8話 中村桜 剣聖 妹視点
――あの日のことは、今でもはっきり覚えている。
ダンジョンが世界に現れた日。
テレビのニュースより先に、私の耳に入ってきたのは、お母さんの声だった。
「大門が……病院に運ばれたって……」
一瞬、意味が分からなかった。
お兄ちゃん?
そんなはずない。
朝まで普通に学校に行くって言ってたのに。
気づいたら、私は家を飛び出していた。
どうやって病院まで来たのか、正直あまり覚えていない。ただ、胸の奥がぎゅっと締め付けられて、足だけが勝手に前に進んでいた。
病室で見たお兄ちゃんは、静かに眠っていた。
呼吸はある。
でも、目は開かない。
私は、ベッドの横に立ったまま、しばらく動けなかった。
ダンジョン。
突然現れて、人を巻き込み、街を混乱させる存在。
そのせいで、お兄ちゃんはここにいる。
そして、円頓寺カレンさんも。
お兄ちゃんの幼馴染で、いつも明るくて、誰にでも優しかった人。
その人も、意識を失ったままだと聞いた。
胸の奥に、はっきりとした感情が生まれた。
ダンジョンを、知りたい。
理解したい。
そして、立ち向かえるなら、立ち向かいたい。
そう思った瞬間だった。
頭の中に、澄んだ声が響いた。
――《適性を確認》
驚くより先に、身体が熱くなる。
――《スキルを付与します》
視界が、一瞬だけ揺れた。
――《剣聖》
次の瞬間、世界の見え方が変わった。
床の硬さ。
空気の流れ。
人の動き。
全部が、理解できる。
剣を振ったことなんてないのに、どう動けばいいのかが、自然と分かる。
「……これが、スキル」
怖さよりも、驚きと期待の方が大きかった。
もしかしたら。
この力があれば。
お兄ちゃんのいる世界に、何かできるかもしれない。
数日後、通知が届いた。
《スキル覚醒者は、指定された学校へ登校してください》
そこは、普通の学校だった。
でも、中にいる人たちは、普通じゃなかった。
魔法を扱う人。
武器を具現化する人。
支援系の能力を持つ人。
教室には、緊張と期待が混じった空気が漂っていた。
誰もが、これから何が始まるのか分かっていない。
でも、全員が、前を向いていた。
そこで、仲間と出会った。
一人では危険でも、力を合わせれば進める。
最初の目標は、近くに発生したダンジョンの攻略。
怖くないわけじゃない。
でも、それ以上に。
この力を、無駄にしたくない。
ダンジョンを知り、攻略し、戻ってくる。
その積み重ねが、きっと世界を変える。
そしていつか。
眠ったままのお兄ちゃんが目を覚ましたとき。
私は胸を張って、こう言えるはずだ。
――ちゃんと、前に進んでたよって。




