の目がそこにあった。


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