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69話 巫女 熱田姫華視点



私は、熱田姫華。

古い神社に連なる家系に生まれ、物心つく前から祝詞と結界に囲まれて育った。


そして――

ダンジョンが世界に現れた、あの日。


私は「巫女」のスキルに目覚めた。


偶然じゃない。逃げ道でもない。

昔から“その役目”に向けて、私はここにいたのだと思う。




桜とは、保育園の頃からの友達だ。

同じ砂場で遊び、同じ帰り道を歩き、同じ未来を疑わずに信じていた。


剣聖として覚醒した桜が、冒険者になると言った時、

私は迷わなかった。


「一緒に行くよ」


それが、私の選択だった。


オリジンワン。

剣聖の桜。

騎士のあかり。

狙撃手の蜜璃。

そして、巫女の私。


支える役でいい。背中を守れれば、それでよかった。


――なのに。


円頓寺ダンジョン、地下二階。墓地エリア。


足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。

湿った土の匂い、腐敗した魔力、死者の吐息のような冷気が、肌を這う。


結界を張った私の指先が、わずかに震える。


「……ここ、まずい」


直感じゃない。

巫女としての“理解”だった。



規則正しく並ぶスケルトンたち。無駄のない配置。生前の意志すら残しているような、異様な整然さ。


その奥に――王座があった。


骸骨で組まれた玉座に座す存在。

ネクロロード・モルティス。


見た瞬間、理解した。私たちでは勝てない。


魔力量の問題じゃない。格が違う。


それでも桜は前に出た。

いつものように、剣を握って。


「……姫華」


振り返らず、声だけが届く。


「大丈夫。後ろ、頼むね」


私は結界を重ねた。何層も、何層も。


祈るように、必死で。


戦いは、あまりにも短かった。


桜の剣は確かに届いた。

剣聖の技も、判断も、完璧だった。


それでも――

モルティスは、揺らがなかった。


闇魔法が展開された瞬間、

世界の色が、沈んだ。


影が意思を持ち、

鎖となって桜の動きを縛る。


「桜……!」


声を上げそうになり、歯を噛みしめる。

集中を切らせば、結界が崩れる。


でも、見ていられなかった。


桜が、膝をついた。

剣を支えに立ち上がろうとして、

それでも、身体が応えない。


モルティスの声が響く。


――まだ、やるかね?


淡々とした問い。

慈悲も嘲りもない。


そして。


カタカタ、と音がした。


周囲のスケルトンたちが、一斉に動き出す。

隊列を組み、武器を構え、逃げ道を完全に塞ぐ。


私は悟った。


これは、敗北じゃない。殲滅の準備だ。


結界の意味が、消えた。


私は――

一歩、前に出た。


結界を解く。巫女として、致命的な行為。


でも、選択肢は一つしかなかった。


「……待ってください」


声が震える。

足も、止まりそうになる。


それでも、私は進んだ。


「戦いは、終わりです」


モルティスの視線が、私に向く。


「……投降します」


言葉を、噛み締める。


「命だけは……助けてください」


床に、膝をつく。


「私たちは、あなたに敵いません。でも……生きたい。桜を……殺さないでください」


巫女としての誇りも、冒険者としての矜持も、すべて、床に置いた。


頭を、深く下げる。


静寂。


スケルトンたちの動きが、止まった。


長い沈黙のあと、モルティスが、低く息を吐いた。


――ほう。


その一言だけで、心臓が跳ねる。


――剣聖は、まだ未熟だ。


玉座に体重を預け、淡々と続ける。


――命乞いをする巫女も、久しい。


杖が、床を打つ。


――よかろう。

――命までは、取らぬ。


私は、息をするのを忘れていた。


――だが、覚えておけ。

――ここは、墓地だ。

――生きて出ること自体が、許しなのだ。


スケルトンたちが、武器を下ろす。


私は、崩れ落ちるように桜のもとへ駆け寄り、

その身体を抱き支えた。


「……負けてごめん」


震える声。


桜は、かすかに笑った。


「……姫華が……いてくれて……よかった」


その一言で、

私は、堪えていた涙を止められなかった。


私たちは、負けた。完全に。


でも――

生きることだけは、許された。


それが、このダンジョンの“裁き”だった。





私は、まだ胸の奥がざわついたまま、あたりを見回していた。

あかりが桜を抱え、必死に呼吸を整えながら歩いている姿が視界の端に映るたび、さっきまでの墓地の冷気が背中を這い上がってくる。



シャドウウルフの影の中は、不思議と静かだった。

音も匂いも、外界から切り離されたみたいで、私たちはただ“運ばれている”感覚しかない。

逃げているはずなのに、追われている緊張感が、少しずつ薄れていくのが怖かった。


やがて影がほどけ、私たちは地面の上に立っていた。

そこは、街と呼ぶには小さく、でも集落と呼ぶには整いすぎた場所だった。

木と石で作られた建物が並び、道は踏み固められ、生活の気配が確かにある。


「……ここ、どこ?」


蜜璃が小さく呟く。

その声には、警戒よりも困惑が滲んでいた。


目に入ったのは、まず美容院だった。

大きな窓があり、外からでも中の椅子や鏡が見える。

その隣には服屋。布や革製品が丁寧に並べられ、明らかに“人が着ること”を前提に作られている。


「……ダンジョン、だよね?」


あかりが、桜を抱えたまま周囲を見回す。

その声音には、戸惑いが隠しきれていなかった。


さらに奥へ視線をやると、小さなカフェがあった。

木製の看板、湯気の立つカップ、椅子に腰掛ける人影――

その光景は、危険なダンジョンの内部とは到底思えない。


そして、少し離れた場所に、教会があった。

小さく、質素で、それでも確かに祈りのための建物。

鐘は鳴っていないのに、なぜか空気が澄んでいる。


「……生きてる」


思わず、口から零れた。

この場所は、戦うための拠点じゃない。

“暮らす”ために作られている。


私は、無意識に胸元で手を握りしめた。

ダンジョンの中に、こんな場所が存在するなんて、聞いたことがない。


「ここ……安全、なのかな」


姫華として、巫女として、空気を感じ取ろうとする。

魔力は濃い。けれど、墓地エリアのような悪意はない。

むしろ、守られている感じがする。


あかりが、そっと桜を下ろした。

彼女はまだ意識が朦朧としているけれど、呼吸は安定している。


「……桜、大丈夫だよ」


そう声をかけながら、私はこの場所をもう一度見渡した。

美容院も、服屋も、カフェも、教会も。

全部が、“戦争”とは無縁のものだ。


胸の奥で、違和感と安堵が、同時に広がっていく。


(ここ……円頓寺ダンジョン……?)


もしそうなら。

もし、この場所が“あのダンジョン”の中だとしたら。


私は、まだ言葉にできない予感を抱えたまま、

仲間たちと一緒に、この不思議な村の中心へと足を進めた。


――ここで、何かが変わる。

そんな確信だけが、静かに胸に残っていた。

小話です。



カフェに入ろう、と言い出したのは蜜璃だった。

緊張が抜けきらない空気の中で、「甘いもの、必要でしょ」と、いつも通りの落ち着いた声で言うものだから、私もあかりも反論できなかった。


店内は木の香りがして、柔らかな光に満ちていた。

戦いのあととは思えないほど、静かで、あたたかい。

カウンターの向こうで、店員さんが自然な笑顔を向けてくる。


「……普通のカフェだね」

あかりが小さく呟き、少しだけ肩の力を抜いた。


運ばれてきたのは、白い皿に乗ったケーキ。

見た目は素朴なのに、フォークを入れた瞬間、ふわっと空気を含んだ感触が伝わってくる。


一口食べた瞬間、思わず目を見開いた。

甘さが優しくて、重くない。

クリームに、どこか花のような香りが混じっている。


「……なにこれ」

蜜璃が珍しく、素直に驚いていた。


「美味し……」

私の声は、完全に気が抜けていたと思う。


あかりは無言で食べ進め、しばらくしてからぽつりと一言。

「……生き返るな、これ」


その言葉に、三人で小さく笑った。

さっきまで、死と隣り合わせだったことが、少しだけ遠く感じられる。


(ダンジョンの中で、ケーキ食べてるなんて……)


不思議で、でも。

この時間が、確かに私たちを救っていた。


フォークを置いた皿の上には、

何も残っていなかった。



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