67話 トレジャーソウル全滅
モニター越しに見ていて、改めて思う。
――やっぱり、オリジンワンは強い。
動きに無駄がなく、判断が早い。
危険を察知する勘も、連携も、他のパーティとは比べものにならない。
何より――
桜が、桜が本当に強かった。
剣を振るう姿は、俺が知っている“妹”のそれじゃない。
迷いがなく、躊躇もなく、戦う理由を自分で理解している剣だ。
(……あれは)
正直に言えば、
Aランクの配下たちと並べても遜色がない。
アイリスやマリー、エーデルワイスと同じ領域に、
桜はもう、片足どころか、しっかり立っている。
それが誇らしくて――
同時に、胸が締めつけられる。
(……だからこそだ)
このダンジョンで、
これ以上、余計なものを近づけるわけにはいかない。
俺は、屋敷の操作卓に手を置き、
視線をモニターの一つに固定する。
映っているのは――トレジャーソウル。
さっきの件。
姫華を“狙った”あの瞬間。
森の判断が、先に下ったとはいえ、
あれは許される行為じゃない。
(桜の仲間に、手を出した)
それだけで、十分だ。
「……退場してもらう」
俺は低く呟き、ダンジョンの権限を開く。
ここがどういう場所か、思い知らせてやるだけでいい。
「対象:トレジャーソウル」
指示を流す。
「ジャングルエリア、第二層」
「排除優先度:最上位」
「目的:行動不能、戦闘継続不可能状態」
命令は、即座に伝播する。
森が、静かに応えた。
モニターの向こうで、トレジャーソウルが必死に状況を把握しようとしている姿を、
俺はしばらく言葉もなく見つめていた。
彼らはまだ理解していない。
いや、理解しようとしていないのだ。
ここがただの未発見ダンジョンではなく、
誰かの意思によって“生かされ”“管理され”“守られている場所”だということを。
そして何より――
越えてはいけない一線を、すでに踏み越えているという事実を。
桜の仲間に、
姫華に、
手を伸ばした。
その瞬間から、
彼らの結末は決まっていた。
俺は深く息を吸い、
ダンジョン全域に繋がる指揮系統へ、静かに意識を向ける。
怒りはない。
激情もない。
ただ、
「処理するべき事象が発生した」
それだけだ。
「――第二段階。
クイーンビー、指揮権移行。
ナイトビー部隊、殲滅許可」
命令は短いが、
意味は重い。
次の瞬間、
ジャングルの空気が、わずかに変質した。
最初に異変を察知したのは、トレジャーソウルの後衛だった。
「……なあ、聞こえるか?」
その声は、どこか上ずっている。
「音が……増えてないか?」
それは、羽音だった。
だが、普通の虫のそれではない。
重く、低く、
規則正しく重なり合う振動。
まるで、軍勢が行進するような――
そんな錯覚を覚える音。
一人が、反射的に空を仰いだ。
「……は?」
次の瞬間、
木々の合間から、黄金色の影が落ちてくる。
否――
落ちてくるのではない。
狙いを定めて、降下している。
ナイトビー。
人間の胴ほどもある戦闘蜂が、
三次元的な隊列を保ったまま、音もなく距離を詰めてくる。
外骨格は黒と金の縞模様で覆われ、
陽光を受けて鈍く光り、
腹部から突き出た針は、明らかに“武器”として進化していた。
「ちょ、待て!
こんなの聞いてねぇぞ!」
誰かが叫ぶ。
だが、その声は――
ナイトビーの突進音にかき消された。
一体が正面から加速し、
空気を裂く衝撃とともに体当たりを叩き込む。
――ドン。
人の身体が、紙屑のように吹き飛ぶ。
鎧が軋み、
肺の空気が一気に吐き出され、
地面に叩きつけられた身体が、痙攣する。
「……ぐっ……!」
起き上がろうとした瞬間、
左右から別のナイトビーが回り込み、
逃走経路を完全に遮断した。
彼らは理解する。
――逃げられない。
だが、
本当の絶望は、まだ先だった。
空気が、甘くなる。
花の蜜のようで、
どこか陶酔感を誘う香り。
「……この匂い……」
言葉にした瞬間、
思考が、鈍る。
足に力が入らない。
視界が、僅かに歪む。
そして――
彼女が現れた。
クイーンビー。
他の個体より一回りも二回りも大きく、
腹部は豊かに膨らみ、
翅の一振り一振りが、空間そのものを支配しているように見える。
彼女は、攻撃しない。
怒りもしない。
ただ、
統率者としてそこにいる。
翅が、静かに震えた。
それだけで、
ナイトビーたちの動きが変わる。
より合理的に。
より確実に。
より“殺すための配置”へ。
毒が回る。
即死ではない。
逃げる余力を残したまま、
確実に思考と判断力を奪っていく。
「……くそ……身体が……」
膝をついた者の背中に、
ナイトビーの針が突き刺さる。
一刺し。
魔力が、崩れる。
二刺し。
神経が、遮断される。
三刺し目は――
急所だった。
クイーンビーが、ゆっくりと高度を下げる。
その複眼に映るのは、
“排除対象”という情報だけ。
感情はない。
快楽もない。
ただ、
ダンジョンの意思を実行している。
最後の合図として、
翅が、もう一度震えた。
次の瞬間、
ナイトビー部隊が一斉に突撃する。
喉。
心臓。
首筋。
悲鳴は、途中で途切れ、
森に吸い込まれて消えた。
数秒後。
そこに残ったのは、
動かなくなった身体と、
地面に染み込んでいく魔力の残滓だけ。
クイーンビーは、
一度だけ周囲を確認し、
敵性反応が消失したことを認識すると、
何事もなかったかのように上昇する。
森は、静けさを取り戻した。
俺は、モニター越しにその光景を見届け、
静かにシステムを更新する。
「……これでいい」
感情は、揺れていない。
これは罰ではない。
復讐でもない。
ただ、
踏み越えた結果が、そこにあるだけだ。
俺は次のモニターへと視線を移す。
まだ、探索者は残っている




