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 ◯

 

 かつて、この世界には数多の神がいた。

 

 強大な力を持つ神々は、民からの信仰心を力に変え、その権能で民を率いた。神々は幾度も戦争を起こし、その数を減らしていった。


 互いに殺し合い、民を奪い合う。神々は自らの力をそうやって強めた。


 力を求めた神とそれを信仰する人間によって、幾つもの国が盛えてはまた滅び、さらに大きな国と強い信仰へと吸収された。そうして、強大な力を持つ六柱が残った。


 血なまぐさい戦争を勝ち抜いた六柱は、戦いに疲れ、自らの民を守るため、互いに二度と干渉しないことを誓った。もうこれ以上、同族を減らしはしないと。


 「——こうして、今の平和な世ができた。安心してくれ、ボクら(・・・)は、民の信仰に応え、私欲に溺れず、君たちを導く。神は、君たちの絶対の庇護者であり続けよう」

 ——この国の神、「演劇」の神であるボクが、約束する。

 

 

 万雷の拍手が、耳に痛いくらいに響いた。


「いまのが?」

「そう。うちの国の『神』、毎日そうやって、声を国民に届けてくれてるんだよ」

「この変な箱で?」

「変な箱って言うなよ。声を遠くまで届けられるんだ。うちの国が誇る機械技術だぞ」

 ——他のどこより、うちの国の機械は発展してるんだ。


 そう言う「恩人」さんは、どことなく誇らし気だった。

「じゃあ、これは他の国にはないんですか? ほかの機械も?」

「多分な。詳しいことは知らねえよ。俺はこの国から出たことないんだ」


 そう言いながら、彼はコンロという名の機械に火をつけ、フライパンに卵を落とした。


 今はお客さんがいないけれど、もう少しで混む時間になる。この店は常連客が多く、ほとんどが野菜と卵を挟んだパンを注文するのだ。相当な人気店のようで、数日しか働いていない僕でも、その盛況ぶりはよくわかった。



「生誕の森」で倒れていた僕は、「恩人」である彼に拾われて、数日前にこの国に来た。この国は空を突くような高い建物や工場が立ち並び、大きな道では「クルマ」という乗り物が縦横無尽に走り回っている。記憶喪失だからか、その全てを知らない僕は、「恩人」さんにいちいち質問して、納得したり、しなかったりしながら、日々を過ごしている。


「ていうかお前、本当に記憶ないんだな。子供だって六柱の話くらい知ってるぜ」

「……誰でも知ってる話を話してるんですか? 『神』がわざわざ?」

「あれは『演劇』の神様の十八番なんだよ。何日かに一回はこの話をするかな」


 この国の「神」は、お伽話を語るように、神々の行いを語る。どの国の「神」が、どんな性格か、何をしたのか、物語として伝えているらしい。


「そうだ。今夜、公演を観に行ったらどうだ? ラジオだと『神』の話しか聞けないけど、劇も毎日やってるんだぜ」

「そんなに気軽に観にいけるんですか? チケットとかは?」

「立ち見ならなくても入れる。お前もこの国に住むんなら、『神』の顔くらい知っとけ」

「…………その方がいいんですかね……」

「まぁ、そんなに気負わずにさ。『神』の話は、直接聞いたほうが楽しいから」


 そう彼が笑ったタイミングで、店のドアが開く音がした。僕は慌てて、注文をとりに向かう。時間はもうお昼どきだった。

 


 二年間この国で働き、「演劇」の神を信仰すれば、この国の市民になれる。人手が足りないからいつまででもいていい、ここの市民になればいい、と「恩人」さんは言ってくれた。


 ここはいいところだ。生活に不便はないし、「恩人」さんも優しい。


 だけど、僕はこのままここで暮らしていくのだろうか。そうしたいと思っているのだろうか。願っても無いくらい幸運な状況だというのに、そんな考えが消えなかった。


 なぜか、ずっとここに居たらいけない気がする。何か、やらなければいけないことがあったような気がしてならないのだ。


 僕は小さくため息をつく。自分のことなのに、わからないことだらけで、嫌になる。


 ちらりと、「ラジオ」とかいう機械を見る。実は、ここに来てから、ずっとこの声の主が気になっていた。「神」それは、どんな存在なのだろう。考えても、わからない。僕はまだ、それを知らない。


 ここの国民になるかはともかく、「神」には興味がある。それは、どんな姿をしているのだろうか。そう考えると、少しだけ今夜が楽しみになってきた。


 サンドイッチを運ぶ僕の足取りが心なしか軽くなった。僕はそわそわした気持ちを押さえつけながら、頭の中で「神」の声の輪郭をなぞっていた。


 ——そう、この国には「神」がいるのだ。

 


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